コレクション-きっぷ

2008年6月14日 (土)

副都心線開業

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というわけで、本日副都心線が開業しました。昨夜げろげろに酔っぱらって帰ってきて爆沈、朝ちーむのMINE氏から「行くの?」とメールが飛んできてそういえば…と思い出したものの、二度寝。ようやく昼過ぎに出かけました。持ち物はコンデジ1台のみ。乗り鉄だし。

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まずは渋谷駅。真新しいコンコースに階段、看板と新線開業ならではの賑わいが。

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ホームへ降りてみると、すでに東横線乗り入れの準備工事ができていて、巨大な地下空間になっています。

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こんな境界標もありました。

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改札の外からですが、ホームを見下ろせます。東横線乗り入れ工事の線路に蓋をして2面のホームをつないでいる様子がわかります。

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ちなみに下から見上げるとこんな感じ。東横線が乗り入れたらこのアングルからは撮れなくなります。何せ、線路の上。写真の下の方の2つの出っ張りは架線のホルダーになると思われます。

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ホーム柵に貼られた開業ステッカー。売ってくれないかなぁ(笑)

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渋谷駅の池袋側端は絶好の列車観察ポイント。東横線が乗り入れたらこのアングルからは絶対に見ることができなくなります。何せ線路の上。

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人垣越しに。一眼やVTRより携帯で撮ってる人が多かったです。ちなみに、コンデジの動画機能で撮った電車の着発動画は→こちら← 1分ちょっと約13MBのflv

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ちなみに、新宿三丁目駅の張り紙。朝10時には完売だったそうです。明日は授業参観なのでグッズ購入参戦不可です。新宿三丁目駅では特設ブースを設けてそこで販売だとか。駅員さんも一体何時から何人くらい並ぶか見当がつかないと言っていました。

で、池袋まで行って渋谷駅へ戻ってみるとなんと定期券売り場で補充券を売ってるじゃないですか。しかも在庫多数。すでに16時過ぎ、並んでいる人も全くおらず、あっさりと買えてしまいました。ただし、細かい注文はできず、すでに書き込まれていた3種類の区間のものに大人か子どもかを選ぶだけ…

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入手難易度が高いはずの補充券をこんなにあっさり買えてしまってよかったんでしょうかねぇ?何より(副)渋谷駅発行というのがよいですね。廃札覚悟でそれぞれ1冊を同じ仕様で手書きしておいて、人数と値段を入れるだけにしておいてたくさん売ろうという商魂たくましい渋谷駅でしたが、すでに各所で売り切れと言われていたのでこの後完売まで言ったのでしょうか?一応現行の切符なのでSAMPLEマーク入れました。

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右下の奥歯、4月に欠けてしまったのですが、忙しくて放置していたら木曜日の朝飯中に激痛が。流石にヤバイので歯医者に行こうと思ったら10年来のかかりつけ医は休診日。仕方ないのでググって近所のよさげな歯医者を開拓しました。

親知らずが斜めに生えていて奥歯の下に当たっているところが虫歯になり、その上の部分が崩壊したことがレントゲンの結果分かりました。で、親知らずの根っこの先があごの太い神経に近く、抜くのはキケンということで、奥歯を大幅に削り、神経を抜き、斜めの親知らずの奥歯に当たってる部分を整形してから奥歯をかぶせもので再形成するというえらく手間のかかる復旧行程になりました。

麻酔をかけ少しずつ削っては様子を見、神経を抜き…奥歯の根が曲がっているので神経取るのも一苦労だったようで、途中で麻酔の追加もして削るだけで都合1時間半かかってしまいました。まだまだ先は長いようです…奥歯がむずむずうずいて何か変な感じです。

声出すのがつらいというかしんどいというか…音楽の授業やるのすげぇしんどいです。

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2008年5月10日 (土)

ふるさと銀河線りくべつ鉄道 切符編

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りくべつ鉄道の開業記念入場券です。もっとも、構内入場そのものは無料なので記念品というところですね。でも有効期限があるところ見るとこれで体験乗車できるのかなぁ???値段も一緒だし。

で、その体験乗車の切符がこれ。

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構内を行ったり来たり、営業時にはありえなかった1番線の通過シーンもあるので300円は非常に良心的な設定だと思います。

ちなみに、体験乗車は30分ヘッドで10分程度。「メーテル○号」という列車名でアナウンスされています。

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2008年5月 6日 (火)

ふるさと銀河線りくべつ鉄道 本物でGO!

