青函連絡船

2017年11月19日 (日)

第11回 青函連絡船講演会

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というわけで、昨日船の科学館で第11回青函連絡船講演会が行われました。鉄道ジャーナル誌と東奥日報の取材が入っていて、すでに東奥日報のwebページに記事が記載されています。

今回のメインは洞爺丸。トップの画像は洞爺丸遭難時の近藤船長が羊蹄丸の船長を降りたときに甲板員一同から贈られた手作りと思われる初代羊蹄丸の模型。今回の講演会は史料研究会へ近藤船長のお孫さんから寄贈していただいた遺品の初公開となりました。

講演会は3部構成。まずは西沢キャプテンのシリーズ。今回は満載喫水線のお話から。

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そもそも満載喫水線とは何か・・・という話から始まって、喫水線の記号の意味の解説やなぜ国際的にそのような決まりができたか、など歴史的経緯をたどりながらの解説です。

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とにかく船に積めるだけ積んで運べば儲かる・・・が浮力が足りなくて事故が多く、安全のために設けられたもの・・・なのですが、国際的な取り決めになる200年も前に日本では積み荷の規制が行われていた話もありました。年貢米が海に沈んではかなわないので、幕府が船足(喫水の規制)をしていたこと解説していました。

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スクリーンに映っている和船の図面に規制の印が付けられていました。今回はいつもよりちょっと短めの講演でした。

次はいつもと順序が変わって飾り毛布の実演です。久しぶりに明海大学の上杉先生と森本さんも登場です。

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今回は上杉先生の論文Jounal of Hospitality and Tourism Vol.10 No.1 (2014年12月)別冊として、「郵船図会」を通して知る明治期の日本郵船のホスピタリティ の小冊子が配布されました。論文中の図をもとに飾り毛布の歴史などの概説があり、その後、実演となりました。

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吉田さんと森本さんの二人の久々の講演会での競演です。

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吉田さんの作品「牡丹」。持って歩くと・・・(笑)

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続いて森本さんの新作「珊瑚礁」ですが、上から見ないとね・・・ということでテーブルを傾けて披露です。

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飾り毛布の本第2弾の宣伝・・・この日、執筆者3名揃っていたので、著者サイン会となっていました。

そしてサプライズ。

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吉田さんの修業時代のビデオが。師匠が折っている姿は別のところで紹介されていたのですが、未編集のビデオに当時の吉田さんの姿が。出所は羊蹄丸の横断幕を作った小玉さんの所蔵ビデオ。大神さんのところに「こんなのあるんだけど(笑)」と届いたものを編集して、サプライズ上映。まだなんかありそうなので・・・恐るべし小玉コレクション・・・と話題になっていました。

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そのあたりを満面の笑みで解説する大神さんと、いやぁ~とリアクションしていた吉田さん。

さて、休憩を挟んで本日のメイン、安田さんの「洞爺丸」第1回

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パワーポイント100枚以上の超大作。

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まずは洞爺丸遭難の概説から。すでに海難審判等の判決も確定しているし、様々な書物、論文、ドラマなどに使われているので今更・・・と思われる人も多いでしょうが、しかし今なお議論される深い内容です。

海難審判記録はこちら。

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戦後のGHQの船舶建造規制にもかかわらず連絡船の建造が認められた経緯とか、洞爺丸型の設計思想など、当時の社会情勢と照らし合わせながら船そのものの説明が続きます。

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戦前・船中の荒廃した船や粗雑な作りの戦標船に比べたら素晴らしく快適な船だったこと、御召し船のエピソードなどが続き、その1ヶ月後の台風マリーの話になります。

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台風の可航半円、危険半円などの基本的な話を基に、台風マリーはどうだったかということを観測データをもとに分析していきます。前代未聞の猛烈な台風、観測史上希な台風だったことがデータで裏付けられていきます。むろん、当時の気象観測は現代と違い情報の伝達に時間がかかっているので、情報が届いたときには手遅れとなっていることも・・・

そして、洞爺丸動きになっていきます。

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この辺りの無線通信の記録は各種資料に詳細に出ていますが、時系列に沿って他船の動きと絡めながら話が進みます。そして、なぜ沈んだのか・・・

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この事故の6年前にこのような指摘がされていたという事実・・・

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このような事実があったことなどを指摘していきます。

そして、洞爺丸の近藤船長について・・・

海難審判の主文は

本件遭難は、洞爺丸船長の運航に関する職務上の過失に基因して発生したものであるが、本船の船体構造、青函連絡船の運航管理が適当でなかったこともその一因である。

とあり、船長の判断ミスが主因とされたことから、船長の人柄についても様々な言われ方をしています。

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新聞記事の「人に頭を下げぬ」云々という書き方は非常に傲慢な人間像のイメージを与えるが、実際は「理不尽なことには上司の命であっても従わない」というタイプの人間であった、非常に慎重な人物であったなど、当時の乗組員の証言や文献をもとに述べていきます。

