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2017年8月16日 (水)

東京中央郵便局の風景印と旧国鉄本社ビル

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 通りがかりに寄ってきた東京中央郵便局。かつての建物の表面をのこしてそれと一体化した高層ビルのJPタワーの1階にあります。
 この旧東京中央郵便局、建物を保存するかどうかで国会でも一悶着あったのですが、経済合理性、言い換えると「金もうけ」先行で議論を待たずして旧庁舎の解体が進行して、保存の意見が顧みられない状況だったので、民営化された旧郵政省の各会社の株主は誰?ということから国、財務大臣が株主の権利を行使して・・・ということで現状の形になったらしいです。

 で、東京駅もオリジナルの3階建てに復原されたわけで、JPタワーと合わせてこの風景印になっているわけです。

 さて、その古き時代の東京駅を旧国鉄本社ビルの屋上から撮った画像があります。奥に旧東京中央郵便局の庁舎も移っています。この時には丸ビルは解体されて更地になってました。

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 1997年11月、国鉄本社ビル解体を前にして一般公開されました。8日土曜日に行ったときのものです。ということで、その画像を一部公開。

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 昭和12年に鉄道省の第一期工事として半分が完成。鉄筋コンクリート8階建てのルネッサンス式の建物です。

 運輸通信省、運輸省、公共企業体日本国有鉄道と組織改編されても、ここが日本の鉄道の総本山として長らく君臨してきました。三公社五現業なんて今の若い人わかんないだろうなぁ・・・

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 で、左側が昭和38年に完成した新館。右側の旧ルネッサンス式に合わせたデザインにするか近代的なものにするかもめた結果、無難な普通のビルの形になったとか。で、新館に運輸省と国鉄本社の本体機能が引っ越して、旧館の方は東鉄局などがメインになりました。国鉄総裁室と運輸大臣室の面積がぁとかでメンツ争いかけて真剣に議論されたとか今となってはあまりにばかばかしいエピソードも・・・

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 解体直前のフロアマップ。このマップには一期工事の旧館のみが載っています。何せ空調のない時代の建物ですから、低い天井に後付けの空調のダクトやパイプがぶら下がって狭苦しい感じが・・・

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 指令室の跡。ほとんど撤去されて武蔵野線のパネルだけが残っていました。見学者が多くて、こんなアングルでしか撮れなかったです。朝のニュースで「国鉄各線、新幹線は通常通り運行しています」って後ろに運行パネルが映ってた記憶が・・・

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 パティオ・・・と呼ぶにはちょっと重苦しい中庭。3階くらいまでスロープがあって、直接車が入れるように見えました。

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 そのスロープ、いい味出してるなぁ・・・外階段と合わせて刑事ドラマなんかの追跡シーンで使ったら絵になるだろうなぁ・・・

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 屋上に上がると耐弾層コンクリートの説明が。空襲の爆弾に耐えるための補強ですが、当時は迷彩塗装までされていたという念の入れようだったとか。

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 それにしても屋上に5500トンのコンクリートとは・・・どれだけ本体が頑丈だったんでしょうねぇ・・・

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 でもって、鉄道神社の跡地。GHQに撤去されて再建、その後JR東日本本社へ移転してしまいました。

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 社殿の跡です。敷地内には入れないようになっていたので、中途半端な角度からしか撮れませんでした。

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 屋上から東京駅ホーム方面を。中央線ホームはすでに重層化されてます。奥に100系グランドひかりが。まだグラントーキョーサウスタワーもフォーシーズンホテルもないですね。汐留界隈の高層ビルもまだありません。平成9年ですから今から20年前の風景です。

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 自分の記憶が正しければ新幹線の総合指令所の入ってる建物。その後大阪を始めとして緊急時のために複数の指令所作ってるはずです。聞くところによると、九州新幹線全線開業時に液晶パネルを増設して鹿児島中央まで表示できるように対応して、JR九州の職員も常駐しているらしいです。
 国鉄時代からJRの初期は指令所の場所を公開してて、一般からの見学も受け付けてました。最近は秘密の場所、となってるようで、移転したとも聞きますが、今でもここかな?
 たしかオウム事件以後、テロ対策でいつのまにか非公開になっていて、TV等で紹介されるときも「極秘の場所」「特別にカメラが入って」という言葉が付いてますね。

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 風格ある国鉄本社ビル。エントランスには・・・

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 外されて10年たってもなお残る「日本国有鉄道」の文字の跡。

 日本の鉄道の栄光の時代を見てきた国鉄本社ビルも長らく見慣れた八角屋根の東京駅も歴史の彼方に去ってしまいました。

 今丸の内オアゾに集う人でこの場所がかつての日本の鉄道の総本山だったことを知る人はどのくらいいるのでしょうか。何もない原っぱだったところにロンドンをモデルとて作られた一丁ロンドンのはしり、三菱1号館から始まって中央郵便局、丸ビル、国鉄本社ビルといった中央停車場の東京駅の正面から宮城へいたるモダンなオフィス街の調和のとれた景観、宮城への畏敬の念から高さを抑えたビルに囲まれた都心にありながら広々とした空を見上げることができる空間を作り上げてきた建造物群の歴史は経済優先の中に消えていってしまったのでしょう・・・本物とイミテーションはやはり違うのです。

 鉄道に限らず、労働集約型の産業は時代遅れになり、機械化でスピーディになったけど・・・単なるノスタルジーではなく、何か大きなものを失ってしまったように思います。

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