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2007年3月

2007年3月31日 (土)

さよなら国鉄

 20年前の今日24時をもって、日本国有鉄道が分割民営化され消滅しました。その最後の日1日だけ国鉄全線乗り放題のきっぷが発売されました。全国で枚数限定、6000円という値段に各駅で徹夜で並ぶ人も多く、乗りつぶしやっていた私も仙台駅で夜を明かし並びました。押し入れの奥にしまってあるのでちょっと出せないのですが、このきっぷにはポスターサイズの国鉄全線の路線図もおまけでついていました。
 Syaon 

 このきっぷは未使用です。さすがに使えませんでした。国鉄最後の日は残しておいた錦糸町→東京で国鉄全線完乗を達成し、上野駅で旅立ちJR北海道号を見送り、その後東京駅で各地へ向かう旅立ちJR号を見送りました。…えぇ、マイテがつく西日本号に応募したんですが。見事に外れました。これ、はずれハガキです。10枚以上出して全部スカ(爆)

Jrhagaki

3月31日の旅立ちJR号はすさまじい人でした。

Tabidachijnrs

Tabidachijrk

 あまりに人が多すぎてマトモに写真撮れません。特にこの後の西日本号はTV中継のためにこの写真を撮ったホームを閉鎖したため、出発するホームに人があふれ、階段規制になる始末。TV局の横暴さには…(以下略)

Kokutetsuato

そして、国鉄本社ビルでは「日本国有鉄道」の文字が撤去され、新しい看板の取り付けを行っていました。
Jrkanban

そしてその瞬間…汐留で汽笛とともにくす玉が割られ国鉄からJRへ…
歴史のページがめくられたその時…

Shiodome_1

 今日はくりでんさよならに行くつもりだったのに昨日の仕事で疲れ果てて目が覚めたらとんでもない時間でした(泣)

 以下私の毒はき…

 膨大な赤字…単に列車を運行して運賃収入を得るだけなら単年度黒字になっていました。しかし、積み上がった累積赤字のその元凶は鉄道敷設法で赤字ローカル線を我田引鉄した政治のツケ。さらに労働運動の大きな組織であった国労動労つぶしを目論む政府の尻馬に乗っかった国鉄糾弾キャンペーンをはったマスゴミ…労働運動と政治的な主張やイデオロギーは切っても切れない部分があるのは否めないし、イデオロギーのみに傾倒するエキセントリックな運動家がいることもこれまた事実。さらに労働運動を悪と決めつけ、労働組合を切り崩した結果、今労働者がどれだけ厳しい環境に転落したか、そしてやりたい放題言いたい放題の財界に労働者が団結して一矢報いることすらできなくなっているか…イデオロギーではなく、権力と財力を持つ強者と対等に交渉する力を完全にそがれてしまった始まりでもあるでしょう。
 しかし、日本の国鉄の技術・安全・正確は世界に誇るものでしたし、公共インフラとして、利益が出ない部分を国策として赤字を補って行うのは世界の常識なのに、当時の言葉で「民活」で利益と効率を追求。地方を切り捨てる時代が始まったともいえるでしょう。
 さらに時計の針が11時の下で飯を食う姿を写して労働時間がむちゃくちゃでさぼってばかりいるというのに代表されるマスゴミの煽り叩き記事…鉄道職員が全員12時から飯食ってたらどうなるかちょっと考えればわかりそうなものなのに、自分たちの都合のよいように記事を作り上げ、対象をたたきまくる…今でもその姿勢は全然変わってないですね。今は我々教員がサンドバックですから。国もマスゴミも教育問題はすべて学校の教員の資質が低いからだ。使えないやつは首にしろ。免許も更新制にして気にくわないやつは首、給料下げて仕事増やしても文句言わないそういう熱意と情熱のあるやつだけ首にしない。身分保障なし、社会的ステータス無し、給料切り下げ、勤務時間無限、仕事の範囲は言われるまま増大、無理無茶難題もすべて背負え、何かあればすべて学校教員が悪い…ま、今年の大学入試、教員養成学部の志願者が25%も激減しているし、採用試験も小学校なんか実質2倍切ってるし…やめる人、精神疾患で倒れる人すごく多いです。 