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近藤船長は定年を前に辞職願をだしており、それが受理されず本来の杉田船長の代務として乗船した洞爺丸でこの台風にあったという偶然。それは・・・

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船員が嫌う4・9という数字が洞爺丸に非常に多く見られ、近藤船長にもあるのは何かの運命なのか・・・偶然と考えるには・・・と話していました。

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最後に近藤船長の墓所。浄土真宗なので戒名ではなく法名ですが、墓碑銘に「船長」とつけていること、法名に「洞」の文字を使っていることなどその人生を表しているように思います。

さて、その展示品。

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大神さんから「並べといて」と頼まれて、ガラスケースの中にこのように並べました。いや、これ、取り扱いはマジに手が震えました。で、その前に一つずつ撮影しました。

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まずは昭和29年9月下期の廃船表。近藤船長の制服のポケットに入っていた物で、付着している泥砂は洞爺丸が沈んだ七重浜の海底のものです。折りたたまれていた物を広げたり元に戻す際に砂を落とさないように、これ以上破れないように慎重に・・・

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続いて懐中時計と手笛。これも遭難時に身に付けていた物。一度七重浜の海底に沈んでいるし、63年も経っているのにガラスにひびが入っているとは言え時計はキレイです。

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近藤船長の手帳。羊蹄丸船長時代のもの。間に名刺と職員写真証が挟まっていました。この手帳、ページをめくっていくと・・・

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羊蹄丸の要目が。スカジャップナンバーがある辺り時代を感じます。ATOKはスカジャップナンバーを一発変換できなかった・・・

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これ以降のページも記録が続きます。大神さんと話したところ、この手帳の中身は海難審判の証拠としても出てこなかったらしいですが、「!?」という記述が。表に出したらまずくない?みたいな話をしていたのですが、安田さんのパワーポイントの中でがっつり使われていたので・・・

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左ページ再下段、浮き袋1682内不良60ケとあります。点検の結果、紐のほつれなどの見つかった数がこれということで、定員+乗組員+郵便職員+食堂などの職員の合計数以上はありそうですが、このあたり海難審判時に証拠として出ていたらなんらかの影響があったのかなかったのか・・・

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続いて船員手帳。これは船員区においてある物なので、水はかぶっていません。右の縦型の方が古い物、横型のが新しい物です。

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まずは縦型の中身。集まったみんなで、こっちの写真の方がいい!ということで、こちらを開き、横型の手帳で本籍地を隠すようにして展示しました。

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ページの書式が変わり・・・

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↑鉄道省 ↓運輸省 と変わっています。戦後の歴史のページそのものを見るように思います。

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そして、横型。

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右側の上の方に、昭和24年6月1日付で「運輸省」から「日本国有鉄道」に変更とあります。そして・・

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運命の日、洞爺丸乗船により・・・「遭難死亡」の記載が。このページ、お蔵入りにしておこうと思ったのですが、これも安田さんがパワーポイントでがっつり使っていたのでオープンにします。

歴史の証拠、まさに歴史のページで感慨深い物があります。

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その年の国鉄殉職者名簿。名簿全30ページ中、16ページが洞爺丸台風で遭難した連絡船の乗組員や関係者となっています。

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近藤船長の鳥羽商船学校時代の教科書。

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最初の初代羊蹄丸の模型を近藤船長に贈った甲板部員一同の寄せ書き。これもかなり痛んでいて取り扱いに気を遣いました。

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こんな風に並べてみました。ケースのガラス板、昔のもので、微妙に波打っています。で、元々かなり傷んでいたのですが、ラジコン十和田丸のkeiichiさんが修繕しました。アンカーが外れていたり、マストが折れていたり・・・直してもまた折れる・・・

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ケース奥のベニヤ板は額縁カバーのように外せるので、こんな感じで折れたポールを直していました。で・・・こちら側、表から見えないので、作りが大幅に省略されています。

改めて見てみましょう。

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まずは表、左舷側。

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裏側、右舷側。ぱっと見で・・・ビルジキールがありません。3等船室の窓の縁取りの色が塗ってありません。その下の階の丸窓がありません・・・YOTEIのネオン管の色が左舷赤、右舷青緑は航海灯の色に合わせたのかなぁ・・・

これ、間違いなく業者作成ではなく、後半部員が船の中でこつこつ作った物だよねぇ、とみんなで話していました。この省略っぷり、間に合わないから省略したか、見えないからエイやぁとしたかは今となっては分かりませんが、それにしたって、これだけのものを手作りで贈られる近藤船長の船員たちに慕われていたお人柄がうかがえると思います。

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そして壁面には洞爺丸の一般配置図。右から原設計、建造中の変更、竣工時となっています。作りながら仕様変更していくのって難しいんじゃないかと・・・

