コレクション-紙もの

2008年4月12日 (土)

宇高連絡船記念品

Shiori1

さよなら宇高連絡船乗船記念しおり。最後の日に配っていました。4枚セットで袋入り。讃岐丸だけJNRマークの写真が使われていました。ちなみに袋は

Shiorifukuro

わりとあっさりの封筒でした。しおりとは別に台紙みたいなのが入っていました。

Shiori2

裏は銀色のJRマークになっています。画像からエンボス加工の痕跡がみえます。

そしてテレホンカード。

Telcaomote

電報電話局の表示が時代を感じさせますねぇ…。開くと…

Telcain

こんな感じでした。青い海に青の土佐丸を選んだのは青函連絡船のポスターに摩周丸が選ばれたのと同じセンスかな?と思います。

何せ現地入りがギリギリだったのでグッズやら写真やら青函ほどゲットできなかったです。何より乗船回数が…瀬戸内の航路ってけっこう好きなんですけどね。

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2008年4月10日 (木)

瀬戸大橋開業

Setoshikoku

明けて昭和63年4月10日。瀬戸大橋開業。高松始発のマリンライナー2号に鬼無駅から乗り込みました。というのも、高松に着いた段階で行列に規制がかかっていて、最終C27便の客はマリンライナー2号に乗せないということになっていたのでした。が、しかし一番列車に乗りたい私としては一計を案じ、途中駅からの乗車は拒めないはず、次の停車駅鬼無から乗れるはずと判断し、タクシーで鬼無駅へ。同じ事を考えた人が数名。ほぼ満員でやってきたマリンライナー2号ですが、思惑通り乗り込み、瀬戸大橋へ。

空が明るくなり、赤く染まる中、宙空の鉄骨の林の中を轟音を立てて走り、あっという間に本州へ。木見駅で下車し、下り1番列車のマリンライナー1号に乗り換え。児島で交換ですが、乗り換え間に合わないと困るので安全策。

Setonishi

無事に西日本バージョンの1番列車記念証をもらうことができました。

そして、高松駅で行われた記念式典を見物してから改めて児島へ。そこからしおかぜ1号で松山へ行ったのでした。じいさまの家に行くのが目的だったのですが、松山駅へ着いてみると、本州直通1番列車の到着ということで記念の手ぬぐいを配っていました。お一人様1本…

Tenugui

鉄の姿を見かけなかったのでこれ持ってる人、ほとんどいないんじゃないかな…

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2008年4月 9日 (水)

終航20周年

Syukoshiki

今日は宇高連絡船の終航から20周年。厳密に言うと日が変わってから臨時便が出ているので微妙なところですが、終電の概念からいえば今日9日が最終日でしょう。

大学の履修申請やら何やらで出かけられず当日最終便直前に宇野入り。青函連絡船最終で見た面々もかなりいました。青函と違って橋の開業は翌日のため、積み残しが出ないようにするとは聞いていましたが、最終便として乗り込んだB27便伊予丸の後にC27便として讃岐丸を出すという事が分かり、最終狙いの客がどっと降りようとしてかなり混乱していました。私も一旦乗った伊予丸から下船し、讃岐丸の列へ移動しました。

Ukoug

何とか讃岐丸に乗り、自由席グリーン券をゲット。そして、乗船証明書…ですが、讃岐丸のものがなくなり、伊予丸のもので代用でした。仕方ないので、裏にスタンプを押し、船長さんのサインをお願いしたところ、快く書いてくれました。

Sanuki

すでに日付が変わった後だったので9日ではなく10日になっています。

ちなみに表は

Awa

船名が違うだけでデザインは共通でした。阿波丸、土佐丸、伊予丸の3船のものを入手できました。とびうおだけは指定席で最終便にのれなかった…というか、時間的に無理でした。何でも額縁入りの別枠の最終便証明が出たとか。

日本の鉄道車両航送の歴史が終わる瞬間でした。当時、四角い箱のような船のデザインは青函と比べてイマイチ…と思っていました。むろん、同時期の設計故ブリッジの形状とかカニ爪のマストとか船内の内装なんかはかなり共通だったのですが、やはり船首部のデザインが…内水面メインのフェリーとすれば当たり前の形状なんですが、どうしても…ね。

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2008年3月31日 (月)

最後の最後 1~4便

1ヶ月にわたって続けた青函連絡船20周年シリーズはひとまず今日で終わりです。まだまだネタはありますが…おそらく連絡船をリアルで知らない世代がネットの中では多くを占めているのでしょう、ただでさえ少ない閑散blogなのに、さらに連絡船シリーズは見事にアクセス激減でした(笑)っつーか、思い入れ過ぎ?

