なつかしの列車

2017年8月14日 (月)

寝台特急 桜島号

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というわけで、前にも使ったかもしれないような気がしますが、サイト内検索しても出てこなかったからこのネタで。

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臨時寝台特急桜島号。当時の時刻表をスキャンしてみました。この年は下りの運転がなく、上りのみの運転です。JTB時刻表1989年3月号。もう背の糊がはがれ始めてます。

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クリックで横800、縦1200pix位になります。

この区間だけで特急+寝台料金8180円は高いなぁ・・・と今更ながら思います。

この年、消費税が初めて3%で導入されまして、3月31日までに購入した切符は変更しても消費税加算前の旧料金を適用ということで、券面に原券の発行日を入れて料金旧と明記されてます。多分この記載券面欲しくてGW九州決まってたから小倉-博多の特定特急券を消費税導入直前に買っておいたんだと思います。

ちなみに、その前の急行桜島・高千穂といえば東京-西鹿児島を結ぶ長距離急行として昭和50年まで走ってました。ガキの頃にEF58に引かれて東海道線をいく姿を何度か見ています。桜島は鹿児島本線経由で約25時間半、高千穂は日豊本線経由で28時間かかっていました。1973年の時刻表の東海道線のページ。東京-西鹿児島の桜島・高千穂が載ってます。

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タイマーアップもネタ切れ・・・

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2017年8月13日 (日)

残暑見舞い申し上げます。

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毎日暑いです。少しでも涼しげな画像をということで、古い画像漁ってたら出てきたのでちょっとスキャンしてみました。これまたコダクローム200PKLで撮ってあります。お手軽撮影地、白石駅で撮影したエルムの画像なぞ。北海道行きたいよぉ・・・。これ、電源車がマニ24-501か502ですね。車体幅が明らかに違います。

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でもって、781系ライラック。まだ特急色時代のものですね。2枚とも多分1990年12月30日。年末に下津井電鉄のお別れ乗車して、29日のトワイライトで宴会しながら北海道に行って、そのまま正月帰省モードでキックターンして帰ってきた時のだと思います。1990年=平成2年は就職した年でしたが、ファイルにある切符を見るに付け、スーパービュー踊り子1号初日、帝国ホテルグランドひかり、ANAのB747-400日本導入に合わせてスーパーシート乗りに行くとかGWに九州豪勇券とか片上鉄道とか夏休み最終日がお別れスイッチバック号に板谷峠スイッチバック最終列車、オグリキャップの引退有馬記念に成田エクスプレス1番列車とか・・・他にもあっちこっち出かけてたので、今思えばよくもまぁ就職1年目で出歩いてたもんだなぁ・・・と。

エアコン24時間連続稼働、PCだの音源だの電子ピアノだのフル稼働してると電気代がすごいことに・・・

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2017年8月12日 (土)

TOMIX キハ26/55シリーズ

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ちょっと前にTOMIXから発売されたキハ55・26のシリーズ。準急色は自分になじみがないので、急行色で。初期バス窓車、後期の1段窓車にも、キロ25格下げのキハ26-400にも高校生の頃乗っているので想い出と物欲に負けました。

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さて、バス窓のキハ26とキロハ25。キハ10系バス窓車再生産しないかなぁ・・・相模線で乗った記憶が・・・

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こちらは1段窓のキハ26とキロ25。キハ55は2エンジンで車体がほぼ同じなので2両セットのケースから出すのがめんどくさかったので省略。

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2連組んで並べてみました。初期急行色ということで貫通扉の塗り分けが自分の記憶と若干異なります。

で、実車編。

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1981年12月9日 太多線。多分まだ桜の木があった頃の下切駅。キハ26198。渡り板の裏側の番号が読めます。何を血迷ったか、高校生1年のくせにコダクローム25使って撮り鉄してたという・・・このポジ、最後の方は定光寺か古虎渓の駅撮りが。アングルも何もド下手くそな駅撮り写真なのですが、64牽引の荷物列車の後打ちとかよくもまぁこんなもの撮ってたなというのが・・・

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1両目、1段窓。2両目バス窓のキハ55か26。ナンバーが微妙に読み取れないのと床下が暗いので判別の自信ないです。1981年12月28日。添田駅で。香春駅で日田彦山線の列車から添田線に乗り換えると添田駅で元の列車に乗れるというダイヤでした。なので、そんな乗り方をして乗っていた列車を見送って先回りして同じ列車に乗るということができました。これは日田彦山線の列車です。乗り鉄モードのはずなのに、なぜかエクタクロームで撮ってありました。本家HPより。再スキャンと再画像処理で。

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平成になってからの撮影。乗り鉄したときに吉松駅に放置されていたキハ26。車番は不明です。1989年5月3日撮影。