そして、この後例によって盛大な飲み会になりました。その中で大神さんが上前純一郎作「洞爺丸はなぜ沈んだか」という本について、「この本が定番と思われているが、乗組員からしたら違うところがあるし、ある船長が『あれは小説だよ』と言うのを聞いてそれを確信した。」という話をしていました。「ノンフィクション」というと「事実(ファクト)を述べている」と思い込んでしまう人が多いのですが、それは「ファクト」ではなく、あくまでも、「史実や記録に基づいた創作で、調査方法や結果の取捨選択などに作者の考えが出る」ものである、すなわち「創作物=小説」ということ、人や事件を裁くということは客観的な事実に対して、判断する人の主観主義主張経験が上書きされるということを感じました。

連合音楽会前夜祭から始まって4連チャン飲み会は体力的にもお財布的にも厳しかったです(苦笑)

お会いした皆様、お世話になった皆様、ありがとうございました。また、大量の画像と駄文の巨大エントリー最後までおつきあいくださってありがとうございました。

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2017年10月27日 (金)

第11回 青函連絡船講演会(予告)

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というわけで、大神さんから連絡が来ました。11月18日、船の科学館で講演会です。

大神さんからのメールによると・・・

今回のメインは「洞爺丸台風」ですが、1回で終わるような内容ではないので、「1回目」という位置づけで今後不定期に続くことになる予定だとか。

内容についても、これまでとは違った切り口でひと味もふた味も違うものになり、展示も初めて目にするものを多数・・・

だそうです。

大神コレクションや人脈などから一体何が出てくるのか、自分も楽しみです。

幸いにして連合音楽会も終わった直後の土曜なので久々の土日連続休みなので、設営から参加できそうです。

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さて、明日は中学校の音楽祭に顔を出さないと。1~3の全学年授業で関わってるので・・・特に1年生は現任校初の3年間フル・・・にしても、午前中に合唱コンクール、午後の最後に吹奏楽部なのでまる1日・・・まぁ、運動会もそうだったし、音楽専科の定めでしょうな。

で、夕方3泊4日の移動教室に行ってた6年生が帰ってくるのをお出迎え。ホントは今夜のナイトハイク・・・まぁ実質肝試しですがアメリカで言うところの「メリークリスマス」が「ハッピーホリデー」と言い換えてるのと同じ・・・にいるはずのない自分があらわれてサプライズ驚かせやろうと思ってたのですが、諸般の事情でNGになってしまいました。残念!今の6年生、大きな行事に全然関わってないんで、少しでも・・・と思っていたのですが・・・

さて、寝ます。

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2017年9月18日 (月)

29年目の9月18日

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今年も9月18日がやってきました。連絡船最後の日。画層は多分前にも使ってるような気がします。

この鐘は今どこにあるのかなぁ・・・

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復活運行の時、船尾扉を開けて流れる航跡を間近で見ることができました。

船尾扉の閉め切りラインよりも船尾に出させていただいて、記念撮影なんかもしているのですが、復活運行のごく初期だけのサービスでした。船内見学ツアーが常時行われるようになると車両甲板にロープが張られて後方へは出られなくなっていたのでした。

あれから29年。国鉄がなくなって30年。平成という元号など思いもよらず、時折見る21世紀がとか、昭和80年とか90年という年が途方もない未来に思えていたのですが、今や数えれば昭和92年。自分の人生の折り返しも過ぎて・・・

4便到着時刻の18:05にタイマーアップです。

忙しさと疲れで心が折れそうです。やりたいことは大体やったし、そろそろ潮時かなぁ・・・経済的な不安はあるけど、精神病んで再起不能になることを考えたら・・・と逡巡している今日この頃です。

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2017年8月26日 (土)

青函連絡船教室@鉄道博物館

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今日、前回のエントリーの通り、大宮の鉄道博物館で青函連絡船教室が行われました。前回は前日から設営したのですが、今回は当日10時集合で設営開始。前回と場所が変わってミュージアムショップの横のスペースで、こぢんまりした感じでした。

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3階のギャラリーから見るとこんな感じ。開始数分前の前説です。右側、keiichiさん作のおなじみ80分の1の十和田丸ですが、今回は青森2岸桟橋待合室と通路も登場です。紙ものは私のコレクション。

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定刻13時、てっぱくの学芸員の香月さんの司会で開会です。

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まずは西澤キャプテンの連絡船の話。基本的に一見さんを対象に「連絡船って何」って話なので、歴史、船の構造や特徴、エピソードとおなじみの話が続きます。

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冬服なので暑いので上着を脱いで話を進めていきます。白の盛夏服・・・・は船長の金筋がないので車掌とおなじだからやめた・・・と後で聞きました。で・・・

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えぇっと・・・このフリップ・・・いや、カレンダーの裏紙・・・ここ、てっぱくはJR東日本・・・「値段が3倍以上に・・・」もさることながら、競合する現行フェリーとの比較まで・・・

「出禁になっちゃうぞ(笑)」「このネタ、マリタイムミュージアムでやれば(笑)」と聞きながらメンバーでヒソヒソと笑ってました。

持ち時間25分・・・のはずが約1時間・・・いつものことです(笑)最初から1時間・・・って言ったら何時間になるんだろ?

