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2026年3月13日 (金)

3月13日 39回目の青函連絡船定期運航最終日

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今日は3月13日。自分にとっては特別な日です。あの日から39回目の青函連絡船定期運航最終日。夕日を浴びて函館を出港する22便羊蹄丸。今でも鮮明な記憶のままです。blogを始めたのが終航20年の時ですから、それから19年。大学生だった自分が還暦になり、親しくしていた連絡船の乗組員の方が鬼籍に入られ・・・体がガタガタになり、ついに緑内障発症まで・・・自分の終航も見えてきました。

大好きな北海道へ渡る儀式、旅の終わりの儀式として連絡船というステージは欠かせないものでした。
長い夜汽車に揺られた先にあるカニ爪煙突の連絡船、見えてくる函館山、ギリギリまで旅をして海峡を渡り、日が暮れて周遊券有効期限最終日、後ろ髪を引かれるように青森駅を離れる夜汽車、夜が明けて現実に引き戻される上野駅。
船の上でどれだけの時間を過ごしたでしょう。
夜汽車までなくなってしまった今は叶わないあの頃の夢のような日々。
お金はなくても時間だけはあった学生時代の贅沢な旅。思い出美化を割り引いても旅に出ること自体が意味あることでした。
目的もなくただ列車に揺られる日々、朝、札幌駅で今日はどこに行こうかなぁとその日の気分で乗る列車を選んで、時刻表をたどってローカル線やバスで当てもなく彷徨うなんと優雅な時間の使い方。そういう旅の入口と出口を彩る感傷に浸る船旅を演出してくれた連絡船は人生の宝物です。

画像は国鉄時代の連絡船船長サインカード。未使用の摩周丸のものです。最後の年、ドック明けの摩周丸はそれはそれはキレイな青と白をまとい、海の青さと相まって「僕の航跡は消えない」のキャッチコピーと相まってさよなら連絡船のポスターを印象深いものにしていました。

3月13日 17時。最終22便羊蹄丸函館出航時刻にタイマーアップです。YouTube・Xは青函連絡船の歌吹奏楽版をアップしました。

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