コレクション-時刻表

2015年9月13日 (日)

北斗星 いろいろと

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先日、久々にLS-2000動かしてみましたが、その時に古いポジがいろいろと・・・で、こんなん撮ってたんだというのが出てきたので。矢板で撮った北斗星。多分1991年。電源車が青森方になってるし、それで6号車が半室ロビーのスハネ25なので、撮影順もそうですが2号じゃないかと。4・6号も写してますが変わり映えしないのでレギュラーはこれだけで。それでこの日は・・・

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夢空間北斗星82号も走ってました。狙って撮りに行ったと思うんですが、すでに20年くらい前の事、さらに同日、

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エルムも撮ってたんですね。で、次のコマには背後からやってくる江戸の写真が・・・江戸はノーマークだったようで、突然の登場にあわててシャッター切ったらしくカマの顔の真ん中に架線柱が(苦笑)恥ずかしいのでお蔵入り。ここに集まってた面々・・・と言うほど人はいなかったのですが、皆さん夢空間とエルム狙いのようで、背後から江戸が来たのがびっくりだったのは覚えてます。

その頃の時刻表の寝台特急ページから。1991年5月号

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まぁ・・・東北筋も常磐筋も綺羅星の如く・・・とまではいかないものの今からすれば垂涎の列車群。

で、トマムスキーの画像も出てきたのでついでに。

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トマム駅へ到着する回送のトマムスキー号。新得まで回送で行って折り返してきてトマムから営業。コレ撮ってからトマムでスキーしたんだっけかな?イマイチ記憶があやふやです。トマムで運転停車するんでみんなで撮影大会でした。

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これ、どうやって撮ったんだか・・・当時、線路に踏切あったっけ?デッキに乗って記念写真撮ってるスキーヤーもいたしなぁ・・・今からは考えられないフリーダムな状況でした。

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で、行き先はこのままで回送してきたし。まぁ回送なんで横浜行き出してたら紛らわしいんだろうけど、これは嬉しいサービスでした。

で、14:50発のトマムスキー号に乗ったわけですが・・・

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はい、前にも一回アップしたトマムスキー号の横浜行き初列車の寝台券。北海道も雪でしたが、関東平野も雪で大幅に遅れ、特急料金払い戻し・・・をせずに取っておいたモノです。それにしても10時打ちしなくてもあっさりソロが取れてるあたり時代を感じますねぇ。

トマムでスキーをして板を宅急便で送り、身軽になって乗車、石勝線内でトマムスキー号ならではのティータイム、ガラ空きの食堂車で温かいアップルパイと紅茶・・・をしていたら、天井クーラーから水漏れして、自分たちのテーブルへポタポタと。クルーと一緒にあり合わせの応急処置を手伝ったんですが、ディナーの時最後、「食後の飲み物は・・・・先ほどのでよいですね(微笑)」朝食も同様でした。

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横浜行というのがなんとも楽しかったですね。山貨~新宿通って横須賀線回りで横浜まで。なかなか乗りごたえがありました。

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雪の横浜駅で。向こうに見える113系電車も懐かしいですね。横須賀線のホームに突然やってきた寝台特急に皆さん注目してました。

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時刻表1989年12月号から。今思えば贅沢なラインナップだこと・・・

さて、2学期も始まって忙しいし、またしばらく沈没しそうです。

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2008年2月18日 (月)

急行くりこま指定券

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えぇ、このところ写真ネタが続いていたので、趣向を変えて切符ネタで。

新幹線開業前の東北本線、きら星のごとく特急急行が行き交い、その中でも急行くりこまは電車急行として俊足を誇っておりました。全車指定席の格式の高さで仙台-青森4時間47分。特急はつかりがおおむね4時間半で走破していたことを考えると破格のスピードです。1時間以上前に出た定期の急行と7分差、臨時の十和田は途中で同格待避でした。

で、この指定券、国鉄のMARSの初期のもの。V型と言われる機械で、駅名や列車名の活字棒を機械に差し込んで打ち出されてました。今みたいにすべてプリントされるわけでなく、半自動発券って感じですね。探せばウチにも活字棒が何本かあるはずですが…この頃の指定券、未だにあの独特の香りが残っています。

