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2022年9月18日 (日)

34年目の9月18日に寄せて 「鉄道をつなぐ連絡船と旅」講演会

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今日は34回目の9月18日。青函連絡船の復活運航最終日から34年の月日が過ぎました。

先だって9月10日、鉄道博物館で3年振りに青函連絡船史料研究会が集まり、講演会が行われました。今回は鉄道開業150年記念企画展「鉄道の作った日本の旅150年」にちなんだ「鉄道をつなぐ連絡船と旅」と館内の鉄道連絡船関連展示を巡るガイドツアーを行いました。内容は企画展前期に合わせて、明治から昭和初期の関釜航路・稚泊航路・青函航路がメインです。

久々に皆さんで集まり、設営となりましたが、今回は11時からガイドツアーということで、会場設営組とガイドツアー組に分かれて作業です。自分は会場側だったので、ガイドツアーの様子は直接は分かりませんでしたが、後で聞くところによると、館内各所の連絡船の模型の前での解説や緊締具の実演、号鐘など濃い内容だったとか。安田さんの話がいつもより短くてどうした?と仲間で話題になっていました(笑)

さて、その号鐘。宗谷丸とたっぴ丸のものです。

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画像は控室で撮ったものです。で、その音色。まずは宗谷丸。

続いてたっぴ丸。

この号鐘を合図にガイドツアーを始めたそうです。そのガイドツアーで使ったフリップの一部を展示に加えました。

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講演会開始までのわずかな時間で貼る物を選んで・・・という突貫作業でした。

さて、13時から講演会ですが、11時半くらいに講演会の列はどこに並べばよい?と訊ねられても鉄博の方がいないのではて?という状態で、「昼飯やトイレに困る」と言われても私らも困ってしまい・・・とりあえず「先頭」と書かれた表示の所を案内したのですが、12時過ぎに整理券を配って・・・となりました。

13時。例によって吉田さんのドラで講演会開始です。

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まずは今回担当の学芸員さんのご挨拶。事前に大神さんから『安田さんが「マリンガールの服着せたらどうだろう」と言ってましたが誰か持っていませんか』ってメールが飛んできたのですが、さすがに無理だったようで、少し大きめの船員さんの3本線の制服になりました。船館のイベントで元マリンガールの方が衣装着てたと思ったんですが・・・ん~記憶違いかな?

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続いては課長の挨拶。自分と同じD500使いで羊蹄丸50年の講演会でお世話になりましたし、ED75のヘッドマーク交換や区名札、車内放送などディティールにこだわった展示を見せてくれます。

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今回は青函ではないですが、鉄道連絡船ということと戦前~戦中なので関釜連絡船と稚泊連絡船についての講演と飾り毛布の3構成になります。15:30までの長丁場ですが・・・という大神さんの前説です。

さて、今回は画面の撮影禁止のマークがあるので、講演会途中の画像の入っているパワポスライドは自粛しました。また、安田さんの講演の中には特別の許可をいただいた画像もあって、著作権にひっかかるので・・・4K動画ですべてを撮影してありますが、非公開にします。

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まずは吉田さんの関釜連絡船の講演。いつもの飾り毛布の実演と勝手が違うのか緊張の面持ちです。

壱岐丸、対馬丸、金剛丸、興安丸、崑崙丸、天山丸・・・と関釜航路・博釜航路の歴史、船についての解説をしていきます。鮮鉄・満鉄を経由し、シベリア鉄道でパリ・ローマ・ベルリン・ロンドンまでつながる亜欧連絡という戦前の華やかな時代から日中戦争、終戦と激動の時代に翻弄された歴史、戦火で沈められた連絡船のことを訥々と語っていました。今回展示に昭和12年の時刻表の復刻版を持っていきましたが、その最初の方の亜欧連絡のページを開いておきました。また、昭和19年の時刻表の復刻版は「連絡船の時刻は省略」と書かれているページを開いておきました。

今回、金剛丸・崑崙丸・天山丸の一般配置図を大神コレクションから蔵出しです。さすがに原本というわけにはいかないので、等倍のコピーです。

まずは金剛丸。たたんでいた折り目がキレイに広がっていないのでよれているのはご容赦を。図面はクリックで横1000pixになります。

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続いて崑崙丸。

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天山丸。

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天山丸や崑崙丸は海人社の「日本の客船」の中にキレイな写真があり、戦時塗装でなければスタイルもよく、美しい客船だったんだろうなぁ・・・と思います。

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会場は上から見るとこんな感じになります。ソーシャルディスタンスということで限定30名。いつになったらこんな制限がなくなるんでしょうねぇ・・・先日N響のコンサート行ったんですが、間を開けず満席でした。観客が声を出さなければもっと詰めても、と思うんですが。

続いて安田さんの稚泊航路についての講演。例によって精緻な調査と膨大な資料で作られた巨大なパワポスライド。

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今回撮影禁止の最大の理由は講演目次4の林芙美子「樺太への旅」で許諾を得て借用した画像の著作権ではないかと・・・通常は1枚いくらの使用料のところ、講演会の主旨に賛同して無料でお使いくださいという特別のご厚意をいただいたそうです。