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2007年3月30日 (金)

YS11 その2

  夕べは寝ぼけて写真だけアップしたようなモノで読んでみても何がなにやら…

餘部詣ででたまってた仕事爆裂でくりでんさよならに行けないかもしれない(泣)

で、今宵はYS11第2弾。昨年の夏に撮りに行ったものです。四国で国鉄色キハと併せて撮ってました。

まずは福岡空港で。2機のランデブーです。

Ys1101_2

続いてJCAB

Ysjcab

高知空港でランディング

Ys1102

松山空港、海を入れて撮れる限られたポイントで。

Ys1103

国産旅客機が再び空に駆け上がる日を夢見て…

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2007年3月29日 (木)

YS11

えー、餘部疲れで体ボロボロです。めちゃ眠いです。

昨夜帰宅すると不在通知。南日本放送作成のDVDが留守中に届いていたようです。
で、今日受け取って見ています。
まずは伊豆大島行きから。

Ys11an

続いてJACの最後の塗装で。

Ys11jac

めちゃくちゃ眠いのでこれで寝ます。

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2007年3月28日 (水)

想い出のあまるべ その4

えぇ、餘部滞在最終日。朝起きたら5時半近く。当然鳥取の始発に乗れません。まぁ、ちょっと贅沢に浜坂まで乗車券特急券買ってはまかぜ2号の乗客になりました。雨が降ってます。これはスーパー俯瞰はダメかなぁ…と思っていたら余部鉄橋通過時には薄日が。
城崎温泉について荷物整理して余計なものはすべてコインロッカーへ。ナップザックと三脚だけ持って下りで餘部へ。雨上がりのぬかるみ、黄砂か春霞かという微妙なもや。しかし、雲はなく快晴。26日には及ばないものの晴れのチャンスは今日が最後かも。なので、スーパー俯瞰突入決定。
死にそうになって登る登る…三脚を杖代わりに登ること約1時間。やってきましたスーパー俯瞰。先客が数名。26日の快晴の日はここに50人はいたとか。滑りやすい斜面に三脚を構えて一息。と、あとからあとから人が登ってくる。なんと親子連れまで。そんなこんなで合計10人ほどでの俯瞰撮影となりました。
で、これがその結果。もやった分低コントラスト気味だったのでちょっといじっています。ノートに入ってるソフト、バージョンが古いまんまなんで、いじるのが難しい(汗)ですが、生で見たその光景は、それはそれは充実した一瞬でした。

2801_1 

さて、その後、登りよりきつい滑りまくる下りが待っていました。これまた1時間ほどかけて泥まみれになって下山。足腰が立たないほどへろへろになりました。とりあえず上りを小学校の屋根の上を飛ぶように走る感じで。ホントは校舎全部入れたかったんですが、我々が並んでいる50メートルくらい先に携帯かコンデジの兄ちゃんが乱入。こっち見てたから自分がじゃまになることは十分にわかっていてやっていたようでアングル変更を余儀なくされました。

2802

でもって、15:28に乗ろうと駅へ行くと団体バスの客が大挙しているではありませんか…それでも何とか座れたので城崎温泉まで爆睡。置いておいた荷物を出し、整理して駅横の外湯へ。知ってはいたけど塩素の湯。まぁ、泥と汗を流してさっぱりできればよいとは思ったけど、これで800円…は只見線沿線の温泉になれきっている私としてはですね…(以下自粛)泥まみれの服&ウルトラ汗臭いのはまずいのでさっぱりして着替えて帰途につきました。
これ、のぞみの車内で書いてます。あんまりに疲れたんでグリーン車臨時なのでがら空きです。…席番指定で撮った1番は後ろに荷物置けるし、コンセントあるし、こういうことやるのにもってこいですね。さて、うまくUPできるかな。明日は出勤。体持つだろうか…

