なつかしの列車

2016年3月21日 (月)

惜別 夜汽車

201603210001

このエントリー、今宵の最終はまなすの発車時刻です。

画像は昭和63年3月13日のはまなすの下り1番列車@青森駅です。

201603210003

これに乗っていたので、今宵のラストランに乗りたかったのですが、指定券云々以前に卒業式直前ではさすがに火曜日休めません。

はまなすが最後の朝を迎えると、自由席を連結した、普段着の夜汽車、在りし日の夜行急行列車の歴史の幕が閉じられます。

周遊券時代からどれほどお世話になったかわからない、夜行急行列車。

窓の外を流れる街の灯り、飛び去ってゆく駅の照明、おやすみ放送の後、目が覚めると駅に止まっている・・・

固い座席と轍のリズムに包まれて本当に明日が来るのだろうかとさえ思える長い夜を過ごした初めての一人旅・・・

周遊券を握りしめて深夜に乗り換えて宿代わりに使った東北や北海道の夜行急行、最後尾のデッキで街の灯りの上を舞うような不思議な感覚を覚えた夜行鈍行山陰、寝台特急なんて高嶺の花で眼中になし、指定席ですらもったいない・・・

夜汽車に住んでいるような感覚になった夜行42連泊。東京からの九州周遊券、に18きっぷと広島からの四国周遊券を組み合わせて西日本、戻ってきて10月1日発券の北海道周遊券学割+冬期割引でそのまま・・・

とにかく遠くへ行きたい、列車に揺られたい、乗ったことがない路線に・・・チャレンジ20000キロがあったとはいえ、金はないけど時間だけはある高校から大学、そして就職してしばらくは本当に座席夜行を使い倒していました。いつの頃からか時間を金で買うような旅の仕方になってしまいました。

もう二度とできない、若かりし頃の汽車旅の思い出の香りを残す列車が赤いテールライトと共に歴史の中に吸い込まれて消えていく・・・

夜汽車へ愛惜の思いを込めて。

201603210002

探せばまだ出てくると思いますが、サクッと出てきた走行写真、有珠山の噴火で函館本線山線を迂回したときのもの。ドラえもんシールが・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年9月13日 (日)

北斗星 いろいろと

201508300002

先日、久々にLS-2000動かしてみましたが、その時に古いポジがいろいろと・・・で、こんなん撮ってたんだというのが出てきたので。矢板で撮った北斗星。多分1991年。電源車が青森方になってるし、それで6号車が半室ロビーのスハネ25なので、撮影順もそうですが2号じゃないかと。4・6号も写してますが変わり映えしないのでレギュラーはこれだけで。それでこの日は・・・

201508300006

夢空間北斗星82号も走ってました。狙って撮りに行ったと思うんですが、すでに20年くらい前の事、さらに同日、

201508300004

エルムも撮ってたんですね。で、次のコマには背後からやってくる江戸の写真が・・・江戸はノーマークだったようで、突然の登場にあわててシャッター切ったらしくカマの顔の真ん中に架線柱が(苦笑)恥ずかしいのでお蔵入り。ここに集まってた面々・・・と言うほど人はいなかったのですが、皆さん夢空間とエルム狙いのようで、背後から江戸が来たのがびっくりだったのは覚えてます。

その頃の時刻表の寝台特急ページから。1991年5月号

201509130002

まぁ・・・東北筋も常磐筋も綺羅星の如く・・・とまではいかないものの今からすれば垂涎の列車群。

で、トマムスキーの画像も出てきたのでついでに。

201509130005

トマム駅へ到着する回送のトマムスキー号。新得まで回送で行って折り返してきてトマムから営業。コレ撮ってからトマムでスキーしたんだっけかな?イマイチ記憶があやふやです。トマムで運転停車するんでみんなで撮影大会でした。

201509130007

これ、どうやって撮ったんだか・・・当時、線路に踏切あったっけ?デッキに乗って記念写真撮ってるスキーヤーもいたしなぁ・・・今からは考えられないフリーダムな状況でした。

