夏休み その9 原色100系新幹線2&陸奥記念館
はい、今宵は相生の東横インです。ホントは大津トンネル入口で車中泊…の予定だったのですが、墓参り&陸奥記念館&竜崎温泉&渋滞走行500キロに体が悲鳴を上げました。19時の段階で誰もいなかったので、朝6時頃までに行けば何とでもなると思ってバルブができる相生泊となりました。塗り立てと相まって非常につややかで、かっこいいです。
100系を抜いていくN700系のぞみ。抜かれる側が青のラインで100系とわかるように流してみました。それにしても速いこと速いこと。
そして出発していく100系の流し撮り。先頭もさることながら、テールライトの赤いラインが何とも印象的です。まさにバブルの頃、シンデレラエクスプレスのイメージが。
さて、今日は725Aは結局見る鉄、返しの750Aは温泉爆沈と渋滞のおかげでこちらも見る鉄でした。
8月15日といえばお盆&終戦記念日。というわけで、墓参り&陸奥記念館へ。昭和18年に謎の爆発事故で沈没した陸奥ですが、艦首や砲塔などが引き上げられ、記念館に展示されています。私のじいさまが当時議員をやっていてこの引き上げ事業にも関わっていた&リアル爆発音を父共々聞いていました。また、旧記念館で父の弟が働いていたこともあり、我が一族とは縁のある船です。
かつては丘の上にあったのですが、建物の老朽化で移設されました。確か2式大艇とか屋外展示してあったはずなのに、海のそばで塩害がひどいのかなくなってしまっていました。
まずは全景。
館内はこんな感じです。画像正面の展示ケースは引き揚げられた遺品の数々です。1000名以上がなくなった事故で、海軍としても非常に重大にとらえ調査をしたのですが、「人為的でないという確たる証拠がない限り、人為的なものと考えざるを得ない」という非常にあいまいな結論となってしまいました。射程4万メートルの40センチ砲を装備し、長門とともにお召し艦になったりして連合艦隊のトップとして親しまれていました。
屋外展示の副砲。2門あります。
艦首部分のカット。菊の紋章がついているべき場所です。
そしてスクリュー…もとい、推進機ですね。説明板にはそう書いてあります。やはり日本海軍ですから公式には日本語かと。
そして、慰霊碑。
矢印の方向3キロに沈んでいます。引き揚げたものの一部は呉のてつくじらに展示されています。
今でも時折油が浮いてきて漂うそうです。終戦の日、今の日本の礎となった英霊に黙祷。
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