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というわけで、本物でGO! をしてきました。まずは予約時間の一つ前に運転する方を見ていじり方を覚えてくださいというわけで、時間に陸別へ行きました。まずは窓口で体験運転切符2000円也を購入して2番線へ。

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係の方と一つ前の時間の予約の方に挨拶をして車内へ入ります。構内を行ったり来たりとはいえ、線路を横断する通路は必ず一時停止とのこと。それぞれフライキを持った係の方がスタンバってます。

マニュアルの注意書き。本物だけになかなかシビアです。

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次のページは運転台機器の解説。

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まずはブレーキハンドルを差し込みます。

続いてキーでこの運転台が前か後ろかを決定、さらに前進を設定。

変速機を変に投入、ライトを下目にON。

表示灯を確認して左足でデッドマンを踏んで右足でタイフォン一発、ブレーキをはらって圧力計が0になったらノッチを1。出発進行!

動いたらすかさずノッチを2に。うなりが軽くなって時速8~10キロくらいで3ノッチへ。

15キロくらいまで引っ張ってノッチオフ。長い区間では18キロまで可。

ブレーキを重なり位置へ持って行き、目標で常用位置へ。

圧力計を見ながら1kgくらいかかったらハンドルを重なり位置へ。

停止位置にあわせるためにいったんゆるめ、再びブレーキ素早く重なり位置へ。

止まったら常用位置でエアを2キロくらい込めて抜き取り。ライトオフ、変速機を中立、横のエンドチェンジスイッチオン、キーで運転台を後ろ、進行方向中立を設定、ハンドルとキーを持って車内を移動、反対側の運転台へ

…という一連の作業を構内2~3往復一人持ち時間15分ということで元運転士の方がつきっきりで指導してくれます。最後の1往復は好きにやってみてとのことでしたが、走らせるのはともかく、ブレーキの難しいこと…目標ぴったりにスムーズにとめることがなかなかできませんです。

あっという間の持ち時間でしたが、これは癖になりそうです。2万円の80分コースにトライしてみようかと思ってしまいました。

…本来お昼は休憩だそうですが、少しでもたくさんの方に運転してもらって客を呼べる実績を作らないと…ということで、係の方昼休みナシでがんばってます。地元のおっちゃんが「でっかい大人のおもちゃだよなぁ…でも、これで人が来て賑わってくれればそれでいい…」とぼそっと言っていました。

ふるさと銀河線りくべつ鉄道公式ページには予約状況の一覧も出ています。北海道へお出かけの際はぜひ 本物でGO! 癖になります!!!!!

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2008年4月 9日 (水)

終航20周年

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今日は宇高連絡船の終航から20周年。厳密に言うと日が変わってから臨時便が出ているので微妙なところですが、終電の概念からいえば今日9日が最終日でしょう。

大学の履修申請やら何やらで出かけられず当日最終便直前に宇野入り。青函連絡船最終で見た面々もかなりいました。青函と違って橋の開業は翌日のため、積み残しが出ないようにするとは聞いていましたが、最終便として乗り込んだB27便伊予丸の後にC27便として讃岐丸を出すという事が分かり、最終狙いの客がどっと降りようとしてかなり混乱していました。私も一旦乗った伊予丸から下船し、讃岐丸の列へ移動しました。

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何とか讃岐丸に乗り、自由席グリーン券をゲット。そして、乗船証明書…ですが、讃岐丸のものがなくなり、伊予丸のもので代用でした。仕方ないので、裏にスタンプを押し、船長さんのサインをお願いしたところ、快く書いてくれました。

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すでに日付が変わった後だったので9日ではなく10日になっています。

ちなみに表は

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船名が違うだけでデザインは共通でした。阿波丸、土佐丸、伊予丸の3船のものを入手できました。とびうおだけは指定席で最終便にのれなかった…というか、時間的に無理でした。何でも額縁入りの別枠の最終便証明が出たとか。