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2007年3月27日 (火)

想い出のあまるべ その3

えぇ、想い出のあまるべ撮影3日目です。
今日は天気がどんぐもりなので逆光になる海側からって決めていたので朝早くから行かなくてもいいや…と午前中は鳥取砂丘なんぞに足を伸ばして風紋見て散歩してました。
でもって、昼過ぎにのーんびりローカルで餘部入り。道中雨がぱらつきどうなることかと思いましたが、雨は激しくならずどんぐもりの餘部へ到着。お立ち台は激パでしたが、目もくれず浜坂側の漁港へ行く近道を下って行きました。岩場の上に上がり、三脚セット。

01_4

遅いので引いたり寄ったりしながらバッファが尽きるまで連写!
でもって、この後は反対側の船着き場へ。こちらは先着したので突堤の先端に座り込んでまったり待つこと1時間。鉄橋への軸線上にある岩場の上に三脚立てた人がいたものの、遠すぎてどうしようもありません。満ち潮の時間だし波でさらわれる危険が大きいんじゃ…と居合わせた人たちと話していました。河口の観光客ならまだしも、海面に突き出た岩場の上の三脚銀箱じゃどうしようもないのと、お立ち台の張り紙看板の白が目立って汚いので縦位置で。

02_2 

これで本日終了です。どんぐもりのときにこそ逆光になる海側からというセオリー通りお立ち台型どおりのカットでした。

で、爆疲れで鳥取のホテルへ戻り一休み…せず、温泉へ。今宵は元湯温泉へ。新装開店していました。が、円形の浴槽は昔のものを引き継いでいました。まだ木の香りが立ち上る浴室は、とてもきれいでした。お湯は塩素入り循環とのことですが、リターンダクトと思われるところから吸い込んでいる気配がなく、浴槽から湯があふれています。特徴のある湯ではありませんが、どう見ても掛け流しなんですけどねぇ…?で、携帯で撮った外観がこれです。

Motoyu

きのうひっつけるの忘れた日乃丸温泉がこれ。これも携帯で。

Hinomaru_1 

さて、明日は天気次第ではスーパー俯瞰に初チャレンジ…できるほど体力残っているか…それ以前に始発に間に合うように起きられるだろうか…明日で東京へ戻るので帰りのこと考えると一旦城崎まで行ってコインロッカーに不要な荷物を押し込んでナップザック・軍手・三脚だけ持って餘部へ行かないと大荷物抱えて身動き取れなくなるし。始発で城崎まで行って戻って9時くらい。ビミョーだなぁ。撮影しないで城崎外湯巡りして終わってたりして。とりあえず寝ます。はい。

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2007年3月26日 (月)

想い出のあまるべ その2

 てなわけで、今日は終日バリ晴れ。怨念雲の心配もなく最高の一日でした。
 朝早起きしてお立ち台に上がるつもりが…起きたらすでに7時。あいやぁ…飯食ってお立ち台へ上がったらすでにかなりの人が。それでもベストに近い場所で場所キープ。後はひたすら待つだけ。で、その結果がこれでした。

2601

青い海、バリ晴れ…来てよかったです。

この1枚で納得です。

でもって鳥取温泉。日乃丸温泉共同浴場。鉄分多めのほぼ掛け流し、カランもシャワーも温泉の湯。うーん、極楽極楽。さらに一杯引っかけてこれカキコしてます。いやぁ…納得の1日でした。明日から天気は下り坂。ピンポイントの1日に万歳!

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2007年3月25日 (日)

想い出のあまるべ

やってきました、餘部。昨夜のサンライズで米子へ。大雨で30分遅れで待ち時間をうまい具合に減らしてまつかぜ6号で鳥取へ。余計な荷物をコインロッカーへ放り込んで浜坂へ。きょうの想い出のあまるべ下りが取れたのでローカルで鉄橋渡ってロケ様子見しながら香住へ。下ってきた想い出のあまるべ、12系客車で怨念雲で曇る鉄橋を渡り、餘部下車。お立ち台は激混み、場所取り禁止の真新しい立て看板。集落の中も人だらけ。立ち入り禁止と某板にかかれていた墓場も人だらけ。とりあえず上りの想い出のあまるべを撮るべく香住側の墓場へ。まったり待つこと1時間、怨念雲をかろうじてかわして通過!