この年のGWは九州乗り鉄してました。ハイパーサルーンとか寝台特急桜島号とかオランダ村特急、朝のいろいろなライナーとか乗り倒しでしたね。硬券のライナー券、残ってます。

古い写真、切符のシリーズも少しやろうかな・・・と。休みの間に楽譜も書かないとな・・・

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2017年8月 9日 (水)

KATO C622・C623

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再生産されたこいつを思わずポチッとな・・・ポチッとな・・・C622と3の重連のニセコといえばそりゃもうガキの頃憧れて憧れて、でも遥か海の彼方の北海道、普通なら小学生一人旅なんかできなかった時代ですから、雑誌のページが手垢で黒くなるまで飽きずに見ていたという・・・でまぁ、KATOから再生産されたので客車はともかくとしてゴールデンコンビの2両は手元に置いておきたいというわけでこれまた散財・・・特定機だけに細部まで作り分けられてますね。

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スワローエンゼルこと2号機。初めて生で見ることができたのは梅小路で。

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復活運行をさんざん撮影しに行った3号機。

もう一度撮りたいですねぇ・・・以下、本家HPから。長辺800pixにしてスキャンデータをいじり直してみました。

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1990年頃かな、小沢-倶知安の通称200キロポスト。

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ニセコー比羅夫だと思ってたのですが、ここ、比羅夫-倶知安ですね。国土地理院の古い航空写真で確認してみました。国土地理院のリンク先は一度開いて利用規約同意をクリックして、一旦閉じてもう一度クリックで写真が表示されます。どういう仕組みかよく分かりませんが・・・中央少し左下の鉄橋の辺りを拡大すると北側に砂防ダムが見えます。その上から撮ったものです。コレ撮ったときはもう半分崩壊していました。便利な時代になったもので、グーグルマップだと42°51'23.2"N 140°43'19.9"Eのあたり。すでに砂防ダムの形はよく分からなくなっています。本家HP直しとかないとなぁ・・・blogに動いて@homepage閉鎖でla.coocanに引っ越してもう10年放置になりました。もうhtmlぽちぽちするのしんどいし・・・

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塩谷発車。これ、モノクロ版は携帯の待ち受け画面にしてます。

大学の頃から北海道通いまくって、飛行機の回数券とか持ってましたからねぇ・・・コダクロームで撮っておいてよかったと思います。金無くても時間と体力だけは無限とまでは言わないまでも十分にあったあの頃に戻りたいですねぇ・・・金あっても時間が無いです。そりゃ仕事とか社会的な責任ほっぽらかしてしまえば行けますけどねぇ、失ってしまったらあとの人生詰んでしまいますからねぇ。一発逆転不労所得という状況になれば別ですが・・・

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2016年3月21日 (月)

惜別 夜汽車

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このエントリー、今宵の最終はまなすの発車時刻です。

画像は昭和63年3月13日のはまなすの下り1番列車@青森駅です。

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これに乗っていたので、今宵のラストランに乗りたかったのですが、指定券云々以前に卒業式直前ではさすがに火曜日休めません。

はまなすが最後の朝を迎えると、自由席を連結した、普段着の夜汽車、在りし日の夜行急行列車の歴史の幕が閉じられます。

周遊券時代からどれほどお世話になったかわからない、夜行急行列車。

窓の外を流れる街の灯り、飛び去ってゆく駅の照明、おやすみ放送の後、目が覚めると駅に止まっている・・・

固い座席と轍のリズムに包まれて本当に明日が来るのだろうかとさえ思える長い夜を過ごした初めての一人旅・・・

周遊券を握りしめて深夜に乗り換えて宿代わりに使った東北や北海道の夜行急行、最後尾のデッキで街の灯りの上を舞うような不思議な感覚を覚えた夜行鈍行山陰、寝台特急なんて高嶺の花で眼中になし、指定席ですらもったいない・・・

夜汽車に住んでいるような感覚になった夜行42連泊。東京からの九州周遊券、に18きっぷと広島からの四国周遊券を組み合わせて西日本、戻ってきて10月1日発券の北海道周遊券学割+冬期割引でそのまま・・・

とにかく遠くへ行きたい、列車に揺られたい、乗ったことがない路線に・・・チャレンジ20000キロがあったとはいえ、金はないけど時間だけはある高校から大学、そして就職してしばらくは本当に座席夜行を使い倒していました。いつの頃からか時間を金で買うような旅の仕方になってしまいました。

もう二度とできない、若かりし頃の汽車旅の思い出の香りを残す列車が赤いテールライトと共に歴史の中に吸い込まれて消えていく・・・

夜汽車へ愛惜の思いを込めて。

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探せばまだ出てくると思いますが、サクッと出てきた走行写真、有珠山の噴火で函館本線山線を迂回したときのもの。ドラえもんシールが・・・

