NEW SHINKANSEN
22年前の今日、発売された記念入場券です。
山陽新幹線で華の2階車を外され編成短縮され色も塗り替えられて全盛期の面影もなくなってしまった新幹線100系。新幹線初のフルモデルチェンジ、しかも2階建てグリーン車に食堂車…と赤字と民営化バッシングで断末魔にあえいでいた国鉄の最後の意地を見せたような歴史に残る名車だったと思います。車両の写真はググればいくらでも出てきますんで、ここはひとつ記念入場券なんぞを。
まずは袋です。白と青のツートンカラーの車体に輝く赤の2階建てシンボルマーク。ローマ字のNSと2階建てを表す重なりのデザインでした。
そして中身の表。写真でなく、イラストですが、なぜに宇宙空間を行く姿なのか未だによくわかりません。銀河鉄道999の劇場公開は1979年、続編のさよなら999は1981年だし…
でもって裏。100系X編成は何と言っても2階の食堂車。妻側壁面の黒岩保美氏の往年の東海道本線名列車のエッチングはいくら見ても見飽きないすばらしいものでした。これ、廃車になった後一度売りに出たそうですがとてつもない値段がついていたと聞いています。2階グリーン車も数え切れないほど乗りましたが、グリーン料金を払ってもそれでも安い、惜しくないっていう車両のひとつなのは間違いないでしょうね。
異論はあるでしょうが、歴代新幹線の中でもっとも豪奢で華のある車両だったと思います。ホームで待っていると平屋の普通車が通り過ぎ、突如として目の前に壁のように立ちふさがる2階建て車、8号車は立ち上る食堂車の香りと金色に輝く熱線吸収の窓ガラス、9号車は見上げるような高さの窓から見える重厚なグリーン席、静かで高速走行を全く感じさせない2階グリーン車、防音壁の遙か上から周囲を睥睨する食堂車、2階建て4両のグランドひかりの帝国ホテルや都ホテルの食堂車の予約不要のフルコース…乗るワクワク感がいつまでも色あせなかった…そんな想い出がたくさん詰まっている列車でした。
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コメント
懐かしいでんな。
特に「電話」なんぞは、緑のカード式公衆電話導入前の、100円玉専用列車公衆電話。
緑のカード式公衆電話が普及したおかげで、在来線特急にも公衆電話が導入されましたが、それまで列車の電話といえば「100円玉専用列車公衆電話」しかなく、しかも発信・着信とも、オペレータを介して交換機を接続してもらうという、今では誰も信じてくれないやうなシステムでした。
東海道区間の270km運転が実現できず、また、東海道区間における、いわゆる「1,323人定員の原則」からも外れてしまうので、撤退を余儀なくされてしまひました…。
投稿: くりはし | 2007年7月22日 (日) 00時50分
いやぁ懐かしい。そして良い車両でした。
高校の修学旅行がちょうどデビュー直後。鉄友2人と食堂者でコーヒー飲んだっけ。
働き出した頃には、自由席に座らず食堂車で一服がデフォでした。
付随車ならではの静粛性と眺めは最高でしたね。
速くなるのは良いことなんでしょうが、そういったムダの良さがすっかりなくなりましたね…。
投稿: まる | 2007年7月22日 (日) 21時57分
毎度です。
>くりはしさん
うーん、交換手に頼る列車電話ですね。車内からかけたことも車内呼び出しをしたこともあります。確か、100系の頃からLCXケーブルが敷設されて公衆電話回線が増強されたんでしたっけ。このケーブルのおかげで撮り鉄が泣かされる結果に(苦笑)グランドは270キロスペックあっても騒音レベルがクリアできないために230キロで山陽路をかっ飛ばしてましたっけ。
>まるさん
自由席が激混みの時はさっさと食堂の列に並んで飯食って時間をつぶす人が多かったですね。おかげで売り上げは混雑列車ほどさっぱりなんてことも…車販の売り上げの半分にも満たないなんて事もあったようですね。それでも新幹線の食堂車、それも2階席ってのは特別な空間でした。速くなくてもよいから贅沢な時間を過ごせる列車がほしいですね。のぞみ-ひかり-こだまの比率を3-4-2くらいにしてひかりの2本を食堂2階付きってできないものかなぁ…割引切符はのぞみ乗れないし。
投稿: 西乃湯 | 2007年7月23日 (月) 01時07分