さて、昭和63年9月18日(日)本当にこれが最後の連絡船の運航となりました。教育実習中、まだ土曜日が学校営業だった時代のこと、土曜日のはくつるで青森入り、1便~4便と乗り、青函くつろぎカードで時間ぎりぎりまで船内で過ごし、ゆうづる3号で帰京し、そのまま実習へ行くという強行軍を決行しました。教育実習日誌と授業の指導案を寝台車と連絡船の中で書き、ネクタイ&スーツで連絡船に乗りに行ったわけでした。教員養成大学にとっては教育実習は非常に重要視されていて、まして付属の小学校でのこと、この行動には指導教官が呆れかえっておりました。その後何年間か、「これこれしかじかな大馬鹿者が…」とオリエンテーションで語り継がれたとか。

さて、…まずは1便のグリーン券。

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なぜに気仙沼発券かと…仲間みんなで手分けして駅に並びました。1ヶ月前は8月18日、夏休みの真っ最中です。旅先で、地元で…で、取れた券をみんなで山分けしたわけです。お盆のUターンの混み具合もあり、ゲットに苦労しました。

918syuppatsu

盛大に見送られ函館を出航しました。

ちなみに4便のグリーン券。blogのはじめの頃にUPしたものですが再度。

234689

その4便では…

Photo

満席なので座席はないのを承知で記念に売ってもらいました。なので座席番号は空欄です。

Tryousyuu

で、領収書。4便のハンコがしっかりとおしてあります。さらにグリルとサロンの領収書。例によってグリルはラーメン、サロンはクリームソーダでした。

Grilltowada02

Saloontowada

Yotei05

夕日にシルエットが浮かぶ、すれ違いの3便羊蹄丸。逆光のシルエット、ゆっくりと名残を惜しむようにすれちがっていきました。

Yotei02

たくさんの船客がデッキで最後のすれ違いを見送りました。

そして、我が家の家宝、船長サイン2枚組

Chibasign

Shibatasign

お願いしてお二方のサインを揃っていただくことができました。

Maku

青森到着のときに掲げられた横断幕と一緒に。

そして、最後、青函くつろぎカード。この日の原券は見事にみんな回収されてたなぁ…なので、くつろぎ記念券を。

Kutsurogi

Kutsurogiura

最後に青森から羊蹄丸が出航する様子を動画で…

→羊蹄丸青森出航←

今回はflvではなくH264動画にしてみました。 まぁもともとがダビングもののVHSなのでそんなに変わらない…M.Y氏に感謝です。

20年の年月はさすがに長いです。私はつい昨日のようにリアルなことでも、しかし、すでに青函連絡船自体が鉄道年表だけに納まらない、その時代を生きた多くの日本人が共感し、注目した日本の歴史上の過去の出来事なんでしょう。そんなたゆとう歴史の中に身を置いていたこと、歴史が作られていくその場に熱い思いをぶつけたこと、若かった自分の生きた証のひとつだったんじゃないかと思います。それは、あの時、あの場所にいた多くの人が感じていたんじゃないかと思います。

小さい頃、時刻表を眺め、あこがれた北の大地へ渡る儀式、それが青函連絡船でした。初めて渡道した時の連絡船のタラップを渡る高揚感は今でも忘れていません。そして旅の終わり、夢の時間の終わりを告げるのも連絡船の汽笛でした。次はいつ来られるんだろう?バイトして金貯めないと…

初渡道から二十数年、すっかり北海道フリークになり、渡道回数も数え切れなくなりましたが、色あせない青函連絡船の思い出。青森駅で目の前にカニ爪の後部マストが見え、車両甲板の船尾扉が大きく口を開け貨車を出し入れしている…当たり前の光景でも、長い夜を列車で揺られ、ようやく青森まで来た、その光景を見ながられんらく船のりばの看板の方へ向かうあの気持ち…飛行機も好きですが、こと北海道へ向かう気持ちの盛り上がり方や感動は連絡船ならではのものでした。