続いては学芸員の香月さんによる電信と鉄道の話。西澤キャプテンの話の間レジメを何度も眺めていました。

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電信の発明から始まって、モールス信号のことや明治2年に東京-横浜で電信が開設されたこと、鉄道での電信の取り扱いが始まって、便利になったけど、どうでもいいような内容や、文が長くて手間がかかるようになったので、無用の通信をしない、通信量を減らすために、長くしないように言葉を短くして符丁を使うようになったというような概論の説明がありました。さすが学芸員さん、立て板に水という感じでわかりやすい話しっぷりでした。

で、それを受けるようにして大西さんの無線通信のお仕事、本日の主題です。

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いつぞやの船博の時の講演内容とほぼ同じで、無線の基本的な知識、モールス信号、連絡船における無線通信の内容です。

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画面には通信の内容が映し出され、テカケ、テヤマ、ノリホ、コソホといった用語の解説とどのタイミングで連絡するかなど実務の話がメインです。

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で、電鍵でモールス信号のやりとり実演です。大西さんと大神さんで実際のやりとりをします。モールス信号が響き渡ります。

予定時刻15:30を少し過ぎたところで講演会は終了。この後、撤収作業をしている横で電鍵体験コーナーとなりました。

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左側の2つが単式電鍵、右の2つが自動電鍵でしょうか。自分はあまりその辺詳しくないので・・・モールス信号っていうと左側のイメージが強いです。

さて、今回のkeiichiさんの十和田丸+青森2岸。

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オモテからの全体像。十和田丸の向こうに2岸の桟橋が。輸送郵便局も作れば・・・というリクエストには入りきらないよぉ・・・とkeiichiさんは笑って答えていました。船の手前の紙ものは自分のコレクションなのですが、講演会後に西澤キャプテン、今や超貴重品の当時の記念カード類をサインカードと共に惜しげも無く会場の皆さんにあげていました。大雪丸のデビュー記念カードや、石狩丸の竣工記念絵はがきとか、いや、それ、ヤフオクとかに出したらいい値段付くでしょ!って・・・曰く「家にたくさんあるし持っててもしょうがないし」と笑っていました。小さい子とかもらっても分からないだろうなぁ・・・

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トモからの全体像。2岸への通路、昨夜徹夜で作っていたそうです。で、充電するどころではなかったので今回は電気の点灯はなしということで・・・このためにシノハラのHOのフレキシブルレールを買ってきたとか。

桟橋通路の展示組み立てや車両配置、コンテナ乗せなどみんなでよってたかって最後の仕上げ。タラップの位置など部品が多くなると合わせ作業がなかなか大変になってきます。

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その桟橋通路。何せ、この場で初めて組み合わせるので、「ちょっと低かったか?」「ここ、確か線路2本あったような・・・」「建築限界はみ出してるよなぁ」等々、keiichiさんが言っておりました。こんだけ作れたらすげぇを通り越してると思うんですけど・・・大神さん曰く、このスケールだとあと4~5センチ高くすると実際の高さかな、と言っていました。

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「行ってらっしゃい」とか「よい旅を」とかリンゴのマークの垂れ幕作らないと(笑)いや、これリアルですねぇ・・・。「この窓、安田さんのデスクのあったところ」と大神さんが指差して笑っていました。

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うーん、絵になりますねぇ・・・

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今回壁面スペースがあまりなかったので、掲示物は正面モニターの両脇の十和田丸GAと海図、このポスターと右側に見切れてる渡島丸GAでした。

で、最後にみんなで・・・

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模型の作者のkeiichiさん、固辞されてこの中にまじってないのですが・・・

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カメラマンしてる姿をしっかりと撮られていました(笑)

この後、大宮で盛大に飲み会となったのでした。次回は秋に船館で講演会、てっぱくではお仕事シリーズで何回か講演会を・・・という事でした。秋・・・暦の上ではもう秋なんですが・・・10月11月は自分が忙しすぎて果たして行けるのだろうか・・・

さて、寝ます。

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2017年8月19日 (土)

青函連絡船講座@鉄道博物館

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というわけで、大神さんからお知らせが届きまして、本家鉄道博物館の方でも情報オープンになりましたので告知です。

自分もスタッフです。

今回は通信士・・・で、モールス実演付きですので、いつぞやの船博の時のような感じですね。

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2017年4月23日 (日)