さて、そのくりこまの時刻表。クリックすると時刻が読めるでかいサイズになります。その俊足ぶりを見てくださいませ。1976年7月号より。もう東北新幹線工事の時変が載っています。

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2007年7月18日 (水)

大島航路3

 でもって、切符の次は時刻表。復刻版でない本物では、この年代は我が家でも古い方の部類に入ります。

 昨夜の鉄たまさんのリクエストにお応えする形で往事の時刻表を引っ張り出してみました。

 まずは廃止当月1976年7月号の大島航路のページ。渡し船の性格上早朝から深夜までけっこう頻繁に発着していました。

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 画像クリックして拡大して見てくださいませ。
 続いてピンクのページの運賃表。青函や宇高の大航路と対等に並んでいます。

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 ちなみに、この号の索引地図ではすでに国鉄航路の黒点線は抹消されていました…ので、1973年7月号の巻頭索引地図から。短くてもがっつり国鉄連絡船の黒太点線が民間航路との格の違いを見せつけているようです。

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 それにしても、今となっては懐かしい仁堀航路もあるし、錦川鉄道は岩日線だし…ここには載ってないけど、三江線は全通してなくて三江北線と三江南線だし、四国は予土線全通前で宇和島線を名乗ってるし…うーん、歴史を感じるなぁ…

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2007年4月18日 (水)

南紀号寝台券

Photo

このところ写真ネタが続いたのでコレクションネタで。
かつての夜行鈍行南紀号の寝台券です。名古屋と天王寺の間を紀勢本線経由で一晩かけて走破したのんびり鈍行。寝台車は新宮-天王寺間の連結でした。
ちなみに、この列車の時刻です。1976年の時刻表。画像クリックして拡大してみるとはっきり時刻が読めるはずです。

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 高校が近鉄烏森駅そばだったので、授業が終わった15時過ぎ頃、国鉄の線路を「天王寺行」のサボをぶらさげた旧客が下っていく姿を何度も見ています。私が高校生の頃はすでに列車名が「はやたま」になっていましたが、時刻や寝台車の運用は変わっていませんでした。それにしても名古屋15時台に発車して明朝5時に天王寺って…

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2007年4月 1日 (日)

JNR編集JR時刻表

 後にも先にもこの1冊だけ。国鉄が「編集」したJR時刻表。交通公社の時刻表は国鉄「監修」なので「編集」はこの1回だけ。国鉄とJRが同居しているという話題性もあってあっという間に売り切れました。で、時刻表には市販されるものと業務用のものがあって、表紙と背表紙がちがいます。

 まずは市販のもの。表紙には第3種郵便物表記、背表紙には値段があります。

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 続いて業務用。第3種郵便物表記も値段もない変わりに背表紙に燦然と輝く「日本国有鉄道」の文字。入手に苦労しましたが、どうしてもこれは欲しかった…他にも鉄道管理局独自バージョンもあると聞いていますが見たことはありません。

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 業務用は今もあり、背表紙に鉄道会社名が入っています。中を見るとすでに鬼籍に入ってしまった路線、3セク化された路線、懐かしい列車等々時間を忘れてあの頃の旅を思い出して読みふけってしまいます。
 ワイド周遊券があったあの頃、できるものならもう一度戻って20日間の有効期間いっぱいの旅をしたいですね。

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2007年3月19日 (月)

湧網線

 20年前の今日、新生JR目前にして廃線になった路線、湧網線。すでにATOKでは一発変換できません。その線路がリアル網走刑務所の敷地内を通過することで有名でしたが、沿線のサロマ湖やオホーツクの眺めは絶品でした。今も一部路線敷がサイクリングロードとして残っています。
 そんな湧網線の掲載された最後の時刻表となる1987年3月号は国鉄監修交通公社の最後の時刻表でもありました。

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乗り鉄で使い倒してぼろぼろになっていますが…
そして、湧網線のページ。

Yumoujikoku

巻頭には代替バスの時刻も載っていました。このページ、上から下まで転換バスの路線一覧でした。

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この当時の時刻表、まだ路線図が密です。三菱大夕張鉄道もありました。士幌線も、標津線も、羽幌線も天北線も…国鉄最後の日までに完乗達成しようと必死でプランニングをしていた大学1年終わりの春。2浪のロスタイムは大きかったです… 

明日は駅スタンプと入場券を…

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