日本の鉄道車両航送の歴史が終わる瞬間でした。当時、四角い箱のような船のデザインは青函と比べてイマイチ…と思っていました。むろん、同時期の設計故ブリッジの形状とかカニ爪のマストとか船内の内装なんかはかなり共通だったのですが、やはり船首部のデザインが…内水面メインのフェリーとすれば当たり前の形状なんですが、どうしても…ね。

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2008年3月31日 (月)

最後の最後 1~4便

1ヶ月にわたって続けた青函連絡船20周年シリーズはひとまず今日で終わりです。まだまだネタはありますが…おそらく連絡船をリアルで知らない世代がネットの中では多くを占めているのでしょう、ただでさえ少ない閑散blogなのに、さらに連絡船シリーズは見事にアクセス激減でした(笑)っつーか、思い入れ過ぎ?

さて、昭和63年9月18日(日)本当にこれが最後の連絡船の運航となりました。教育実習中、まだ土曜日が学校営業だった時代のこと、土曜日のはくつるで青森入り、1便~4便と乗り、青函くつろぎカードで時間ぎりぎりまで船内で過ごし、ゆうづる3号で帰京し、そのまま実習へ行くという強行軍を決行しました。教育実習日誌と授業の指導案を寝台車と連絡船の中で書き、ネクタイ&スーツで連絡船に乗りに行ったわけでした。教員養成大学にとっては教育実習は非常に重要視されていて、まして付属の小学校でのこと、この行動には指導教官が呆れかえっておりました。その後何年間か、「これこれしかじかな大馬鹿者が…」とオリエンテーションで語り継がれたとか。

さて、…まずは1便のグリーン券。

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なぜに気仙沼発券かと…仲間みんなで手分けして駅に並びました。1ヶ月前は8月18日、夏休みの真っ最中です。旅先で、地元で…で、取れた券をみんなで山分けしたわけです。お盆のUターンの混み具合もあり、ゲットに苦労しました。

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盛大に見送られ函館を出航しました。

ちなみに4便のグリーン券。blogのはじめの頃にUPしたものですが再度。

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その4便では…

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満席なので座席はないのを承知で記念に売ってもらいました。なので座席番号は空欄です。

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で、領収書。4便のハンコがしっかりとおしてあります。さらにグリルとサロンの領収書。例によってグリルはラーメン、サロンはクリームソーダでした。

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夕日にシルエットが浮かぶ、すれ違いの3便羊蹄丸。逆光のシルエット、ゆっくりと名残を惜しむようにすれちがっていきました。

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たくさんの船客がデッキで最後のすれ違いを見送りました。

そして、我が家の家宝、船長サイン2枚組

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Shibatasign

お願いしてお二方のサインを揃っていただくことができました。

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青森到着のときに掲げられた横断幕と一緒に。

そして、最後、青函くつろぎカード。この日の原券は見事にみんな回収されてたなぁ…なので、くつろぎ記念券を。

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最後に青森から羊蹄丸が出航する様子を動画で…

→羊蹄丸青森出航←

今回はflvではなくH264動画にしてみました。 まぁもともとがダビングもののVHSなのでそんなに変わらない…M.Y氏に感謝です。

20年の年月はさすがに長いです。私はつい昨日のようにリアルなことでも、しかし、すでに青函連絡船自体が鉄道年表だけに納まらない、その時代を生きた多くの日本人が共感し、注目した日本の歴史上の過去の出来事なんでしょう。そんなたゆとう歴史の中に身を置いていたこと、歴史が作られていくその場に熱い思いをぶつけたこと、若かった自分の生きた証のひとつだったんじゃないかと思います。それは、あの時、あの場所にいた多くの人が感じていたんじゃないかと思います。

小さい頃、時刻表を眺め、あこがれた北の大地へ渡る儀式、それが青函連絡船でした。初めて渡道した時の連絡船のタラップを渡る高揚感は今でも忘れていません。そして旅の終わり、夢の時間の終わりを告げるのも連絡船の汽笛でした。次はいつ来られるんだろう?バイトして金貯めないと…

初渡道から二十数年、すっかり北海道フリークになり、渡道回数も数え切れなくなりましたが、色あせない青函連絡船の思い出。青森駅で目の前にカニ爪の後部マストが見え、車両甲板の船尾扉が大きく口を開け貨車を出し入れしている…当たり前の光景でも、長い夜を列車で揺られ、ようやく青森まで来た、その光景を見ながられんらく船のりばの看板の方へ向かうあの気持ち…飛行機も好きですが、こと北海道へ向かう気持ちの盛り上がり方や感動は連絡船ならではのものでした。