01_3

その後、川戸屋さんへ荷物を置き、カメラ持って。海側へ回り、夕日のギラリをねらうももやって撃沈…

02

でもって、今宵のカニ三昧でした…

Kani

明日も天気良さそうだし、朝飯食って即お立ち台で粘るかな…
さて、寝るかぁ… 

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2007年3月24日 (土)

いざ餘部!

というわけで、これからサンライズ出雲で米子周りで餘部へ行きます。たまにはゆっくり寝台特急で。どうせ日曜日は天気悪いし、混んでるだろうから、勝負は月・火・水の3日間。川戸屋さんに泊まってかに食って…というオプションも設定済。基本は鳥取東横イン…近くに温泉銭湯もあるし。知り合いもけっこう行くようなので夜は突然鳥取飲み会か?
旅先から果たしてブログアップできるでしょうか(謎)

しかし…今日は強風で香住折り返しだったそうな…明日だいじょうぶかいなぁ?

Sunrise

 どういうきっぷで行くか考えてなかったのですが、結局北近畿ゾーンの周遊きっぷにしました。それで、買い物がてら昼間のうちに買っておこうと駅へ行ったわけですが…周遊きっぷ、発券にえらく手間取りました。

 ついでに、駅窓口ものすごい行列。軽く40人は並んでいました。前は4ヶ所あって、最低でも3ヶ所開いていた窓口、1ヶ所は自販機化でなくなり、もう1ヶ所はカーテン降りて人の気配無し。春休みの土曜日に窓口2こって一体…ついでに申込書書かずに窓口で相談する人大杉。さらにSUICA/PASUMO定期券発券替えとか問い合わせで時間かかるかかる…列で待つこと30分以上、窓口で発券作業これまた30分以上…人がほとんど使わない指定券自販機より窓口増やしてくれませんかねぇ…自販機化するならマルスの機能全部ぶち込んで欲しいです。GUIタッチパネルにして周遊きっぷくらい発券させてくださいませ。発駅-経由-ゾーン入り口+ゾーン券+ゾーン出口-経由-着駅の設定くらい駅名や路線の頭文字または路線図タッチくらいで客にもできそうなモノですけど。

これはタイマーセットの自動アップです。定刻ならアップと同時にサンライズ発車!(多分)

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2007年3月23日 (金)

雪402レ その2

檜原の林の間を抜けて坂を駆け上がってくる雪402レ駅が近いのでウイングを閉じてしまうのが残念ですが、それでもこの迫力。…この直後、ホームで雪煙の直撃くらいました。

_dsc0256

これが公開される頃、卒業式の打ち上げで飲んでるはず。これで1年の一区切りです。

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2007年3月22日 (木)

雪402レ

今シーズンもそろそろ雪レが終わりになります。運転が少なかったため、マトモに撮ってないです。ので、昨シーズンのから何枚か…

_dsc0241

ご存じ早戸の眼鏡橋。ウイング広げてフランジャー下げて豪快に雪を蹴散らしてやってくる姿はいいですねぇ。

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2007年3月21日 (水)

赤い京成電車 in 成田空港

ネタ何にしようかなぁ~と昔のアルバム見てたら開業当日の成田空港駅に止まっている赤い京成電車が。

Keiseinarita

もう15年前になるんですね…で、この日は成田エクスプレス1号で空港入り、2号のグリーン個室で戻って、さらにスカイライナーで一往復とひたすら乗り鉄でした。

Narita01

でもって、京成ネタなのできっぷも京成で。

Keiseinarita02

手書きで作ってもらいました。さらにこんなモノもありました。

Keiseinarita03

見学客のためか報道関係のためかどうかは忘れてしまいましたが、セキュリティが厳重だったのは覚えています。…しかし、成田空港は鉄道乗るためと国内線お試し利用しかせず、国際線には一度も乗ったことがない、パスポートも持ってない私でした(爆) 