第10回 青函連絡船講演会 の後の飲み会 と 本

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25日に発売になるのを先行販売で入手できました。講演会は吹奏楽部の練習の時間変更で欠席でしたが、後の飲み会はしっかりと参加してきました。大神さんに「22日ってのは西乃湯さんの予定で決めたんだから・・・」とツッコまれ・・・すみませんです。中学校の土曜授業参観があるってのは超ノーマーク、22日午前中に練習やるよ連絡の返信で、卒業生の保護者からの連絡で知った次第で・・・講演会の内容はいろんな人が詳しく書いてくれると思いますが、何でも宗谷の展示があって場所が限られていたのでかなりコンパクトに設営して会を運営し、鬼の早さで撤収で予定より早く飲み会スタートしてたとか。自分が到着した開始予定時刻10分前には皆さんすでに宴もたけなわ・・・

で、今回の夜の部は某氏の息子さんまで含めて大人数での盛会となりました。終航30年、それでもこれだけの人のつながりがあるのは素晴らしいことだと思います。

で、講演会にはこの本に登場する7人+大神さんのうち、藤澤さん以外すべて揃っていたそうですが、夜の会は髙橋さんと安田さんはお帰りになってしまっていて今回はお会いできませんでした。

で、皆さんが集まっていると言うことは・・・そうです、考えることは・・・サイン本化。いた人からはしっかりと。私以外にもリクエストしている人いましたので、サイン会状態になってました。・・・あ、お代を立て替えてくれた空旅氏にお支払いするの忘れてた・・・どうせ近いうちに飲むだろうからそのときでよろしく。

ではスキャン画像の羅列いってみましょう。

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・・・すでにだいぶアルコールが回っていた後です・・・日付が未来に・・・

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この本、大神さんがいなければ何にもなり立たなかったとか。まぁ当たり前と言えば当たり前すぎる話なのですが、そこに至る複雑な裏人間模様をミリンダ細田氏が話してました。具体的には・・・表には出せないから裏話と言うことにしておきましょう。

大神さん曰く、「書籍じゃなくって雑誌の作り方なんだなぁ、最終稿の見本が来ないまま本印刷になってしまうんだ。」と言ってました。雑誌は翌月号に「お詫び 先月号の○○は△△でした」で訂正できるんでサクッとやってしまうようです。さらに、付録に縮小版の十和田丸と渡島丸のGAのコピーが付いてるんですが、出版社から「コレ付けると値段が100円だか200円高くなるんですが・・・」と言われたそうですが、一言、「こんなマニア本買おうとする人が100円200円高くなったからって買わないと思うか?」の一言で付けるのが決まったとか。一同超納得の爆笑でした。そんな値段で2隻分のGAつくならあとン百えんかかっても他の船のもつけてほしい・・という話も。何せ元は大神コレクションですから。会場でくじ引きの会で当たるとでかいサイズのGAがもらえたとか。

今回は久しぶりにお会いする方が多く、講演会に参加できなかったのが残念でした。次回は秋を予定しています。夏場は空調が使えない船の科学館は・・・ということで。

空旅氏から宗谷の軍艦旗が27日まで展示されてるってメール来てたんで、見に行ってこなきゃ・・・

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2017年3月26日 (日)

第10回 青函連絡船講演会

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はい、というわけで、大神さんから案内が来ていたのですが、卒業式やら吹奏楽のコンサートやら教務主任のお仕事で帰れま10の連続出勤記録更新状態で・・・

4月22日(土)恒例の連絡船講演会です。・・・しまった、この日、昼間で吹奏楽部の練習・・・最短時間は学校から海の下をくぐってお台場までタクシー約40分5000円かぁ・・・

別件で、先日のサウジの国王のお帰り便、国王専用機と先導のA317は昼休みの合唱練習中~掃除の時間、2号機は5時間目の最初に5年1組の子供たちと学校の図書室の窓からばっちり見えました。

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うん、総合の国際理解教育・・・オリンピック・パラリンピック教育で健康だの体力だの国際理解だのというのが・・・教材作成管理も教務主任のお仕事の一つ。ハミングバードフライトが校庭のほぼ真上を飛んでく学校ですし。勤務先バレバレ・・・でもよい子はネットに書いてはいけませんよ。

子供たちだけでなく、担任の先生もうおぉぉってなってました。いってしまった後に校長先生登場で「もういっちゃったの?」でした。

さて、これから吹奏楽部のコンサート。卒業式は終わってますが、今日が吹奏楽部の6年生の卒業式だと思ってタクトを振ってきます。だいぶ前に同じ事書いたけど、着任して最初の3年間を一緒に過ごした世代だから思いは特別です。自分が1から教えたメンバーのみで構成される今年は迷うことなくメインをエルザにしました。吹奏楽やってる人ならこの曲のもつ力と演奏する意味は言うまでも無いでしょうね。オーボエソロはソプラノサックスで代用。キャンディーズは歌って踊るのやりたいという6年生に何やる?と訊いたらこの曲をリクエスト・・・過去の勤務校のバンドで自分からキャンディーズ、と言っても却下され続けてたのでようやくできるというわけで(笑)

