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2016年11月 6日 (日)

第9回 青函連絡船講演会

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というわけで、昨日船の科学館で第9回青函連絡船講演会が開催されました。今回は十和田丸就航50周年ということで高松から牧野船長を迎えての会となりました。

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十和田丸の操船の特徴や他船と比べてスピードが・・・とか、同じ四本線の制服の機関長との関係など、外部にはうかがい知れなかった興味深い話が続きます。ジャパニーズドリームのプレミアム招待にも乗って、重心が高くなって揺れるとか、神戸まで船乗りとして351マイル、20時間というのは身にしみていたので、改装で重たくなった十和田丸の足では21時間は相当きついスケジュールだと思ったなど、後の安田さんの講演に続くネタも登場しました。

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運営側から周遊航海について話してというリクエストが・・・ということで、晴海に来たときの出来事や北海道周遊の旅など航路外に出たときのエピソード。連絡船は使い方に特化された作りなので、一般の岸壁だと乗り降りや着岸操船など対応が大変だったとか、この北海道フェア、ポスターには「北海道を積んできた」とあるけど、生鮮品船じゃ運べないからほとんどトラックで搬入・・・とはいえ、全部というわけにも行かないので・・・というネタばらし・・・帰りの便にはツアー客を乗せていたので、時節柄台風の時の対応が・・・この晴海のフェアで大渋滞になったとか。

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十和田丸ということで、すでにおなじみのkeiichiさんの十和田丸の向こうで講演する牧野キャプテンの姿など。今回はふくうら丸も登場しています。

そんなこんなで1時間にわたる講演が終わり、休憩時間に超サプライズが。

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見た瞬間、「え!」と素っ頓狂な声を上げてしまいました。ここでこれかい!

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牧野キャプテンの講演のバックの画像にあるこの垂れ幕。まさに最終22便にあったものです。何でもNHK函館の倉庫に眠っていたとか。西澤キャプテンがサルベージしてきたそうです。話によると、預けた方はNHKならちゃんと保管してくれるだろうとの思いだったそうですが、この垂れ幕が何なのか、一体誰が何のために作ったのか当のNHKでもわからず、その調査が番組になってたとか。いや、よもや28年も経って目の前にこれがあらわれるとは思いませんでした。作者は羊蹄丸A組の小玉さんとのこと。会場に来ていた22便段ボールハウス組は自分入れて3人だけ。最終便戦友会欠席の某氏に空旅氏がメールを投げたら「なんじゃそりゃぁ!」な返事が返ってきました。

さて、休憩の後は安田さんの講演。十和田丸残照。

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安田さんからは事前に拙ブログの画像使わせてとリクエストがあったので、当然快諾、blog未公開のジャグジーの画像もどうぞとフィルムをスキャンしてデータを送っておきました。実はジャパニーズドリーム号処女航海のネガ、カビにやられてしまいました。連絡船最終便から数年分、フジカラーHRのみカビでご臨終です。同時期の他社フィルムは無事なんで、痛恨の極みです。

で、自分の写真使われてるシーン、1コマも撮ってなかった(爆)

3月18日の横浜初入港のあたりはコダクローム64で撮ってあるので保存状態はすごくよいです。前にシュプールニセコのニセコだか倶知安だかでのバルブ、後ろにサザンクロス上京@立川・・・

船名は「ジャパニーズ」と「ドリーム」の間に「・」は入りません。船名の規則で当時は使えない文字だったので正式名称は「ジャパニーズ ドリーム」号です。船名にローマ字や特定の記号を使えるようにする100年に1度レベルの船舶法施行細則で改訂が平成16年にあって云々など、当時なぜ船名の下に小さく書かれたカタカナを見て、なぜローマ字だけで表示しないんだろ?と思ってた謎が解けましたです。で・・・

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見ていて空旅氏と2人で腹抱えて笑いそうになったコマです。バブル絶頂期のノリですねぇ。「ケイコとマナブ号洋上セミナー 国際派淑女へのクラスアップ ディスコでワクワクレッスンスペシャル」というタイトルもそうですが、これ倍率15倍って・・・いや、リアルバブル世代としてはこのノリはある意味黒歴史です(爆)