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2007年3月20日 (火)

湧網線 その2

 昨夜に続いて湧網線シリーズ第2弾。

 いくつかの有人駅があったのですが、何せ、降りてしまうと乗りつぶしが大変なので列車交換駅で停車時間を利用して下車印・入場券・スタンプの3点セットを基本にめぼしいモノをという行動パターンでした。
 これ、同じことやってる人多かったので、誰よりも速く駅舎にたどり着き、クリアしないと停車時間に間に合わないという悲劇が待っているのでした。当時は周遊券でぐるぐる回っていたので言葉こそ交わさないものの、「スタンプを歯ブラシで掃除するので押すのが遅い人」とか「入場券を10枚単位で買う人」とか見覚えのあるキャラができてきます。いかにそういう人より先にエモノにたどり着くかという競争になるわけでして、停車時間5分で跨線橋の向こう側なんてことになると、車掌さんに一言声かけて全力ダッシュ、乗るときに手を振って合図と同時にドア閉まるなんてのもよくありました。

 まずは、佐呂間駅。

Saroma03

入場券はパンチを入れる派と入れない派がいましたが、私は入れる派でした。駅ごとに形が違うのでそれも記録でした。

続いてスタンプその1

Saroma

ホタテの名産地だけにデザインもホタテ。こちらの方が古いスタンプだと思われます。
続いてスタンプその2

Saroma02

けっこう複数のスタンプがある駅も多かったです。DISCOVER→JAPANや一枚のきっぷから、いい日旅立ちなど国鉄のキャンペーンごとに作っていたようにも思われます。

そして計呂地駅。

Kerochi02

続いてスタンプ

Kerochi

このスタンプのデザイン、路線で共通だったようで、駅名のところがほかのもありました。

今はどちらの駅も交通公園になっていて往時をしのぶ車両がおいてあったり、客車がライダーハウスになったりしています。どこかに写真あったな…

…常呂駅のスタンプもあったはずなんだけど見あたらないなぁ…湧網線でスタンプ押せたのはこの3駅だけでした。

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2007年3月19日 (月)

湧網線

 20年前の今日、新生JR目前にして廃線になった路線、湧網線。すでにATOKでは一発変換できません。その線路がリアル網走刑務所の敷地内を通過することで有名でしたが、沿線のサロマ湖やオホーツクの眺めは絶品でした。今も一部路線敷がサイクリングロードとして残っています。
 そんな湧網線の掲載された最後の時刻表となる1987年3月号は国鉄監修交通公社の最後の時刻表でもありました。

Jikoku8703

乗り鉄で使い倒してぼろぼろになっていますが…
そして、湧網線のページ。

Yumoujikoku

巻頭には代替バスの時刻も載っていました。このページ、上から下まで転換バスの路線一覧でした。

Yumoubus

この当時の時刻表、まだ路線図が密です。三菱大夕張鉄道もありました。士幌線も、標津線も、羽幌線も天北線も…国鉄最後の日までに完乗達成しようと必死でプランニングをしていた大学1年終わりの春。2浪のロスタイムは大きかったです… 

明日は駅スタンプと入場券を…

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2007年3月18日 (日)

ハンドル

 真鍮製の列車のハンドルです。どこからもぎ取ったかはわからないのですが、サイズから考えると電車や気動車のブレーキではないでしょう。おそらく機関車の単弁か蒸機の操作ハンドルの一つかと思われます。この辺は詳しくないので誰か教えてクレクレ(爆)
 だいぶ昔のことですが、北海道に行ったとき、偶然即売会に出くわし買ったモノです。何でこれを買ったのか、いくらで買ったのかは覚えていないので、まぁそんな高額ではなかったし、ほかにめぼしいモノがなかったんじゃないかとは思います。そして、鞄に放り込んだまま忘れていたのが後で一騒動の元に…