もっと乗っておけばよかった、もっと撮っておけばよかった、保存されている3船のプロムナードデッキに佇むとき、そんな気持ちもさることながら、周遊券を握りしめて初めて北海道へ渡った日、バイト代を貯めてようやく渡道、また来ることができたとわくわくしていた若かりし頃の思い出がこみ上げてきます。

そんな思い出話に1ヶ月もの間おつきあいいただきありがとうございました。

とりあえず青函連絡船シリーズはここまでです。忘れた頃にぽつんと単発でネタが出てくるかもしれませんが…あ、例の連絡船動画with初音ミクの津軽海峡冬景色、やはり石川さゆり版がほしいというリクエストがぽつぽつと…ヒマを見て作ってはみますが、UPはさすがにまずいよなぁ…

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2008年3月30日 (日)

青函券・指定券

青函博のピーク時には乗船整理券が必要でした。みどりの窓口で0円券で発券してくれたのですが、取り扱い方法が周知徹底されておらず、なかなか発券できなかったりして大変でした。ピンをたてるM型やN型、HN型は連絡船寝台券だったかグリーン券の横の穴にピンを立てる、列車名をキーボード入力するL型やT型は列車名をTセイカンと入れないといけないなどこれまでの船グリーン券や寝台券の発券と違ったため、マルス指令に問い合わせて…なんてことになっていました。

まずはL型券。ハコサンバシはもちろん函館桟橋のみどりの窓口です。

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でもって、JR化から2年もたっているのに未だに「国鉄」印、簡易型端末K型の西脇駅のもの。

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端末で「定員」扱いにしないと急行券・指定席券と打たれてしまうのですが、K型に限ってはどうやっても「キユウコウケン シテイセキケン」と出てくるのでした。他にも国鉄印の券が残っている駅もありました。

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船グリーン券。くりはし氏らと3日間連絡船乗り倒したときのものです。東日本フェリーを使って深夜の移動、十和田丸・羊蹄丸と1~4便全部乗ったのでした。ついでに有川桟橋にまでお出かけ…3日の復活1便に乗っていながらすぐまた乗りにいく…こんな事できたのもEEきっぷ様々でした。

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十和田丸の自由席G券は3日1便でゲットしたので今回は羊蹄丸のグリーン券。

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続いて羊蹄丸の船内発行の船グリーン指定席券。復活運行のために新たに印刷したようで、現役自体のものとは若干意匠が変わっていました。

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2008年3月29日 (土)

青函くつろぎカード

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青函くつろぎカード。夜間停泊している連絡船をホテルにしてしまう、しかも雑魚寝とはいえ1泊2500円、食堂サロン営業付きという破格の条件でした。で、最終便到着後の9月18日の夜まで一斉同時発売だったので1ヶ月前発売と思い込んでいた人は…orzでした。

裏は…

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でもって、くつろぎカード本券。8月4日はもらえましたが、9月18日は問答無用の回収となり、もらうことができませんでした。っつーか、教育実習の最中だったので、ぎりぎりまで船内で過ごし、泣く泣くはくつるで帰る羽目になりました…

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船内座敷はブロック分けされていました。そのご案内。

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案内所脇の表示板。

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そして、毛布がひかれた寝床…JNRマークが何とも…

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洗面所に作られた簡易シャワブース

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そして、アスパムの前から見ると煌々と灯をともした十和田丸が不夜城のように輝いていました。

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2008年3月28日 (金)

復活運行記念乗船券&記念タオル

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6月3日の復活運行に際して記念乗船券が発売されました。…なぜ初日に乗っていたのに買ってなかったのか今となっては謎です。あれば必ず買っていたはずなのに???