航路開設、主として陸軍鉄道連隊仕様の600ミリナローゲージの軍事用から始まったので連絡線も便乗扱、樺太鉄道庁、砕氷船亜庭丸の建造など、国会図書館など資料を駆使した講演となりました。ソ連崩壊、ペレストロイカの恩恵か、20年くらい前の鉄道雑誌にはキハ58で行くサハリン鉄道の旅、豊原ループ線など見所たくさん・・・というパックツアーの募集が載ってましたが、今はそれも夢物語です。

1~3はどちらかというと政策・制度・船などの固い内容でしたが、4は旅の内容で、いつもの安田さんのアカデミック系の内容とは少し雰囲気が違い、戦前の旅を彷彿とさせる内容で、しかも女性の一人旅というさらにレアなものだけに、もし大東亜戦争を回避できていたら・・・ということを考えてしまいました。

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さて、その砕氷船、亜庭丸の一般配置図。船名が決まってなくて「新造砕氷客貨船」となっています。青刷りのカラーコピーですが、痛んでいるところはそのままです。

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そして宗谷丸の一般配置図。

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黒い丸は貼り付け用の磁石です。

休憩を挟んで吉田さんと森本さんのペアで飾り毛布の実演です。安田さんの講演が例によって延長戦ですので、巻きでお願い・・・ということになりました。コロナ対策で観客の参加はナシですが、後でやっぱり何か寂しいねぇという話が。

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関釜連絡船の講演とは打って変わって、立て板に水、とまではいきませんが、吉田さんの話しっぷりが変わりました。森本さんと二人、息の合った実演で、サクサクと作品を作っていき、そのたびに拍手が起きます。こうして3年振り2時間半にわたる講演会が無事終わりました。

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例によってkeiichiさんの十和田丸。今回は電飾なしです。何でも先日の走航会でスピードボートにぶつけられて、ポート側側面に黒い痕が。十和田丸の周りの紙ものは自分と空旅氏のもの。パネル側を戦前ものに、手前側をいつものものという感じにしました。

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こちらは鉄道博物館所蔵の金剛丸と興安丸の号鐘。興安丸は引き揚げ船として有名な船ですね。

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パネル・展示の全体像です。

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展示台のアップ。この設営と撤収はいつも大事です。十和田丸はもとより、青森駅や線路が大変です。見るたびに部品が増えてより取り扱いに繊細さが求められますし、HOゲージがKATOとTOMIXが混在しているのでコンテナの積載が???となったり、ここの線路って何番線までだったっけ?と過去の記憶たどって、オユはこのあたりでよいよね、郵便局こっちにあったし・・・とか。

いつもは講演会翌日にはアップだったのですが、終わった後、3年振りの宴会。翌日は死んでました。で、仕事もあってペンディング。

・・・みんな年とって病気自慢とか不健康自慢(苦笑)そりゃ連絡船終航から34年、最終便戦友会の再会からでも14年ですからねぇ・・・西沢キャプテンも鬼籍に入ってしまわれたし、史料研究会の元船員さん方もお年を召して・・・連絡船の船員会も終わりに・・・あまり考えたくないのですが、あと20年、いや、10年後にどうなっているのかなぁ・・・

無責任な乗客の思い出がベースの最終便戦友会と自分たちの歴史である連絡船を語り継いでいきたいという想いの連絡船の中の人の思いとリアルな連絡船を知らない若い世代の興味。それがこれからどんな航跡をたどっていくのだろうか、ということを考えていますが、それを最も思っているのは大神さんや安田さんといった、直接連絡船の運航に関わった皆さんなんだろうな、と思います。

昭和97年9月18日。4便到着時刻に合わせてタイマーアップです。

西九州新幹線1番列車かもめ2号指定券は撃沈。キャンセル待ちかけてます。自由席は乗車制限やるって・・・んーっと、鹿児島の時は思ったほどではなかったので今回も大丈夫な気もしますが・・・が、JR九州アプリでかもめネットきっぷでかもめ2号自由席+みどり2号指定席の幹在特押さえてたら接続列車指定券所持になって乗車拒否はできないだろうと踏んでます。で、折り返しのかもめ1号は折り返し時間短いからそのままホームに居れば乗れるだろう、ま、無理でも1番列車には乗れているので・・・という作戦になっています。在来最終のかもめ48号は指定券確保済、45号はキャンセル待ちですが、何とかなるかと。長崎駅で回送見送りしてホテル戻ったら1時くらいで、朝5時前には出ないといけないからなかなかハードです。ま、1番列車往復で戻ってきてもホテルの朝食タイムに間に合ってしまうので大阪東線の時と同じようなパターンができるかな、と。それから稲佐山に登ってブルーインパルスかな。記念切符とかの散財は押さえないと・・・そろそろ終活ってのを意識しないと・・・

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