Hundle

 帰りの千歳空港、セキュリティーチェックで持ち込み鞄からフィルムを出してオープンで…なんて言ってゲートをくぐり、鞄が出てくる…と思ったら、いきなりX線の機械のてっぺんの赤ランプ点灯とともに大音響の警報が。いきなり警備員に囲まれました。
 何が起こったかわからず????な顔しながらモニター画面見ると鞄の底にくっきりとハンドルの陰。モニター前に座ってるおねいさんがそれを指さしてました。強面の警備員が「鞄あけてすべて出してください。」
 数人の警備員に囲まれ、鞄のご開帳。貴重品入ってるセカンドバックを出すと、「その中も全部出してください」…保険証、はんこ、乗車券、預金通帳、ATMのご利用明細の紙切れや駅弁の包み紙に箸袋、入場券、スタンプノート、カード入れ…一つ一つ紙切れ1枚に至るまですべて広げて並べられていきます。マニアなモノが多いだけに見守る警備のおぢさんや尾根遺産、野次馬の視線が…
 で、このハンドル。「何ですか?これ?」…「列車のハンドル…だと思いますが…」モノの概要と入手について説明するのに一苦労でしたが、話聞いて一同力が抜けたのか苦笑いしてました。本当のところはわかりませんが、後から考えるとどうやら金属の固まり&形から、機械が武器拳銃類似と判断して警報を鳴らしたと思われます。で、ハンドルを抜いて荷物を鞄に詰めて再度X線チェック。今度は問題なし。ほかの客からも注目されてえらく目立ってしまいました。
 この荷物チェック受けてるおかげで搭乗遅れてヒコーキの出発も遅れました。グランドのおねいさんにせかされ先導されて搭乗、私が乗るのと同時にドアクローズ、モードをアームドへ…でした。せっかくスーパーシート奮発したのにラウンジも使えず…クラシックの飲み納めもできませんでした。
 例のテロ以前の警備体制でこれだけの騒ぎになったんだから今これやったらどうなるんだろう?とちょっといたずら心が…ではすまない騒ぎになりそう…(爆)

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2007年3月17日 (土)

磐西DD51

Dd5101

 またひとつ、貨物列車が姿を消しました。国鉄の香りがどんどん無くなっていきます。

 自分がガキの頃、国鉄が無くなるなんて思っていなかったし、今のような未来は全く想像できませんでした。そして、あの頃紙上でしか見ることができなかった光景をリアルで見たい、フィルムに画像に残したい…といつまでもあきらめ悪く追いかけている自分がいます。

 だから葬式鉄・ネタ鉄と揶揄されてもガキの頃の憧れをそのまま追いかけているんでしょうな。

 閑話休題

 特急東海の最終4号、NHKの密着レポートがあります。今日の22時からと聞いていました。(が、違ったようですね。この部分、あとで書き加えです。)あれ、知り合いのマスコミ勤めの人から「おまえ密着される側で出演してくれんか?内容と原稿はこっちで用意するから。鉄でまともに受け答えやしゃべりができて任せられる人がいないんで」とオファーがありました。が、そんなん出たら立場上まずいでしょ…と思いながらも一応校長に聞いてみると「何をいっとる?」とあっさり却下。まぁ、教育委員会の中の人にも面が割れてるのでやばいよな…というわけで丁重にお断りしました。その後、別の鉄系番組に出てくれんか…と…だから局や番組変わっても私の置かれた立場は根本的に同じだからダメだと小一時間(ry…芸能人とリアルで会えそうなのは非常に魅力的ではあったのですが(爆)

 うー、最終乗りたかったな…解熱剤が切れると一気に高熱に戻る繰り返しで午前中病院に行ったんだけど一昨日行ったばかりなのにカルテが見あたらんとかトラブってた電算データがそのまま修正されてなくて処置処方の記録も保険処理もできず1から説明し直し…と1時間以上待たされてブチ切れ寸前でした。
 明日の仙台空港開業初日も欠席です。残念。餘部へ向けてコンディション整えないとな。