1 On The Mall(行進曲「木陰の散歩道」
2 ドラゴンクエストマーチ(ジャズアレンジ)
3 Moonlight Desert ~月の沙漠~
4 年下の男の子(キャンディーズ・歌って踊る企画・目指せ完コピ)
5 歌劇「ローエングリン」より「エルザの大聖堂への行列」
6 星に願いを(メンバー紹介)

という節奏のない選曲です。近所の学校と合同のコンサート。さすがに日程が厳しいです・・・2・3・4・6曲目は自力アレンジ。基本耳コピかブックレット参照です。

では行ってきます。

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2017年3月13日 (月)

3月13日

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今年も3月13日がやってきました。22便に乗ったあの日から29年。20代前半だった自分がもう50を過ぎました。社会の教科書だか資料集だかの年表に「青函トンネル開業」とあっさり記される歴史の1コマになってしまっています。授業の中で携帯やネットはおろか電気やガス、水道といったインフラのない時代の事を話しても子供たちに伝わらなくなりました。切り返してくる質問は「パンがないならケーキを食べればいいじゃない」と言わんばかりのものばかり・・・まぁ、この台詞自体も本来の意味は違うのですが・・・昔図鑑で見た空飛ぶ自動車が飛び交ってチューブの中を列車が走ってといった「未来予想図」とはだいぶ違う未来が目の前にあるようで・・・2001年宇宙の旅は実現してないし、HALはようやくAIとしてこれからと言ったところでしょうか、一方スマホやネットの発達はどこにも描かれてなかったですねぇ・・・と、そんなことを思う今日この頃です。

周遊券を片手に夜汽車を宿代わりにして・・・同い年かつ同じ区に同期採用の校長とはこの辺りの話が通じるのですが、何せ採用が少ない自分らとその後約20年、次の世代が一気に30代前半になるので子供たちだけでなく、大人も話が通じない・・・

そんな中で連絡船や当時の旅の思い出を共有できる最終便戦友会や史料研究会とのつきあいはかけがえのないものとなています。自分の若かりし頃のセピア色になっている記憶が総天然色に蘇るひとときを過ごせるのですから。

画像は2008年、青森港に佇む八甲田丸。キレイに・・・とはいかないものの水鏡が出ていたので。前に使ったかなぁ・・・

22便函館出航時刻にタイマーアップです。

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2016年11月 6日 (日)

第9回 青函連絡船講演会

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というわけで、昨日船の科学館で第9回青函連絡船講演会が開催されました。今回は十和田丸就航50周年ということで高松から牧野船長を迎えての会となりました。

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十和田丸の操船の特徴や他船と比べてスピードが・・・とか、同じ四本線の制服の機関長との関係など、外部にはうかがい知れなかった興味深い話が続きます。ジャパニーズドリームのプレミアム招待にも乗って、重心が高くなって揺れるとか、神戸まで船乗りとして351マイル、20時間というのは身にしみていたので、改装で重たくなった十和田丸の足では21時間は相当きついスケジュールだと思ったなど、後の安田さんの講演に続くネタも登場しました。

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運営側から周遊航海について話してというリクエストが・・・ということで、晴海に来たときの出来事や北海道周遊の旅など航路外に出たときのエピソード。連絡船は使い方に特化された作りなので、一般の岸壁だと乗り降りや着岸操船など対応が大変だったとか、この北海道フェア、ポスターには「北海道を積んできた」とあるけど、生鮮品船じゃ運べないからほとんどトラックで搬入・・・とはいえ、全部というわけにも行かないので・・・というネタばらし・・・帰りの便にはツアー客を乗せていたので、時節柄台風の時の対応が・・・この晴海のフェアで大渋滞になったとか。

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十和田丸ということで、すでにおなじみのkeiichiさんの十和田丸の向こうで講演する牧野キャプテンの姿など。今回はふくうら丸も登場しています。

そんなこんなで1時間にわたる講演が終わり、休憩時間に超サプライズが。

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見た瞬間、「え!」と素っ頓狂な声を上げてしまいました。ここでこれかい!