もっと乗っておけばよかった、もっと撮っておけばよかった、保存されている3船のプロムナードデッキに佇むとき、そんな気持ちもさることながら、周遊券を握りしめて初めて北海道へ渡った日、バイト代を貯めてようやく渡道、また来ることができたとわくわくしていた若かりし頃の思い出がこみ上げてきます。

そんな思い出話に1ヶ月もの間おつきあいいただきありがとうございました。

とりあえず青函連絡船シリーズはここまでです。忘れた頃にぽつんと単発でネタが出てくるかもしれませんが…あ、例の連絡船動画with初音ミクの津軽海峡冬景色、やはり石川さゆり版がほしいというリクエストがぽつぽつと…ヒマを見て作ってはみますが、UPはさすがにまずいよなぁ…

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2008年3月29日 (土)

青函くつろぎカード

Kutsurogiomote

青函くつろぎカード。夜間停泊している連絡船をホテルにしてしまう、しかも雑魚寝とはいえ1泊2500円、食堂サロン営業付きという破格の条件でした。で、最終便到着後の9月18日の夜まで一斉同時発売だったので1ヶ月前発売と思い込んでいた人は…orzでした。

裏は…

Kutsurogiura

でもって、くつろぎカード本券。8月4日はもらえましたが、9月18日は問答無用の回収となり、もらうことができませんでした。っつーか、教育実習の最中だったので、ぎりぎりまで船内で過ごし、泣く泣くはくつるで帰る羽目になりました…

Kutsurogicard

船内座敷はブロック分けされていました。そのご案内。

Kutsurogiannnai

案内所脇の表示板。

Kutsurogikuwari

そして、毛布がひかれた寝床…JNRマークが何とも…

Moufu

洗面所に作られた簡易シャワブース

Shower

そして、アスパムの前から見ると煌々と灯をともした十和田丸が不夜城のように輝いていました。

Towadanight   

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2008年3月27日 (木)

乗船名簿

Meibo2

唯一残っていた甲乙2片式のグリーン旅客名簿。甲片と乙片は別々になっていたのでフォトショップでつなげました。きちんとした印刷のものでした。

Meibog

単葉式になった後のグリーン用名簿。印刷業者に発注したと思われ、紙の質と印刷が普通船室用と比べて全然違います。

Meiboshiro

普通船室用ですが、この頃にはすでに外注の印刷ではなく、学校の印刷室にあるような印刷機で自前印刷をしていたようです。が、まだグリーン用と普通用を色で分けていました。右上に丸囲みで特と印刷されたりスタンプされたものは接続列車の指定券を持っている郵船乗船客の証でした。…寝台車や特急指定席って北海道周遊券には縁がないから○特印はもってませんです。ヤフオクなんかでたまに見ますけど、末期の直印刷に赤スタンプぽんのものばかりです。

Meibo

そして最末期。ご案内の3番がなくなり、普通船室とグリーン船室の区別がなくなり、いよいよ印刷が粗悪なものに…

Meibo_2

そして3月13日最終便。本家サイトより。最終便の一般枠の自由席乗船名簿は500枚限定配布。これゲットするのは大変でした。最後の数日間は便ごとに色を変え、大きく便名スタンプが押されていました。ちなみに、1便前の20便は黄色でした。これ、持って帰りたかったのですが、きっちり回収されました…持って帰れた人がいたというのを知ったのは20年後の再会イベントでした…原版はご案内3があるので普通とグリーンを分けていた時代のものですね。

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2008年3月26日 (水)

復活運行初日1便

Fukkatsuchirashi_2

まずは復活運行のチラシ。夏の青函博の間だけ連絡船を復活運航させることになりました。ダイヤと使用船は固定。青森ベース1往復1便→4便は十和田丸、函館ベース1往復2便→3便は羊蹄丸。使える切符が限定されていました。