ちなみに裏はこんな感じでした。

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画像をクリックでおおきくなります。

そして、乗船名簿をくじにした抽選会があり、当たるとタオルセットがもらえました。えぇ、当たりました。たたんだ状態で船の絵が見えるように箱に入っていたので、20年の間、出したことなかったのですが、改めて出してみると、復活運行用にあつらえたものであったことがわかりました。

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…使えるわけありません。丁寧にたたんでもとあったように箱に収納しました。箱自体には何の装飾もなく、ふつうの贈答品のもののようです。

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2008年3月26日 (水)

復活運行初日1便

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まずは復活運行のチラシ。夏の青函博の間だけ連絡船を復活運航させることになりました。ダイヤと使用船は固定。青森ベース1往復1便→4便は十和田丸、函館ベース1往復2便→3便は羊蹄丸。使える切符が限定されていました。

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1988年6月3日。青森では盛大にアンコール出航式が行われました。

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船内に掲示されていた案内。

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盛大に見送られて出港したものの…乗客はわずかで見送りの人の方が多かったくらいです。後部座敷が閉鎖になるほどでした。

贅沢にも寝台を奮発しました。

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まさか空いてるとは思わず、バイトに行くついでに冷やかしで聞いてみたら空いていたので思わず…碇の検札痕が船ですね。

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函館往復割引切符は連絡船対象外だったので…

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自由席グリーン券は、記念に…

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さらにこんなものも作ってもらいました。3月の長蛇の列がウソのような空き具合でした。

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船長サイン。目の前でサラサラと書いてくれました。この後何度もお目にかかり、「また来たのか?」と覚えられ、呆れられるように…

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函館駅で。今はこの特徴ある駅舎もなくなってしまいました。「れんらく船のりば」が懐かしいです。

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で、当時の函館駅のスタンプ。連絡船がモチーフになっていますが、今のスタンプは何がデザインされているのか…な?最近はスタンプもあまり押さなくなったので浦島太郎になっています。

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復活1便十和田丸から下船したら函館側の出発式のくす玉がそのまま残されていました。

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函館桟橋にあった復活運行の時刻表。

最後の夏、15000円でJR東土日はさんで3日間乗り放題のE・Eきっぷがでたこともあって末期以上の頻度で乗りに行くことになろうとは…

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2008年3月24日 (月)

ジャパニーズドリーム処女航海

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十和田丸を大改装したジャパニーズドリーム号。終航2年後の1990年3月24日16時に横浜から神戸へ向けて処女航海に旅立ちました。画像は3月18日の横浜初入港の時のもの。客船事業に縁がない外食産業が手がけただけに予約やらセレモニーやらでいろいろとトラブルも多く、ホントに大丈夫かいな?と思っていましたが、無事予定通り就航することができました。

えぇ、乗りましたとも。ようやく処女航海のチケットを押さえました。で、乗船手続きの際にもらった搭乗券の半券がコレ。

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船内見学ツアーもあり、船長さんと通信長さんのサインをいただくことができました。何よりも燦然と輝く「JMUK」。紛れもなく十和田丸の船名符号です。

…ちなみに、「BOADING」となってますが、これ「BOADING」の間違いです。ついでに船のタラップに掲げられていた横断幕、「welcome」が「wellcome」になってたりとそりゃないでしょってミスが多かったです…気がついのか速攻で横断幕外してましたが…

で、ジャパニーズドリーム号の各種コレクション。

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パンフレットです。TVCMで田村正和が「その船の名は…」ってやってたの覚えてる人どのくらいいるでしょうか。ビデオ撮っとけばよかったと…

さらにハガキ大のPRカード

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ディナーチケット。お願いしてもらってきました。処女航海の1stだけあって各種挨拶が華やかに行われました。…写真撮れる雰囲気じゃなかったです…

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で、会員制のロイヤルジャスパクラブの募集もありました。ホテルニューオータニなんかがバックについていましたが、入会金480万円也。その後どうなったんでしょうねぇ?

船内の写真はまた明日…

 

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2008年3月13日 (木)

LAST VOYAGE

今日は17時にタイマーアップです。20年前1988年の今日この時間、上り最終22便羊蹄丸が函館を出航しました。

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長い長い汽笛を鳴らし、津軽海峡冬景色と蛍の光の大合唱に包まれゆっくりと最後の航海へ…

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函館港内をあまたの船に見送られ、夕日に照らされた羊蹄丸…

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一足早く終航していた空知丸の見送りの汽笛、護衛艦の併走、上空を舞うヘリ…最後の花道に…(有川停泊中のこの画像は最終日のではないです)

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最終便のスタンプ。便名と船名小印を押してもらう列が長かった…