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牧野キャプテンの講演のバックの画像にあるこの垂れ幕。まさに最終22便にあったものです。何でもNHK函館の倉庫に眠っていたとか。西澤キャプテンがサルベージしてきたそうです。話によると、預けた方はNHKならちゃんと保管してくれるだろうとの思いだったそうですが、この垂れ幕が何なのか、一体誰が何のために作ったのか当のNHKでもわからず、その調査が番組になってたとか。いや、よもや28年も経って目の前にこれがあらわれるとは思いませんでした。作者は羊蹄丸A組の小玉さんとのこと。会場に来ていた22便段ボールハウス組は自分入れて3人だけ。最終便戦友会欠席の某氏に空旅氏がメールを投げたら「なんじゃそりゃぁ!」な返事が返ってきました。

さて、休憩の後は安田さんの講演。十和田丸残照。

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安田さんからは事前に拙ブログの画像使わせてとリクエストがあったので、当然快諾、blog未公開のジャグジーの画像もどうぞとフィルムをスキャンしてデータを送っておきました。実はジャパニーズドリーム号処女航海のネガ、カビにやられてしまいました。連絡船最終便から数年分、フジカラーHRのみカビでご臨終です。同時期の他社フィルムは無事なんで、痛恨の極みです。

で、自分の写真使われてるシーン、1コマも撮ってなかった(爆)

3月18日の横浜初入港のあたりはコダクローム64で撮ってあるので保存状態はすごくよいです。前にシュプールニセコのニセコだか倶知安だかでのバルブ、後ろにサザンクロス上京@立川・・・

船名は「ジャパニーズ」と「ドリーム」の間に「・」は入りません。船名の規則で当時は使えない文字だったので正式名称は「ジャパニーズ ドリーム」号です。船名にローマ字や特定の記号を使えるようにする100年に1度レベルの船舶法施行細則で改訂が平成16年にあって云々など、当時なぜ船名の下に小さく書かれたカタカナを見て、なぜローマ字だけで表示しないんだろ?と思ってた謎が解けましたです。で・・・

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見ていて空旅氏と2人で腹抱えて笑いそうになったコマです。バブル絶頂期のノリですねぇ。「ケイコとマナブ号洋上セミナー 国際派淑女へのクラスアップ ディスコでワクワクレッスンスペシャル」というタイトルもそうですが、これ倍率15倍って・・・いや、リアルバブル世代としてはこのノリはある意味黒歴史です(爆)

で、髙橋船長シリーズのコレも見た覚えが・・・平成頭ならビデオデッキ持ってたし、どこかに録画してあるんじゃないかと思う・・・

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この後、佐世保に回航、係留されてるのを九州に行ったときに撮ってるはずなんですが、写真が見当たらない・・・未整理の1000本を超えるネガ・ポジから探すのは至難の業・・・

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続いてはレギュラー西澤キャプテンの四方海話「船員教育」戦後の復興期から津軽丸型の増強で船員教育をどうしていったかという話です。後ろのパネルに訓練の様子や設備ができたときの写真がたくさんありました。

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カッターで訓練する設備を有川桟橋に作って、自分が指導して訓練したとかオールの動きを揃えるのがなど、船員の訓練の話が続きます。給料日に函館桟橋までの3キロを訓練がてら漕いで取りに行ったとか船が沈むくらいたくさん給料もらいたいとか当時の世相を物語るエピソードも。訓練によせてというキャプテンの寄稿文も掲示されていました。

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で、ラストはこれもレギュラーの飾り毛布。今回は上杉先生も森本支配人もいないので、自称「ひとりぼっち」でとのこと。司会が安田さんというレアケース。まずは吉田さんから宣伝が・・・

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飾り毛布の本、第2弾発売となりました。会場で配られたチラシ。

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で、今回は「花二輪」に特化してということになりました。これまでの体験会などで一番評判がよく、お母さんや子どもたちが喜んでくれたということで。

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使っているのは大阪商船の毛布。花二輪と言いながら最後は「羊」とか「マンタ」とかサクッと折れるバリエーションを披露していました。

さて、今回の展示物は持ち寄り展の様相となっていました。壁面は船の科学館が戦艦陸奥のイベントをやったときに作ったものがそのまま使え、面積が大幅拡大しました。

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左は十和田丸の一般配置図。左側が竣工時、右側がサロン海峡と自動車甲板増設後のもの。

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クリックで横1200pixになります。

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訓練の様子。月間訓練予定の青刷りは自分の家にあったもののコピー。昭和61年8月の周遊便が記載されています。大神さんの本によると61年の東京秀郵便は8518~8519便となっているのですが、この8月の青刷りには8000番台の便名が並んでいますが、その便名がありません。発行日が7月26日ですので、このあたり今度大神さんに訊いてみようっと。

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ジャパニーズドリーム号のチラシ類。

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この一角は自分が持って行ったジャパニーズドリームのパンフやロイヤルジャスパクラブの募集パンフレットのコピー。会費480万円。入会申込書にはたしなむ酒、タバコの銘柄、購読する新聞や雑誌名も記入するという・・・個人情報てんこ盛りに描き込む仕様です。まぁ、それに合わせて個人的なセレブサービスをという考えだったんでしょうが・・・