201509130006

で、行き先はこのままで回送してきたし。まぁ回送なんで横浜行き出してたら紛らわしいんだろうけど、これは嬉しいサービスでした。

で、14:50発のトマムスキー号に乗ったわけですが・・・

201508170016

はい、前にも一回アップしたトマムスキー号の横浜行き初列車の寝台券。北海道も雪でしたが、関東平野も雪で大幅に遅れ、特急料金払い戻し・・・をせずに取っておいたモノです。それにしても10時打ちしなくてもあっさりソロが取れてるあたり時代を感じますねぇ。

トマムでスキーをして板を宅急便で送り、身軽になって乗車、石勝線内でトマムスキー号ならではのティータイム、ガラ空きの食堂車で温かいアップルパイと紅茶・・・をしていたら、天井クーラーから水漏れして、自分たちのテーブルへポタポタと。クルーと一緒にあり合わせの応急処置を手伝ったんですが、ディナーの時最後、「食後の飲み物は・・・・先ほどのでよいですね(微笑)」朝食も同様でした。

201509130003

横浜行というのがなんとも楽しかったですね。山貨~新宿通って横須賀線回りで横浜まで。なかなか乗りごたえがありました。

201509130004

雪の横浜駅で。向こうに見える113系電車も懐かしいですね。横須賀線のホームに突然やってきた寝台特急に皆さん注目してました。

201509130001

時刻表1989年12月号から。今思えば贅沢なラインナップだこと・・・

さて、2学期も始まって忙しいし、またしばらく沈没しそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月13日 (日)

江差線 その6 切符

Scan1309300001

というわけで、相変わらず今更ながらの江差線シリーズ。ぼちぼちと買ってきた切符シリーズ。いろいろ買った切符を入れたファイルが一つ行方不明で探すのもめんどくさいので出てきたもので。

まずは湯ノ岱→江差。これ、綴ってある1冊の最後の1枚でした。次は4401からの番号になる…と思います。

Scan1309300002

で、改正でなくなる知内までを作ってもらいました。

Scan1407130003

Scan1407130004_2

台紙付き記念切符。江差→五稜郭と江差→木古内/札苅を江差駅で、木古内→江差を木古内駅で買ってしまいました。

Scan1407130007

Scan1407130005

Scan1407130006

さらに記念切符。見当たらない袋にフリー切符ストラップ付とか湯ノ岱の硬券とか入ってるので、あわせると相当の大散財でした…

久しぶりの土日連続休み、倒れて惰眠をむさぼってたまった洗濯して掃除して…でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年7月 1日 (火)

江差線 その5

_dsg1819

というわけで珍しく2連投。こちらは天の川第2橋梁。天の川駅前のコンクリ擁壁をよじ登るとこういう光景があらわれます。で、ここからは天の川駅をプチ俯瞰できます。

_dsg1828

こんな感じですね。まぁ場所が場所だけに人が入ってしまうのは仕方なく、情景アクセサリーの観光客ということで。

59354972169700188

こちらは駅名標がわかるようにしてみました。道路標識や電柱の頭の処理が…

_dsg1851

はい、第2橋梁の反対側。昼間の2連はこちら側が順光。天の川駅脇の踏切に渡るなと書いてあったので、河原経由で。なかなかたどり着くのがハードでした。

さて、寝よう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年6月30日 (月)

江差線 その4 天の川第1橋梁

_dsg1654

というわけで、「いいかげん放置プレーは…」というリクエストにお応えして9ヶ月ぶりに今更ながらの江差線の続き。成績のシーズンだし、今度の日曜日にステージあって忙しくて死にそうなんですが…(滝汗)

まぁ普通に天の川第1橋梁。朝の2連は光が回りませんでした。昼の2連は光が向こう側に行ってしまいます…で、これ。まぁ、なんの変哲もないお立ち台カットです。

_dsg1156

で、昼の2連はこんな感じで逆光に…

_dsg1158

橋脚の足下に川遊びの人が。

_dsg1979

右下に写っているご夫婦の七輪のご相伴にあずかりました&快く撮影OK。かなり苦しいアングルですが…ご夫婦とけっこうまったりと話してました。車でなければビールだったんですけどね(笑)

今年は正月の帰省の時以外まともに鉄仕様でカメラ使ってません。すでに1年が半分終わってしまいました。このまま出撃記録最小となる公算が大です…

8月の八甲田丸50年イベントは行くつもりで東横イン押さえてはあるのですが…微妙です。スケジュールもお財布の中身も微妙です…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年6月 2日 (日)