Photo

1988年6月3日。青森では盛大にアンコール出航式が行われました。

Photo_4

船内に掲示されていた案内。

Photo_2

盛大に見送られて出港したものの…乗客はわずかで見送りの人の方が多かったくらいです。後部座敷が閉鎖になるほどでした。

贅沢にも寝台を奮発しました。

Funeshindai_2

まさか空いてるとは思わず、バイトに行くついでに冷やかしで聞いてみたら空いていたので思わず…碇の検札痕が船ですね。

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函館往復割引切符は連絡船対象外だったので…

Green1

自由席グリーン券は、記念に…

Kippu3

さらにこんなものも作ってもらいました。3月の長蛇の列がウソのような空き具合でした。

Shibatasign2

船長サイン。目の前でサラサラと書いてくれました。この後何度もお目にかかり、「また来たのか?」と覚えられ、呆れられるように…

Hakodatesta

函館駅で。今はこの特徴ある駅舎もなくなってしまいました。「れんらく船のりば」が懐かしいです。

Hakodatestamp

で、当時の函館駅のスタンプ。連絡船がモチーフになっていますが、今のスタンプは何がデザインされているのか…な?最近はスタンプもあまり押さなくなったので浦島太郎になっています。

Hakodatesyukkou

復活1便十和田丸から下船したら函館側の出発式のくす玉がそのまま残されていました。

Fukkatsujikoku_2

函館桟橋にあった復活運行の時刻表。

最後の夏、15000円でJR東土日はさんで3日間乗り放題のE・Eきっぷがでたこともあって末期以上の頻度で乗りに行くことになろうとは…

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2008年3月24日 (月)

ジャパニーズドリーム処女航海

Jd0001

十和田丸を大改装したジャパニーズドリーム号。終航2年後の1990年3月24日16時に横浜から神戸へ向けて処女航海に旅立ちました。画像は3月18日の横浜初入港の時のもの。客船事業に縁がない外食産業が手がけただけに予約やらセレモニーやらでいろいろとトラブルも多く、ホントに大丈夫かいな?と思っていましたが、無事予定通り就航することができました。

えぇ、乗りましたとも。ようやく処女航海のチケットを押さえました。で、乗船手続きの際にもらった搭乗券の半券がコレ。

Jdticket

船内見学ツアーもあり、船長さんと通信長さんのサインをいただくことができました。何よりも燦然と輝く「JMUK」。紛れもなく十和田丸の船名符号です。

…ちなみに、「BOADING」となってますが、これ「BOADING」の間違いです。ついでに船のタラップに掲げられていた横断幕、「welcome」が「wellcome」になってたりとそりゃないでしょってミスが多かったです…気がついのか速攻で横断幕外してましたが…

で、ジャパニーズドリーム号の各種コレクション。

Jd1men

Jd2men

パンフレットです。TVCMで田村正和が「その船の名は…」ってやってたの覚えてる人どのくらいいるでしょうか。ビデオ撮っとけばよかったと…

さらにハガキ大のPRカード

Jdhagakiomote

Jdhagakiura

ディナーチケット。お願いしてもらってきました。処女航海の1stだけあって各種挨拶が華やかに行われました。…写真撮れる雰囲気じゃなかったです…

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で、会員制のロイヤルジャスパクラブの募集もありました。ホテルニューオータニなんかがバックについていましたが、入会金480万円也。その後どうなったんでしょうねぇ?

船内の写真はまた明日…

 

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2008年3月17日 (月)

羊蹄丸絵はがき

Yoteihagaki

かなり古い絵はがきです。サイズがB5判くらいのでかいやつで、何かの機会にもらった1970年頃の古い時刻表の間に挟まってました。船体が非常にキレイなこと、マスコットマークがないことから、おそらくはデビュー当時の記念ハガキかと思われますが、詳細はわかりません。くれた人も意識してないもらい物なので文句は言えませんが、未使用とはいえ、折れとか擦れがなければなぁ…と思いますです、はい。

ちなみに、末期の羊蹄丸。ほぼ同じ角度です。

Youtei

こうしてみると、何か色が違いますねぇ…

土日で函館行って特別消印やら記念缶ビールやらゲットしてこようと思ったのですが、土曜日寝坊、日曜は日帰りでもと気合いを入れたものの目が覚めたら…でした。株主優待券予約だから直前キャンセルでよかったものの…うーむ…

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2008年3月14日 (金)

