羊蹄丸の行く末
昨日、船の科学館の公式ページに羊蹄丸の譲渡先が発表されました。
http://www.funenokagakukan.or.jp/pdf/youteimaru.pdf
によると、譲渡先はえひめ東予シップリサイクル研究会となっています。
新居浜東港で一定期間公開の後、解撤だそうで、スクラップ確定となってしまいました。
船の科学館の文書だと海外からも引き合いがあったそうで、怪しげな業者に引き取られて消息不明で鉄くずになるくらいなら、同じ解体でもせめて国内で最後を迎えさせてやろう…とでも思ったのでしょうか。
船舶解撤、リサイクル…なら、摩周丸がほしがってるファンネルのJNRマークとか、八甲田丸の補修用パーツとか…そういう方に使ってほしいです。
年度内に東京を離れる…出港日は万難を排して見送りに行きたい&可能なら追っかけ…したいですね。タグで引っ張るんだから途中寄港するだろうし、行き足遅いからスケジュールさえつかめれば各所で撮影できるんじゃないかと。新居浜行きなら明石海峡大橋や瀬戸大橋の下をくぐるのは間違いないだろうし。まさかの高知沖回りはないだろうし。
最後の姿を見届けたいと思っています。
画像は9月18日。この日は水産庁の船も練習船もおらず、サイドからきれいに船を撮れる珍しい日でした。
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コメント
おばんでっす。
あ~ぁ、将来は昇天ですね。
厳しい現実ですが、恒久保存はありえないですね。
せめて最期の姿だけでもいたわってやりたいものです。
投稿: かしゃ猫 | 2011年11月10日 (木) 21時33分
船舶解撤でっか…惜しいでんなぁ。。。
新居浜東港で一定期間公開って、船内のどこまで公開するのでせうかねぇ。
投稿: くりはし | 2011年11月10日 (木) 23時49分
おばんです。
>かしゃ猫様
まぁ…形あるものはいつかなくなるんでしょうがないっちゃしょうがないんですけど…くれない丸改めロイヤルウイングが船齢50になっても現役というのと比べてしまうとどうしても…ねぇ…国内で最後を迎えられるというのがせめてもの救いでしょうか…連絡船各船、火災で燃えたり解体所に自走で座礁させられたり…と海外に行った船の末路を見るにつけそんなら国内で…って思います。
>くりはし様
まぁ如何ともしがたいというところでしょう。船内のどこまで公開するかはまだわかりません。船底ツアーやってくれるかなぁ…全部のバウスラスターモーターも見たいし。展示物の資料のうち、どの程度まで船の科学館の所蔵庫に移されるのかもわかりません。が、使えるパーツは八甲田や摩周にきちんとリサイクルして欲しいです。リサイクル研究会なんだから…
…今日で怒濤のスケジュールに一段落。月曜代休なので、久々に2日連休になります…今頃かしゃ猫氏は拙宅へ向けて移動中のはず…明日はMINE氏と3人で怪しい温泉ツアー…
投稿: 西乃湯 | 2011年11月12日 (土) 21時23分
羊蹄丸の動向がものすごく心配でした。結果は、残念な結果になり
羊蹄丸の最後の姿は、船の科学館でじっくりと目に焼き付けてきました。(63年3月13日のように)残された摩周丸、八甲田丸には、羊蹄丸以上にがんばってもらいたいです。羊蹄丸の愛媛での公開には、残念ながら行けませんが、羊蹄丸をきちんと公開してほしいです!
そして、再利用できるものは、きちんと摩周丸や八甲田丸に利用してもらいたいですね。(o^-^o)
投稿: ニセコ | 2011年11月16日 (水) 14時29分
おばんです。
残念ではあるんですが、手の届かない海外で行方不明になることを考えたら国内で最期を遂げられるのはまだマシなほうかと思います。科学館は永久保存と最初は言ってましたけど、形あるモノはいずれなくなる諸行無常を考えれば…
どうやら船内の資料や史料などは科学館で保存されるようです。それが将来どのような形で我々の眼前にあらわれるのかはともかく、羊蹄丸の形見がきちんと残る…それだけでも良しとしたいです。
63年3月13日、あの日羊蹄丸と共に歴史のページをめくる時を過ごした者としては残念でなりませんが…
投稿: 西乃湯 | 2011年11月16日 (水) 22時10分
サイト、見学させていただいております。
先日(おそらく数ヶ月遅れですが)「タモリ倶楽部」で羊蹄丸船底の様子を少しだけ放送しておりました。
投稿: とうほく人 | 2011年12月10日 (土) 22時42分
おばんです。
あれ、ご覧になりましたか。船底ツアーでは行けなかったバウスラスターのモーターや車両甲板の前方の連結器跡など面白かったですね。
新居浜ではどこまで公開してくれるんでしょう…
投稿: 西乃湯 | 2011年12月10日 (土) 23時50分