保存機と客車@生田緑地

Dvc000592

一昨日は3年生の遠足の付き添いで生田緑地へ。行けるかどうか微妙な週間予報が覆り遠足日和の晴天に。おかげで運動会前日・運動会でこんがり焼けて皮がむけ始めたところへトドメの一撃でさらに日焼けしてしまいました。風呂がしみます。

で、ここにはD51408とスハ422047が保存されています。いずれも博物館所蔵品なのでメンテが行き届いていて非常にきれいです。遠足の付き添いなので当然真っ当なカメラなんぞ持っておりませんで、携帯での撮影。携帯だと640×480の比率なのですが、リサイズしてD700サイズにあわせました。

Dvc000572

D51408の最終配置は新鶴見区と看板に書いてありましたから川崎の地元ゆかりの機関車ですね。キャブのパーツもしっかり揃っていますし、非常にきれいなのですが、ランボードやデフ回りの白線の化粧はない方が個人的には好みです。ま、細かい標記もきちんと国鉄書体でスハ42ともども再現されているので贅沢を言ってはいけませんね(笑)

Dvc000602

続いてスハ422047。これまた非常にきれいです。車端部の標記だけでなく、床下機器の標記もきちんとされています。また、ジャンパ栓カバーについている型式のプレートもしっかりと読めます。車内に入ってシートに座ることもできます。旧客末期の頃に見慣れたアルミサッシ車なんですが、外観に微妙な違和感を感じました。その違和感の理由は車内に入ってわかりました。

Dvc000582

その車内。非常にきれいです。椅子に座って足を投げ出すとあの頃の旅の感触が…しっかりとスプリングの効いたシートのクッションが今の座席とは別物の感触です。他の先生に「妙になじんでるんですけど」「くつろいでますねぇ」と笑われましたです。

さて、外観で感じた違和感ですが、窓がすべて作り替えられているように思えるからです。一見オリジナルのように見えますが、開閉が異常にスムーズです。バランサーが入っているのでしょう。現役頃の旧客は近代化改造されたアルミサッシ車といえども窓の開閉には結構力が必要でした。

窓枠ですが、ラッチがオリジナルの窓枠の上に重ねるように、最近のバスの窓のパーツを流用して作られているように見えます。そして、それにあわせて窓枠もすべて新しいものになっているのか、下辺の窓枠の幅が現役の頃と比べて見た感じの印象が細いのです。

外から窓を見ると窓枠のアルミが下辺しか見えていません。現役の頃の近代化改造車の窓枠のアルミの銀色は、下辺以外にも両側の縦のラインが幅の太さは個体差があるにしても外側に見えていたはず。近代化改造のアルミサッシ車は窓枠が銀に輝いていた強い印象があるので、これが違和感の原因なのでしょう。

…と思って画像をググってみたら、放置中の本家HPのリンク先のnoble-jokerさんのサイトのスハ42の屋根材質形態分類の中に現役時代の2047の画像がありました。さらに同じ水ミツの2046のカラー画像も。モノクロだとあまりサッシ感がありませんが、カラーだとはっきりとわかります。画像のページへリンクしてます。

もう一つ、窓の開き方がきれいすぎるのも違和感の原因だと…当時の旧客の窓ってゆがんでるのが多くて、開けた窓の下辺が窓枠ときれいに平行になることがあまりなくて、これだけきれいに揃ってるのが逆に変に見える…

まぁ、これだけ状態よく保存してあるのに細かいこと言うなと怒られそうですな。わがままなヲタの戯れ言でした。

さて、楽譜書き。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年5月28日 (月)

東急の検測車

_dse8294

ネタが無いので古いので。池上線の電車乗ってたらやたらと線路際に人がいるのでなんだろなーと思ったらこいつとすれ違いました。五反田方面に走って行ったので、当然戻ってくるよなぁ…カメラ持ってるし、どこかで1カットくらいいけるか…電車がだんだん鉄輸送便となってきて、耳をそばだてていると概ね戻ってくる時刻が判明。雪が谷大塚でバカ停ということで石川台で撮ったらもう1発いけるかな…でまずは石川台。駅横の踏切で。まぁこんなもんでしょう。