十和田丸通信長引継簿最終日の記録

Towadalog33

十和田丸の最終航海の記録です。回送便から待機で記録が終わっています。JHKとは旧電電公社の函館海岸局でのことで、船舶公衆電話や電報で連絡船とは密接な関係があったために最後の航海へ向けて一報が入ったんじゃないかなと推測できます。

翌日からの白紙のページがなんとも…

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先日の羊蹄丸のイベント、船の科学館blogで。

http://blog.canpan.info/burari/archive/246

日本財団のblogに貼られてるのも見つけました。

http://blog.canpan.info/koho/archive/372

さらにようつべで。

http://www.youtube.com/watch?v=ynQmSxurc0Q

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2008年3月13日 (木)

LAST VOYAGE

今日は17時にタイマーアップです。20年前1988年の今日この時間、上り最終22便羊蹄丸が函館を出航しました。

Last Last2

長い長い汽笛を鳴らし、津軽海峡冬景色と蛍の光の大合唱に包まれゆっくりと最後の航海へ…

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函館港内をあまたの船に見送られ、夕日に照らされた羊蹄丸…

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一足早く終航していた空知丸の見送りの汽笛、護衛艦の併走、上空を舞うヘリ…最後の花道に…(有川停泊中のこの画像は最終日のではないです)

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最終便のスタンプ。便名と船名小印を押してもらう列が長かった…

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説明の必要のない乗船証明書。

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船内発行の切符。石狩丸の上に羊蹄丸のハンコですが、硬券はほとんど払底していました。

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大混雑のグリル羊蹄。最後はやはりなじみのラーメンで。なぜかレジの日付が1日進んでる…

Blackboard

車両甲板に掲げられていた黒板。復活運行の時までコレがそのまま残されていました。

Nyukou

アスパム前に集結したたくさんの人のペンライトと車のヘッドライトに照らされ、ゆっくりと着岸。上り夜行に乗る人、下りはまなす初列車に乗る人、市内泊の人…船からはき出された人はそれぞれの道へ別れていきました。

313hakkoda待合室はすでにがらんとして人気が無く、わずかな電灯がついているのみでした。動くことの無くなった乗船口の案内には下り最終便八甲田丸の案内が残り、時が止まっていました。

Annnai

食堂も閉まり、天井からの案内表示の電灯も消え、数時間前までの賑わいが嘘のような静かな広い空間が広がっているだけでした。

Yotei0003

回送の出航を待つ羊蹄丸。バルブなので船の揺れで微妙にぶれてます。

Kaisou

そして、これが本当に最後の航海になる羊蹄丸の回送便。長い汽笛を鳴らして出て行きました。深夜にもかかわらずマリンガールが岸壁に並んで手を振っていました。乗船口でも答えるように手を振っていて…

窓ガラス越しに撮ったので反射の写り込みがありますが、最後まで見送りたくて…

本家サイトとプリントスキャンの混合ですので画質の落差が…当時はニコマートFTNと50ミリと200ミリしか持っていなかった…

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で、予告していた「津軽海峡・冬景色」by初音ミクですが…最初は最終日替え歌バージョンで歌詞まで考えかけていたのですが…他でもない連絡船、ネタにするのはあの時クソ寒い桟橋通路下で泊まり込みした思い込みを考えるとちょっとちがうだろ…というか、あの時の思いをネタにするのはやっぱりできないので、元歌詞のままにしました。

かなりパラメータをいじってエフェクターとミックスダウンもいろいろ試してみたのですが今回は音符の並び方と発音の相性がよろしくないのか、なんかうまく歌ってくれてません。バックの動画は当時非常に高価だったVTRを持っていたM.Y氏からダビングしていただいた物をメインに、他にあちこちで拾った物を併せて連絡船PV風にしてみました。…カラオケのバック画像になってしまったという感じがしないでも(汗)

…前回の雪国はうまくツボにはまってくれたのですが、今回はなんか曲想と声に違和感ありありです。ネタにしてないまんまの歌詞、そんならミクにしないでオリジナルの石川さゆりのまんまでいいじゃん…と思ったのはFLV圧縮してからのことでした(爆)