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説明の必要のない乗船証明書。

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船内発行の切符。石狩丸の上に羊蹄丸のハンコですが、硬券はほとんど払底していました。

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大混雑のグリル羊蹄。最後はやはりなじみのラーメンで。なぜかレジの日付が1日進んでる…

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車両甲板に掲げられていた黒板。復活運行の時までコレがそのまま残されていました。

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アスパム前に集結したたくさんの人のペンライトと車のヘッドライトに照らされ、ゆっくりと着岸。上り夜行に乗る人、下りはまなす初列車に乗る人、市内泊の人…船からはき出された人はそれぞれの道へ別れていきました。

313hakkoda待合室はすでにがらんとして人気が無く、わずかな電灯がついているのみでした。動くことの無くなった乗船口の案内には下り最終便八甲田丸の案内が残り、時が止まっていました。

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食堂も閉まり、天井からの案内表示の電灯も消え、数時間前までの賑わいが嘘のような静かな広い空間が広がっているだけでした。

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回送の出航を待つ羊蹄丸。バルブなので船の揺れで微妙にぶれてます。

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そして、これが本当に最後の航海になる羊蹄丸の回送便。長い汽笛を鳴らして出て行きました。深夜にもかかわらずマリンガールが岸壁に並んで手を振っていました。乗船口でも答えるように手を振っていて…

窓ガラス越しに撮ったので反射の写り込みがありますが、最後まで見送りたくて…

本家サイトとプリントスキャンの混合ですので画質の落差が…当時はニコマートFTNと50ミリと200ミリしか持っていなかった…

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で、予告していた「津軽海峡・冬景色」by初音ミクですが…最初は最終日替え歌バージョンで歌詞まで考えかけていたのですが…他でもない連絡船、ネタにするのはあの時クソ寒い桟橋通路下で泊まり込みした思い込みを考えるとちょっとちがうだろ…というか、あの時の思いをネタにするのはやっぱりできないので、元歌詞のままにしました。

かなりパラメータをいじってエフェクターとミックスダウンもいろいろ試してみたのですが今回は音符の並び方と発音の相性がよろしくないのか、なんかうまく歌ってくれてません。バックの動画は当時非常に高価だったVTRを持っていたM.Y氏からダビングしていただいた物をメインに、他にあちこちで拾った物を併せて連絡船PV風にしてみました。…カラオケのバック画像になってしまったという感じがしないでも(汗)

…前回の雪国はうまくツボにはまってくれたのですが、今回はなんか曲想と声に違和感ありありです。ネタにしてないまんまの歌詞、そんならミクにしないでオリジナルの石川さゆりのまんまでいいじゃん…と思ったのはFLV圧縮してからのことでした(爆)

というわけで懐かしい映像とミクの声のミスマッチですみませんが、

→津軽海峡・冬景色by初音ミク← です。flvです。 ←消しました。

サイズも30MBくらいあるし、某○スラックが…というわけで今週末には消します。例によって転載・再配布は不可、DLした個人のみということで。

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2008年2月18日 (月)

急行くりこま指定券

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えぇ、このところ写真ネタが続いていたので、趣向を変えて切符ネタで。

新幹線開業前の東北本線、きら星のごとく特急急行が行き交い、その中でも急行くりこまは電車急行として俊足を誇っておりました。全車指定席の格式の高さで仙台-青森4時間47分。特急はつかりがおおむね4時間半で走破していたことを考えると破格のスピードです。1時間以上前に出た定期の急行と7分差、臨時の十和田は途中で同格待避でした。

で、この指定券、国鉄のMARSの初期のもの。V型と言われる機械で、駅名や列車名の活字棒を機械に差し込んで打ち出されてました。今みたいにすべてプリントされるわけでなく、半自動発券って感じですね。探せばウチにも活字棒が何本かあるはずですが…この頃の指定券、未だにあの独特の香りが残っています。

さて、そのくりこまの時刻表。クリックすると時刻が読めるでかいサイズになります。その俊足ぶりを見てくださいませ。1976年7月号より。もう東北新幹線工事の時変が載っています。

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2007年11月28日 (水)

急行安芸寝台券

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というわけで、古い切符です。私が生まれる前のモノですが、急行券の赤線2本が格式を感じますねぇ。