で、髙橋船長シリーズのコレも見た覚えが・・・平成頭ならビデオデッキ持ってたし、どこかに録画してあるんじゃないかと思う・・・

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この後、佐世保に回航、係留されてるのを九州に行ったときに撮ってるはずなんですが、写真が見当たらない・・・未整理の1000本を超えるネガ・ポジから探すのは至難の業・・・

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続いてはレギュラー西澤キャプテンの四方海話「船員教育」戦後の復興期から津軽丸型の増強で船員教育をどうしていったかという話です。後ろのパネルに訓練の様子や設備ができたときの写真がたくさんありました。

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カッターで訓練する設備を有川桟橋に作って、自分が指導して訓練したとかオールの動きを揃えるのがなど、船員の訓練の話が続きます。給料日に函館桟橋までの3キロを訓練がてら漕いで取りに行ったとか船が沈むくらいたくさん給料もらいたいとか当時の世相を物語るエピソードも。訓練によせてというキャプテンの寄稿文も掲示されていました。

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で、ラストはこれもレギュラーの飾り毛布。今回は上杉先生も森本支配人もいないので、自称「ひとりぼっち」でとのこと。司会が安田さんというレアケース。まずは吉田さんから宣伝が・・・

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飾り毛布の本、第2弾発売となりました。会場で配られたチラシ。

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で、今回は「花二輪」に特化してということになりました。これまでの体験会などで一番評判がよく、お母さんや子どもたちが喜んでくれたということで。

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使っているのは大阪商船の毛布。花二輪と言いながら最後は「羊」とか「マンタ」とかサクッと折れるバリエーションを披露していました。

さて、今回の展示物は持ち寄り展の様相となっていました。壁面は船の科学館が戦艦陸奥のイベントをやったときに作ったものがそのまま使え、面積が大幅拡大しました。

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左は十和田丸の一般配置図。左側が竣工時、右側がサロン海峡と自動車甲板増設後のもの。

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クリックで横1200pixになります。

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訓練の様子。月間訓練予定の青刷りは自分の家にあったもののコピー。昭和61年8月の周遊便が記載されています。大神さんの本によると61年の東京秀郵便は8518~8519便となっているのですが、この8月の青刷りには8000番台の便名が並んでいますが、その便名がありません。発行日が7月26日ですので、このあたり今度大神さんに訊いてみようっと。

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ジャパニーズドリーム号のチラシ類。

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この一角は自分が持って行ったジャパニーズドリームのパンフやロイヤルジャスパクラブの募集パンフレットのコピー。会費480万円。入会申込書にはたしなむ酒、タバコの銘柄、購読する新聞や雑誌名も記入するという・・・個人情報てんこ盛りに描き込む仕様です。まぁ、それに合わせて個人的なセレブサービスをという考えだったんでしょうが・・・

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で、晴海のポスター。曜日の周りが今年と28年前と同じです。

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おなじみ、keiichi氏作成の十和田丸と牧野キャプテン。撤収完了前にセッティングを変えて撮影会となりました。この後作者のkeiichi氏と牧野キャプテンの2ショット撮影会も。

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堅田キャプテン持参の八甲田丸終航記念のロープ結びのレリーフ。包んでいた袱紗に刺繍が。

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今回は展示ケースが十和田丸とジャパニーズドリームに分けてありました。このケースの奥の方にある立っているのは一番左の以外は自分のものです。通信長引継簿2冊、就航記念のしおり、竣工記念しおり、就航当日の船スタンプ、最終日63年9月18日の十和田丸の青函くつろぎカード・・・

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こちらはジャパニーズドリーム。大神さんが持ってきた船長の制服。奥の方にある右側のポストカード、お土産のキーホルダー、処女航海の船長サイン入り半券、未使用のコーヒーシュガーなどが自分が持って行ったもの。食器は大神家で現役使用中のジャパニーズドリームの食器。今日の朝ご飯で使った後、洗って持ってきたとか。恐るべし大神コレクション・・・