というわけで懐かしい映像とミクの声のミスマッチですみませんが、

→津軽海峡・冬景色by初音ミク← です。flvです。 ←消しました。

サイズも30MBくらいあるし、某○スラックが…というわけで今週末には消します。例によって転載・再配布は不可、DLした個人のみということで。

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2008年3月12日 (水)

サロン海峡伝票

Sb

食堂に続いてグリーン船室に隣接のサロン海峡の伝票。こちらでもずいぶんと飲み食いしました。お気に入りは鮭ルイベと生ハムにヱビスビール。Beer

みんなで乗って宴会したときのです。

Cream

これまたサロン海峡名物クリームソーダ。3色ありました。「何色がいい?」なんて聞かれてちょうど3人いたので各色揃えて(笑)ということで勢揃いの絵となりました。実は左側に私らが写っているのですが、クリームソーダのアップトリミングで。

Hako

そしてサロン海峡のマッチ箱。

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2008年3月11日 (火)

船内食堂伝票

Gbill_2

連絡船食堂、グリルの伝票です。未使用の状態でもらうことができたので大事にしてあります。

ちなみに、飲み物はともかくとして、ほとんどのメニューを食べました。が、写真撮って残してあるのが海峡ラーメン(みそ)海峡丼とポークカツ定食だけ…

Ramen

海峡ラーメンみそ(本家サイトから)

Donburi

海峡丼(これも本家サイトから)

Pork

ポークカツ定食…食ってる姿撮ってもらったんで定食のところだけアップで。

Hashi

で、箸袋。ほかのデザインのもあるのですが、なんかちょっと汚いのでキレイなのを探します。

連絡船シリーズになってから順調?にサイトアクセスが減ってます(笑)まだまだ連絡線ネタは続きます… 

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2008年3月 9日 (日)

十和田丸通信長引継簿

Towadalog1

Towadalog4

えぇ、なんでコレをおまえが持ってるんだと言われそうですが、十和田丸改めジャパニーズドリームの処女航海に載った折、通信長さんからいただいたモノです。本来なら博物館の展示ケースに入っているべきモノなんでしょうけど…上のやつは連絡船最終日入り、下のやつは国鉄最後の日の記載があります。

詳細に見ていくと「海中転落者(自殺)あり」とか、火災とか通信機器の故障や不具合、天候なんかも細かく記録されています。

Towadalog22

20年前の今日、3月9日の記録、名前はぼかしましたが、この日を境にさよならやありがとうの記載が入るようになりました。

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2008年3月 7日 (金)

寝台整理台帳

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というわけで、昨日に続いて寝台整理台帳。寝台は各部屋ごとに4つ、5室で定員20人でした。わずか3時間50分なので横になってぐっすりというわけにはいきませんが、静かな個室はなかなかの乗り心地でした。

Shindai

当時持っていたのはニコマートFTN、レンズは50と200のみ。よって室内はこんな感じにしか撮れませんでした…

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2008年3月 6日 (木)

指定席整理台帳

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連絡船にはグリーン指定席がありました。ひとりがけのリクライニングシートが用意され、枕灯や足置きなどそれはそれは贅沢な座席でした。で、指定券チェックがあるわけですが、そのチェック用の台帳用紙です。2号車・3号車とありますが、1号車は寝台室なので別の用紙です。定員96名の贅沢な空間でした。とはいえ、空いていれば普通席の座敷で転がっている方が遙かに楽なのでたいていはがらがらでしたが…

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2008年3月 2日 (日)

摩周丸ポスター

Masyuuposter

我が家の壁を飾っているポスターですが、このキレイな摩周丸の画像に見覚えがある方はけっこういるんじゃないかと思います。横長なのでかなり縮小された画像になっていますが、クリックででかくなります。

ドック上がりの超キレイな摩周丸、時刻表のチラシやオレンジカードにも使われていました。うちにもどこかにチラシがあるはずなのですが、ちょっと見あたりません。

JR東日本制作のポスターではこれが一番のお気に入りです。電車のドアの上に4分割で掲示されていたのですが、人脈を使い八方手を尽くしてようやく入手できたモノです。

「僕の航跡は、消えない。」

シンプルにしてこれ以上の言葉はないと思えるキャッチコピー。1987年、青函連絡船最後の夏のキャンペーンポスターでした。

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2008年3月 1日 (土)