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で、晴海のポスター。曜日の周りが今年と28年前と同じです。

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おなじみ、keiichi氏作成の十和田丸と牧野キャプテン。撤収完了前にセッティングを変えて撮影会となりました。この後作者のkeiichi氏と牧野キャプテンの2ショット撮影会も。

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堅田キャプテン持参の八甲田丸終航記念のロープ結びのレリーフ。包んでいた袱紗に刺繍が。

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今回は展示ケースが十和田丸とジャパニーズドリームに分けてありました。このケースの奥の方にある立っているのは一番左の以外は自分のものです。通信長引継簿2冊、就航記念のしおり、竣工記念しおり、就航当日の船スタンプ、最終日63年9月18日の十和田丸の青函くつろぎカード・・・

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こちらはジャパニーズドリーム。大神さんが持ってきた船長の制服。奥の方にある右側のポストカード、お土産のキーホルダー、処女航海の船長サイン入り半券、未使用のコーヒーシュガーなどが自分が持って行ったもの。食器は大神家で現役使用中のジャパニーズドリームの食器。今日の朝ご飯で使った後、洗って持ってきたとか。恐るべし大神コレクション・・・

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片付けが全て終わった後、改めてこれを出して広げました。

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当時の羊蹄丸A組乗組員一同の署名・・・ですが、大神さん曰く、1人名前がないんだよなぁ・・・その事情は・・・(以下高度に政治的な事情により省略されました)

この後、撮影会・・・

まずは段ボールハウス組3人だけで撮ってもらい・・・その後

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みんなで撮りました。飲み会の前に撮って出し画像でコンビニでプリントアウトして配布。ちょっとトリミングして色直ししてここに出しました。この後盛大な飲み会が・・・その後さるびあ丸に横浜まで乗っていった人も・・・いや、1時間半のクルーズで大桟橋23:30頃着岸なんで乗ろうかと一瞬思ったのですが・・・寝過ごしたらシャレになりません・・・

<<業務連絡>>写ってる人で、データ欲しい人はメールください。またはメール欄にアドレス入れてコメントしてくださいませ&飲み会欠席された方は吉田さんまで連絡してプリントしたのをもらってくださいませ。

というわけで、皆様ありがとうございました&お疲れ様でした。

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2016年10月24日 (月)

第9回 青函連絡船講演会(予告)

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というわけで、タイトルの通り、9回目の連絡船講演会のお知らせです。いつものように大神さんから連絡が来ていたのですが、アップが遅くなってしまいました。今回は十和田丸就航50周年ということで、牧野キャプテンの特別講演があります。このために上京していただいて…ということなので、楽しみです。

十和田丸は9月18日の4便で乗ってますし、ジャパニーズドリーム号の処女航海にも乗ってるので、羊蹄丸と同様、特別な船です。11月1日が就航50周年。自分より1歳年下の連絡船の末っ娘の十和田丸。どんな思い出話が出るのでしょうか。

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超久々のエントリーとなりました。いや、本当に忙しくて戦闘不能状態です。

今日は土曜授業参観の代休で貴重な平日休み…地獄進行に一息ついたので、気合いの早起きをして日帰り神戸で三式戦を見に行こうと思っていたのですが、体ボロボロ疲労困憊の極みで起き上がることができず、昼過ぎにようやく郵便局へ実家との現金やりとり用の通帳の更新に行ってきた次第で・・・

9月頭からハードなスケジュールで・・・3泊4日移動教室の引率、学校公開週間、地域イベントでの吹奏楽演奏に加えて、学芸会の劇中歌のカラオケ作成やら楽譜作成やら・・・他校のビデオから耳コピーで採譜してカラオケ作ってなんてのもあって、すでに18曲。さらにバックオーダーが…頼むから台本探すときに楽譜もいっしょに入手してくださいよぉ。ヒステリックなおばちゃんの音楽の先生なんかにそんな頼み方したら・・・(以下高度に政治的な事情により削除)さらに体育館のボーダーライトの修理やら何やら「教務主任」と書いて「すきまさんぎょう」「こうむてん」「でんきてん」「あいてぃさんぎょう」・・・な状態で・・・

夏休み終わり頃から平均睡眠2時間行くか行かないかの世界です。学芸会の次の週の土曜日は吹奏楽部の区の演奏会。翌月曜日が成績提出・・・間髪を入れず来年度の計画作成・・・うーん、どこぞで教員の相当数が過労死レベル残業80時間超えうんたらとあったけど、毎月普通に150時間近く残業モードの私って・・・

これから銭湯にでも行ってこよう。入浴券たくさんあるし。三式戦、11月3日までなんで、見に行けるかなぁ・・・1泊して大阪にいる教え子と飲んでくるのも手かなぁ・・・

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