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片付けが全て終わった後、改めてこれを出して広げました。

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当時の羊蹄丸A組乗組員一同の署名・・・ですが、大神さん曰く、1人名前がないんだよなぁ・・・その事情は・・・(以下高度に政治的な事情により省略されました)

この後、撮影会・・・

まずは段ボールハウス組3人だけで撮ってもらい・・・その後

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みんなで撮りました。飲み会の前に撮って出し画像でコンビニでプリントアウトして配布。ちょっとトリミングして色直ししてここに出しました。この後盛大な飲み会が・・・その後さるびあ丸に横浜まで乗っていった人も・・・いや、1時間半のクルーズで大桟橋23:30頃着岸なんで乗ろうかと一瞬思ったのですが・・・寝過ごしたらシャレになりません・・・

<<業務連絡>>写ってる人で、データ欲しい人はメールください。またはメール欄にアドレス入れてコメントしてくださいませ&飲み会欠席された方は吉田さんまで連絡してプリントしたのをもらってくださいませ。

というわけで、皆様ありがとうございました&お疲れ様でした。

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コメント

西乃湯様
お久しぶりでございます。
身体の回復途上のため、今回も見送らせて頂きました。
めっちゃ充実した内容でしたね。詳細、ありがとうございました。

投稿: Spoon | 2016年11月 6日 (日) 23時53分

西沢さんと大神さんに横断幕をサルベージされた小玉です。この様に横断幕が有効に使われて青函連絡船愛好家の方々に喜んで頂き大変嬉しいです。さすが東京ですね規模が違いますね、今後も忘れられないように皆さんのお知恵をお借りして横断幕の活用を考えますので宜しくお願いします。

投稿: h.kodama | 2016年11月 7日 (月) 11時43分

初めて出席させていただきましたが、準備から講演会そして新橋まで皆様の青函連絡船への思いが、よく分かりました。

28年以上すぎても、時を感じさせない熱意と、取り組みに敬意をはらうところです。
きっと十和田丸はじめ各青函連絡船も、感謝していることでしょう!

的確な表現に画像を、素早く見せていただき、さすがと感心しながら、お礼申し上げます。
いろいろお世話になりました。
益々のご健勝をお祈りいたします。

投稿: towadamaru7 | 2016年11月 8日 (火) 12時21分

こんばんは。

>spoon様

こちらこそご無沙汰しております。お体の具合いかがでしょうか。次回3月頃とのことですので、そのときにお会いできるといいなぁと思っています。今回は十和田丸50周年ということで、その後のジャパニーズドリーム号の事もあって皆さん思い出話がたくさんでした。

>小玉様
はじめまして。西澤キャプテンから小玉さんに連絡したよ、とメールを頂いてましたが、まさかご本人からコメントをいただけるとは思ってませんでした。あの22便で過ごした時間はかけがえのないもので、あの垂れ幕登場は28年前の記憶を直接引きずり出されたようなもので、本当に衝撃でした。
賛否両論あるでしょうが、もう少し早くサルベージされていれば船の科学館からの新居浜回航とか新居浜から多度津への回航の時に羊蹄丸に再び掲げることができたかも・・・なんて話をしていました。存在が明らかになったので、これからも折々に登場してくれるものと思っています。羊蹄丸がなくなってしまった今、あの垂れ幕は22便の生き証人みたいなものです。本当にありがとうございました。

>towadamaru7様
先日は貴重な講演と楽しい時間をご一緒できて嬉しかったです。自分の若かりし頃は北海道へ行くことが特別でしたから、北の大地への憧憬と旅の時間の始まりと終わりが凝縮されたような存在が連絡船です。28年前のことでも同じ時間と経験を持つ人が集まると時空を超えて同じ風景を見ることができるというのは、連絡船が単なる想い出にとどまらないということではないかと思っています。blog、楽しみに読ませていただいております。こちらこそお世話になりました。ありがとうございました。

投稿: 西乃湯 | 2016年11月 8日 (火) 23時35分

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