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2015年9月13日 (日)

北斗星 いろいろと

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先日、久々にLS-2000動かしてみましたが、その時に古いポジがいろいろと・・・で、こんなん撮ってたんだというのが出てきたので。矢板で撮った北斗星。多分1991年。電源車が青森方になってるし、それで6号車が半室ロビーのスハネ25なので、撮影順もそうですが2号じゃないかと。4・6号も写してますが変わり映えしないのでレギュラーはこれだけで。それでこの日は・・・

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夢空間北斗星82号も走ってました。狙って撮りに行ったと思うんですが、すでに20年くらい前の事、さらに同日、

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エルムも撮ってたんですね。で、次のコマには背後からやってくる江戸の写真が・・・江戸はノーマークだったようで、突然の登場にあわててシャッター切ったらしくカマの顔の真ん中に架線柱が(苦笑)恥ずかしいのでお蔵入り。ここに集まってた面々・・・と言うほど人はいなかったのですが、皆さん夢空間とエルム狙いのようで、背後から江戸が来たのがびっくりだったのは覚えてます。

その頃の時刻表の寝台特急ページから。1991年5月号

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まぁ・・・東北筋も常磐筋も綺羅星の如く・・・とまではいかないものの今からすれば垂涎の列車群。

で、トマムスキーの画像も出てきたのでついでに。

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トマム駅へ到着する回送のトマムスキー号。新得まで回送で行って折り返してきてトマムから営業。コレ撮ってからトマムでスキーしたんだっけかな?イマイチ記憶があやふやです。トマムで運転停車するんでみんなで撮影大会でした。

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これ、どうやって撮ったんだか・・・当時、線路に踏切あったっけ?デッキに乗って記念写真撮ってるスキーヤーもいたしなぁ・・・今からは考えられないフリーダムな状況でした。

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で、行き先はこのままで回送してきたし。まぁ回送なんで横浜行き出してたら紛らわしいんだろうけど、これは嬉しいサービスでした。

で、14:50発のトマムスキー号に乗ったわけですが・・・

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はい、前にも一回アップしたトマムスキー号の横浜行き初列車の寝台券。北海道も雪でしたが、関東平野も雪で大幅に遅れ、特急料金払い戻し・・・をせずに取っておいたモノです。それにしても10時打ちしなくてもあっさりソロが取れてるあたり時代を感じますねぇ。

トマムでスキーをして板を宅急便で送り、身軽になって乗車、石勝線内でトマムスキー号ならではのティータイム、ガラ空きの食堂車で温かいアップルパイと紅茶・・・をしていたら、天井クーラーから水漏れして、自分たちのテーブルへポタポタと。クルーと一緒にあり合わせの応急処置を手伝ったんですが、ディナーの時最後、「食後の飲み物は・・・・先ほどのでよいですね(微笑)」朝食も同様でした。

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横浜行というのがなんとも楽しかったですね。山貨~新宿通って横須賀線回りで横浜まで。なかなか乗りごたえがありました。

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雪の横浜駅で。向こうに見える113系電車も懐かしいですね。横須賀線のホームに突然やってきた寝台特急に皆さん注目してました。

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時刻表1989年12月号から。今思えば贅沢なラインナップだこと・・・

さて、2学期も始まって忙しいし、またしばらく沈没しそうです。

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2014年7月13日 (日)

江差線 その6 切符

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というわけで、相変わらず今更ながらの江差線シリーズ。ぼちぼちと買ってきた切符シリーズ。いろいろ買った切符を入れたファイルが一つ行方不明で探すのもめんどくさいので出てきたもので。

まずは湯ノ岱→江差。これ、綴ってある1冊の最後の1枚でした。次は4401からの番号になる…と思います。

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で、改正でなくなる知内までを作ってもらいました。

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台紙付き記念切符。江差→五稜郭と江差→木古内/札苅を江差駅で、木古内→江差を木古内駅で買ってしまいました。

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さらに記念切符。見当たらない袋にフリー切符ストラップ付とか湯ノ岱の硬券とか入ってるので、あわせると相当の大散財でした…

久しぶりの土日連続休み、倒れて惰眠をむさぼってたまった洗濯して掃除して…でした。

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2014年7月 1日 (火)

江差線 その5

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というわけで珍しく2連投。こちらは天の川第2橋梁。天の川駅前のコンクリ擁壁をよじ登るとこういう光景があらわれます。で、ここからは天の川駅をプチ俯瞰できます。

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こんな感じですね。まぁ場所が場所だけに人が入ってしまうのは仕方なく、情景アクセサリーの観光客ということで。

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こちらは駅名標がわかるようにしてみました。道路標識や電柱の頭の処理が…

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はい、第2橋梁の反対側。昼間の2連はこちら側が順光。天の川駅脇の踏切に渡るなと書いてあったので、河原経由で。なかなかたどり着くのがハードでした。