_dse8320

でもって、蓮沼のあたりで。家のかげで日が当たるところがほとんどありませんでした(苦笑)線路の間の棒がぐっさり…

この後、目蒲線…じゃなかった、多摩川線方面へ行ったようですが、後続の電車に乗って鎌田駅に行ったらすでに姿がありませんでした。よく考えたら、ここから多摩川線の踏切まで歩いた方が早かったような気がします(笑)

なんかこれ、引退してしまったそうで。先日新型見かけましたけど、カメラ持ってなかった…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

実家でごろごろ…

Dsc_2284

かなり古い画像です。タイマーアップです。だいぶ前に廃止になった名鉄の岐阜市内線。正月は実家の名古屋に帰ってその界隈で撮り初め…なんですが、今年は実家でごろごろごろごろ…と寝正月です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月31日 (木)

国鉄最後の日

Suhafu43

さて、学校ネタばかりじゃ本来のblogとはかけ離れてしまうので。HDDからお手軽に引き出した本家HPで使ってる画像はスハフ43 3。スハ44改ではなくって、3両だけつくられたオリジナルのスハフ43。国鉄末期まで四国で生き残ってました。SGの湯気が懐かしい…国鉄の香り溢れた旧型客車。多分昔のエントリーで使ってるな、これ。

今日3月31日は国鉄最後の日。今をさかのぼること24年前、1987年3月31日、この日をどう過ごすか、どこで国鉄最後を見送るか…国鉄のうちにチャレンジ20000キロを達成するために大学1年はバイトと乗り鉄に全力を投入してたし、最後の万歳を東京駅でと思っていたので総武線の東京-錦糸町を乗らずに残しておきました。

未乗だった国電路線を午前中にやっつけて、昼過ぎに東京駅で万歳。その後旅立ちJR号を見送り、国鉄本社の看板撤去を見て、汐留貨物駅で深夜0時の汽笛吹鳴式…風邪ひいて朝から熱があったにもかかわらず根性でした。

今でも汐留に響く汽笛は忘れることができません。気がつけば国鉄が歴史のページの彼方へ行ってしまってからの人生の方が長くなりました。国鉄を彷彿とさせる車両も歴史の中へ次々と走り去り、時の流れの速さを感じさせられます。

それでも鉄路がある限り生涯ヲタ…なんだろうなぁ…と(爆)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 2日 (水)

スーパーエクスプレスレインボー

Rainbow01

ネタがないので古い写真で。多分大学の2年か3年の時に撮ったやつです。スーパーエクスプレスレインボーはシュプール号で乗りました。大糸北線に撮影に行くのに便利な列車でしたからねぇ…あとは歩き鉄でしたが…今は体力ないのでまず無理。それにしてもゆったりした乗り心地でした。夜行にもかかわらずホントに楽でした。この類の客車がJR東からなくなってしまい、いわゆるジョイフルトレインと言われた客車群はほとんど残っておらず、残念至極です。客車の乗り心地って独特だからなぁ…無くなる騒ぎの前にもういちどあけぼのとか日本海に乗っておこうっと。

===========================

さて、あまりの忙しさに死にかけてました。何せ、来年度の教育課程の届出つくって教育委員会に出頭しなくてはならない教務主任としましては、こいつを仕上げてきっちり受理してもらうまでが一苦労。来年度の行事予定をパズルのように組んで、授業時数の計算をして、文科省や教育委員会の施策にあわせて各種計画を立て…何か、「教育委員会に来年度の計画の書類持って出頭」と子どもたちに言ったらなぜか「転勤の話で出頭」に話がすり替わってて、今日の保護者会で話題になっていたとか。

毎年この時期になると「来年度いますか?」と聞かれるのですが、来年度のことはわかりませんです。まして主幹は人が足りないのでどこへどう飛ばされるかそれとも残留かは教育委員会が決めてくれますんで…現状全くわかりませんです…と毎年同じ答え…

さらに来年度の準備をしなくてはならないし…さしあたって今夜はピアノ伴奏の練習。明日は6年生を送る会…なのですが、合唱の伴奏予定の子が体調不良で…で、私が代打になるかもということで…

さらに6日はバンドの演奏会。こっちもソリストが体調不良で倒れるわけが人出るわでマヂやばい…

さて、ピアノ練習に戻るか…

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