寝台番号が今みたいに1番上段ではなくって、下段が100番、中段200番 上段300番台のものです。それにしても「2等」や「安芸」の文字が印刷されている常備券ってのが私的には気に入ってます。うーん、昔々旧客の夜行にはずいぶん乗ったけど…できることなら周遊券を握りしめてまだ見ぬ地へ憧れを持って旅立ったあの頃の夜行に乗りたいですね。もう二度とあの頃には戻れないのはわかっていますが…

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2007年10月 1日 (月)

長野新幹線開業10周年

というわけで、昨日の続編となる長野新幹線開業10周年です。
あさま37号で長野入りして一泊。翌朝の東京行き1番列車あさま500号に乗りました。当然グリーン車。高崎で降りると東京発長野行きの1番列車あさま501号にも乗れるのでこちらは普通車。
まずはあさま500号のグリーン券です。

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たまにここにレスしてくれるくりはし氏の手配でした。感謝。

車内ではきねんの絵はがきが配られました。

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ついでに駅で見送りに使われていた小旗。2本持っていた人にお願いして1本分けてもらいました。

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でもって、長野駅で配られた開業記念キーホルダー。

Naganokey1

裏はこうなってました。…どっちが表かはよくわかりませんが(汗)

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続いてあさま501号の指定券。

Asama501

プッシュホン予約で取った*マークがついてます。

長野駅で売っていた記念特定特急券。他に各駅で記念入場券を発売していました。えぇ、全駅コンプリートしました。今は亡き信州周遊券だったのでしなの鉄道も乗り放題でした。

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そして、もう一つ。新幹線フィーダーサービスの信越線の信越リレー妙高1号の1番列車。

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車内で記念品は出ませんでしたが、妙高高原駅で記念のオレンジカードを配っていました。1000円の売り物オレカをそのまんま記念品で配るという椀飯振る舞いでした。

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でもって、録音ネタ。

→あさま500号車内放送の一部←です。座席とスピーカー離れていてマイク使えずイマイチ聞き取りにくいです。

さらに→高崎駅くす玉割り←の動画です。コレ撮ってすぐ501号に乗ったのでくす玉割りの余韻どころではなかったです。乗り遅れたらシャレになりません(笑)

さて、大ネタ放出してしまったなぁ…小出しにすれば良かったかな(苦笑)

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2007年9月30日 (日)

あさま37号

10年前の今日、碓氷峠を最後の列車が走りました。撮影でもかなり通った碓氷峠ですが、やはり最終列車は何としても乗りたかったです。…もっとも、回送列車に客乗せて後で大騒ぎになったらしいのでホントの最終の碓氷峠越えの列車が何かというのにはかなりの疑問が…

まずは最終あさま37号のグリーン券。プラチナチケットの極みでした。今なら糞テンバイヤーの手に落ちてとんでもない値段でダフオクに出てくることでしょう。

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続いて車内で発券してもらった横川-軽井沢の片道乗車券。燦然と輝く3037Mの列車番号。感熱紙なのに印字が持ちこたえてます。

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続いて郵便局の記念セット。まずは表。

Asamapost1

続いて裏。風景印が押されています。

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そして、車内放送録音3連発です。

まずは→さよなら放送←。マイク不調で前半部が切れてしまいました(泣)

続いて→長野到着放送←

さらに→長野到着後最後の放送←

おまけで、長野駅の→回送発車←の動画。

明日は長野新幹線開業10周年です… 

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2007年9月 4日 (火)

きのくに5号指定券

間が空いてしまった。腰痛で机の前に座るのがなかなかつらい…さらに虫歯発覚... orz

さて、今宵は久々の切符ネタ。JR西のきのくにシーサイドが引退となりましたが、きのくにといえばもともとは急行列車。昭和48年当時の急行券指定席券の硬券。

Kinokuni

A6号車…号車番号の前に「A」の文字。これはグリーン車を表すマークです。昭和44年に1等・2等の等級制から普通車・グリーン車というモノクラス制に変わり、昭和49年までは制度移行の暫定措置で旧1等差額運賃制になっていました。その間にだけ表示されていたグリーン車指定された号車のマークです。
昭和48年ですから現行の急行券・グリーン券の様式ではなく、急行券+指定券に1等運賃差額券を加える方式でした。ですから、この急行・指定席券とは別に急行用グリーン券を用意しないといけないわけです。で、グリーン券もセットであったはずなんですけど…どこにいったんだろう?

