あの日から22年~青函連絡船~
今年も3月13日がやってきました。連絡船終航から22年が過ぎました。これがアップされる17:00、22便羊蹄丸の函館出港時刻には、最終便乗客の飲み会に向かっている最中でしょう。
画像は西日を浴びる折り返し22便になる7便羊蹄丸。函館で。
さようなら青函連絡船の記念消印。青森・函館双方の消印。青森の風景印にはほたるの光のメロディーが。さらに輸送郵便の文字。
はこだてどつくのクレーンもなくなり、連絡船のいた頃の風景がひとつひとつ消えていきます。
自分の鉄趣味にオーバーラップする国鉄の風景…今年も大糸北線の国鉄色キハ52、寝台特急北陸、ボンネット489系の能登…etc…国鉄の面影が姿を消しました。ダイヤ改正日にあたることが多い3月13日は鉄道風景が大きく変わる特異日なんでしょう…
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コメント
なるほど、消印というものがあったのですね…。
当時の頭では思い付きもしませんでした。
条件上はその飲み会に私も出る権利を持っているのかもしれません(笑)。
あの時、あの場所に全く顔も名前も知らないまま乗り合わせていたのかと思うと不思議な気がいたします。
投稿: 仙台人 | 2010年3月13日 (土) 22時24分
おばんです。レス遅くてすみません。
消印に限らずそれはまぁいろんな所からいろんなモノ売ってました。財力があれば片っ端から大人買いでしょうけど、それは当時の貧乏学生の私には無理な相談で…
最終便乗客の飲み会ができるのは一昨年の20年振り再会イベント@船の科学館のおかげです。年度末のド平日の午前中にもかかわらず参集した「大馬鹿者」(笑)ですから。私も休暇取って駆けつけました(爆)
あの時、歴史のページがめくられる瞬間を共にしたというのはあの場に集まった人々の人生の交錯の瞬間でもあったわけで、後になって「あなたもでしたか!」で時を飛び越えてその頃に戻り、知り合うまでの時間を一気に圧縮してしまい、旧知の仲のようになってしまう、確かに不思議な瞬間ですね。
投稿: 西乃湯 | 2010年3月17日 (水) 22時37分