あれから20年

Towada

十和田丸、函館入港。

1988年3月…青函連絡船最後日までのカウントダウンが始まり、アルバイトで稼いだ金で最終便に乗りに行きました。

今月はひたすら青函連絡船エントリーで行きます。いろいろ写真やコレクションもあるので一挙公開。古い写真などをフラットベッドスキャナで読み込んでいるのでホコリや色が変なのは勘弁してくださいませ。

Tabi1

まずは国鉄青函船舶鉄道管理局作成の連絡船の旅パンフレット。折りたたみ1枚モノですが、表紙にはマスコットエンブレムがつく前の十和田丸の写真が使われています。

Tabi2

開いてみるとこんな感じです。クリックででかい画像になります。タイトルと十和田丸の画像を並べる折り方、小学校の遠足のしおりによく似ています。中心をずらして絵が並ぶようになっています。

Tabi3

そして裏面。船内設備などが紹介されています。

我が家にはこれは1部しかありません。B4サイズなので分割スキャンのため、しわが寄ってしまいそうなので開いてスキャンスルのためらったのですが、何とかやってみました。

周遊券を握りしめて北の大地への憧れを胸に潮風に吹かれたあの頃がなつかしいです。 

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2007年9月30日 (日)

あさま37号

10年前の今日、碓氷峠を最後の列車が走りました。撮影でもかなり通った碓氷峠ですが、やはり最終列車は何としても乗りたかったです。…もっとも、回送列車に客乗せて後で大騒ぎになったらしいのでホントの最終の碓氷峠越えの列車が何かというのにはかなりの疑問が…

まずは最終あさま37号のグリーン券。プラチナチケットの極みでした。今なら糞テンバイヤーの手に落ちてとんでもない値段でダフオクに出てくることでしょう。

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続いて車内で発券してもらった横川-軽井沢の片道乗車券。燦然と輝く3037Mの列車番号。感熱紙なのに印字が持ちこたえてます。

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続いて郵便局の記念セット。まずは表。

Asamapost1

続いて裏。風景印が押されています。

Asamapost2

そして、車内放送録音3連発です。

まずは→さよなら放送←。マイク不調で前半部が切れてしまいました(泣)

続いて→長野到着放送←

さらに→長野到着後最後の放送←

おまけで、長野駅の→回送発車←の動画。

明日は長野新幹線開業10周年です… 

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2007年8月20日 (月)

のぞみポスターその3

というわけで3枚目。今度は下から見上げるような角度のイラストです。

3003

なかなか見ることができない角度だけに見ていておもしろいですね。

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2007年8月19日 (日)

のぞみポスターその2

というわけで、昨夜の続編です。3枚組の2枚目。

3002

正面の輪切りってなんかすごく間抜けな感じが…(笑)グリーン車の椅子ってこんなに倒れたっけ?旧国鉄のR27系(だったかな?うろ覚え)の椅子が倒れ方大きかったように思うんですけど。

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2007年8月18日 (土)

のぞみポスターその1

先日の新幹線ポスターの続編です。

3001

300系のぞみ号デビューの時に制作されたのぞみテクノロジー3枚組ポスターです。

イラストで輪切りにされた300系の説明書きです。N700デビューで肩身が狭くなっていますが、元祖のぞみ号、当時の意気込みが伝わってくるような気がします。

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2007年8月 5日 (日)

新幹線30周年記念品3

でもって、3枚目。コレアップされる頃は自宅に帰っているでしょうが、疲れて沈没中確定です。

3枚目は300系。

30300

デビュー直後ですから最新鋭なわけですね。高速化への力の入れようがわかるキャッチコピーです。

3枚とも未使用で、筒に入って押し入れにしまっておいたのですが、せっかくの機会なのでB1サイズのポスター額を買ってきて入れました。10年以上前のポスター、今見るとすごく新鮮でした。

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2007年8月 4日 (土)

新幹線30周年記念品2

というわけでタイマーアップの2枚目です。コレアップされる頃、雨でなければきもだめしの真っ最中でしょう(笑)

2枚目は100系

30100

0系ベースの技術で作られたとはいえ、ポスターのキャッチコピー以上にインパクトある車両でした。鉄道とはほとんど無縁の田舎のおじさんたちも「ニューひかり」と言っていたくらいですから…

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