ちなみに、このきのくに、盆暮れ正月GWの繁忙期は指定券300円、閑散期は指定券100円で、時刻表にも閑散期指定席料金100円マークがついていました。小児断片が150円なのは急行券の部分のみ半額で、繁忙期なので座席を割り当てませんってことなんだろうか?当時の時刻表の営業案内を読んでも該当する項目がありませんです。急③座で300円収受、うち、指定席券150円って表示かもしれません。詳しい人、コメントよろしく。

…2学期が始まりました。1学期中頃に出てなければならない書類が出てないからすぐ出せって8月31日の夕方にFAXしてくるって絶対に教育委員会の嫌がらせだ…年度替わりの事務引き継ぎのミスとはいえ、ペラ1枚ならともかく都合10枚近い体裁整えるためだけの書類を0から作成なんて…これまで他の書類だったら間違いなく締切日の17時で「出てない、すぐ出せ」って電話かかってくるのに…締切日の2週間前にメールで送ったデータも届いてないって…作業量多いんだから夏休み前に連絡しろよ。職員室の皆さん、学期はじめの怒濤の事務に埋もれてそんなのやる暇なんぞねぇんだよ!担当にお願いするの申し訳なくてしょうがないだろうに!!(激怒)

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2007年8月 2日 (木)

銀河51号指定券

懐かしいモノが続きます。Ginga51

 22年前の今日使った臨時急行銀河51号の指定券。全車寝台の銀河は貧乏学生には高嶺の花でしたが、大垣夜行が激混みの夏休みのシーズン、周遊券を持っていれば1700円の追加投資で大阪まで14系着席保証でした。全席指定なので車内もゆったり。

 この時代、臨時列車は50番台の番号を振られていました。L特急といえども定期列車で50号になるほど特急インフレになっておらず、急行が特急を補完する設定になっていた末期の国鉄ダイヤでした。

 その後、特急インフレ増発で定期列車でも50番台を使うようになり、臨時列車の番号は80番台になりました。今や定期列車でも100番台があるようになり、古い時刻表を見ていると隔世の感があります。

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2007年7月31日 (火)

三井芦別鉄道

引き出しの中から出てきました。多分もらい物でしょう。

Mitsuiashibetsu

三井芦別鉄道のさよなら記念乗車券。昭和47年の旅客営業廃止ですから、今から35年前になります。今でも芦別から夕張へ向かう国道(だったかな?)沿いに鉄橋の一部とその上に機関車がどかんと乗っかって保存されています。どこかに保存機の写真はあるはずですが、探すのめんどくさい(爆)

北海道には炭鉱鉄道や拓殖鉄道・開拓軌道がたくさんあったんですが、リアルで乗ることができたのは三菱大夕張鉄道の最後に残った清水沢-南大夕張だけでした。

いろんな本や写真集の中に残る写真や保存されている小さな車両を見るにつけ、あやしげなへろへろ軌道をコトコト行くのを見たかった&乗りたかったと切に思います。

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2007年7月27日 (金)

さよならアルコン

 だいぶ前ですが、学校でいきなり「アルコンって知ってる?」って聞かれました。何で今時の小学生がアルコン???と思ったのですが、よくよく聞いてみるとドラマの小道具として使われたそうです。日頃TV見ないので鉄ヲタドラマやってたなんて気がつきませんでしたし、その後も見ませんでした。で、そのネタになった「さよならアルコン」の車内で配られた記念のハンカチです。えぇ、もちろん乗りに行きました。

まずは箱入りで。

Alcon1

続いて中身を広げて。もちろん未使用です…っつーか、使えるわけありません。

Alcon2

で、乗っているので当然指定券もあります。この指定券が見あたらなくてネタにできなかったんです(汗)先日ひょんなところから出てきまして…何せ、乗り鉄時代の膨大な使用済み切符が未だに未整理…

Alcon3

さらに車内でもらった証明書2種

Alcon4_2
Alcon5

コレについていたスタフの縮小コピー。ホチキスで2枚4ページをとめてありますが、はがすなんてとんでもないです(笑)ので1面だけ。

Alcon6

最後に車内限定記念オレンジカード。コレ買うと乗車証明くれました。