さて、寝よう。

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2014年6月30日 (月)

江差線 その4 天の川第1橋梁

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というわけで、「いいかげん放置プレーは…」というリクエストにお応えして9ヶ月ぶりに今更ながらの江差線の続き。成績のシーズンだし、今度の日曜日にステージあって忙しくて死にそうなんですが…(滝汗)

まぁ普通に天の川第1橋梁。朝の2連は光が回りませんでした。昼の2連は光が向こう側に行ってしまいます…で、これ。まぁ、なんの変哲もないお立ち台カットです。

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で、昼の2連はこんな感じで逆光に…

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橋脚の足下に川遊びの人が。

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右下に写っているご夫婦の七輪のご相伴にあずかりました&快く撮影OK。かなり苦しいアングルですが…ご夫婦とけっこうまったりと話してました。車でなければビールだったんですけどね(笑)

今年は正月の帰省の時以外まともに鉄仕様でカメラ使ってません。すでに1年が半分終わってしまいました。このまま出撃記録最小となる公算が大です…

8月の八甲田丸50年イベントは行くつもりで東横イン押さえてはあるのですが…微妙です。スケジュールもお財布の中身も微妙です…

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2013年6月 2日 (日)

保存機と客車@生田緑地

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一昨日は3年生の遠足の付き添いで生田緑地へ。行けるかどうか微妙な週間予報が覆り遠足日和の晴天に。おかげで運動会前日・運動会でこんがり焼けて皮がむけ始めたところへトドメの一撃でさらに日焼けしてしまいました。風呂がしみます。

で、ここにはD51408とスハ422047が保存されています。いずれも博物館所蔵品なのでメンテが行き届いていて非常にきれいです。遠足の付き添いなので当然真っ当なカメラなんぞ持っておりませんで、携帯での撮影。携帯だと640×480の比率なのですが、リサイズしてD700サイズにあわせました。

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D51408の最終配置は新鶴見区と看板に書いてありましたから川崎の地元ゆかりの機関車ですね。キャブのパーツもしっかり揃っていますし、非常にきれいなのですが、ランボードやデフ回りの白線の化粧はない方が個人的には好みです。ま、細かい標記もきちんと国鉄書体でスハ42ともども再現されているので贅沢を言ってはいけませんね(笑)

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続いてスハ422047。これまた非常にきれいです。車端部の標記だけでなく、床下機器の標記もきちんとされています。また、ジャンパ栓カバーについている型式のプレートもしっかりと読めます。車内に入ってシートに座ることもできます。旧客末期の頃に見慣れたアルミサッシ車なんですが、外観に微妙な違和感を感じました。その違和感の理由は車内に入ってわかりました。

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その車内。非常にきれいです。椅子に座って足を投げ出すとあの頃の旅の感触が…しっかりとスプリングの効いたシートのクッションが今の座席とは別物の感触です。他の先生に「妙になじんでるんですけど」「くつろいでますねぇ」と笑われましたです。

さて、外観で感じた違和感ですが、窓がすべて作り替えられているように思えるからです。一見オリジナルのように見えますが、開閉が異常にスムーズです。バランサーが入っているのでしょう。現役頃の旧客は近代化改造されたアルミサッシ車といえども窓の開閉には結構力が必要でした。

窓枠ですが、ラッチがオリジナルの窓枠の上に重ねるように、最近のバスの窓のパーツを流用して作られているように見えます。そして、それにあわせて窓枠もすべて新しいものになっているのか、下辺の窓枠の幅が現役の頃と比べて見た感じの印象が細いのです。

外から窓を見ると窓枠のアルミが下辺しか見えていません。現役の頃の近代化改造車の窓枠のアルミの銀色は、下辺以外にも両側の縦のラインが幅の太さは個体差があるにしても外側に見えていたはず。近代化改造のアルミサッシ車は窓枠が銀に輝いていた強い印象があるので、これが違和感の原因なのでしょう。

…と思って画像をググってみたら、放置中の本家HPのリンク先のnoble-jokerさんのサイトのスハ42の屋根材質形態分類の中に現役時代の2047の画像がありました。さらに同じ水ミツの2046のカラー画像も。モノクロだとあまりサッシ感がありませんが、カラーだとはっきりとわかります。画像のページへリンクしてます。

もう一つ、窓の開き方がきれいすぎるのも違和感の原因だと…当時の旧客の窓ってゆがんでるのが多くて、開けた窓の下辺が窓枠ときれいに平行になることがあまりなくて、これだけきれいに揃ってるのが逆に変に見える…

まぁ、これだけ状態よく保存してあるのに細かいこと言うなと怒られそうですな。わがままなヲタの戯れ言でした。

さて、楽譜書き。

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