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2007年3月16日 (金)

標津線 上武佐

住宅ローンの金利固定期限到来で実印が…なんて引き出しあけたら出てきました。
旧標津線上武佐駅前簡易郵便局で作ったオフライン通帳。平成の世にあって、スタンパーでがっちゃんと100円記入された通帳はなかなか笑えるモノがありました。この当時でさえオフライン局は風前の灯火で、何かで話を聞いて物欲に負け、列車が来ない上武佐駅でわざわざ降りて行ったのでした。すでに貯金の権利の期限も過ぎていますが、コレクションとしてはおもしろいかな…と。

Yubin

でもって、上武佐駅のたたずまい。

Kamimusa01

いかにも北海道という感じの原野の中を一直線に貫く線路。タラコ色のキハが当たり前に走っていました。

Kamimusa02

風邪が治らないよ…薬が切れると熱が上がる…さよなら特急東海や仙台空港開業初日に行けないのが悲しい…何とか治さないと。中学校の卒業式には行かないと…   

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2007年3月15日 (木)

牛乳瓶

 えぇ、風邪です。なんか1~2時間目辺りにものすごい寒気を感じ、あたまがふらふらしてました。給食食った後熱を測ってみると水銀体温計脇の下に挟んで1分立たないうちに38℃。いつもは体温測ると気力が萎えるので測らないのですが、今日はさすがにヤバイと…インフルエンザで学級閉鎖してるクラスあるし、職員室の面々は通知表の追い込みでテンパッてるし、近寄るな、うつすな、さっさと帰れ…と冷たくあしらわれ病院へ。
 かかりつけが休診なので、午後やっているでかい病院へ。

 待つこと1時間、開口一番

「インフルエンザの検査をしましょう。」
「なんで待ってる間に検査しないんだ?うちのナースは使えん…時間の無駄…ブツブツ」

診察室を1分で退室して検査。鼻の奥に綿棒つっこまれぐりぐり。
さらに待つこと30分、

「インフルエンザではありませんね。上気道炎ですね。しんどいですか?」

(あたりまえだろ、どんだけ待たすんじゃ(-_-メ))

「しんどいです。」

「んじゃ、点滴しましょう。」

点滴に30分。ベッドの上で爆睡でした。

ようやく帰宅し、布団トップでこれカキカキしてます。こんなん書いてないで寝ろって…
明日までに何とかなるだろうかねぇ…

Asoboymilk

 さて、今日のネタ、「あそBOY」の1リットル牛乳瓶。風邪引いたらあったかくしてミルクでも飲んで寝てしまえというわけで。
 あそBOYのカウンターメニューに牛乳ってのがあったんですが、奥の棚にある瓶を見て「おおっ!」
なんとあそBOY特製の瓶です。これは欲しい!という物欲にまけ、カウンターのおねいさんに

「無くなるまで買って飲むから空き瓶分けていただけます?」

とマニア丸出しで言ってみました。えぇ、飲みました。牛乳。1杯いくらだったかな…さいごまで空にしてめでたくゲット。車掌さんが笑ってました。

 数年後乗ってみると、このデザインの牛乳瓶はなくなっていて、無地のびんになっていました。

 さて、寝ます。

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2007年3月14日 (水)

名残雪

 昨日今日と只見線沿線はすごい吹雪で、今シーズン最深の積雪になったとか。春がそこまで来ていると思ったら冬に逆戻り…で、今シーズンはレアなラッセル縦列駐車が見られたそうです。そんな降ったならDE15の構内除雪も見られたんでしょう。駅明かりが頼りの撮影になるので流し撮り。

Image19_1

連写してもマトモに見られるコマって少ないですねぇ~(汗)

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2007年3月13日 (火)

3月13日という日 昭和60年 さよなら小松島線

 今日は3月13日。鉄道好きの人にとっては特別の響きがある日です。そう、春のダイヤ改正にあたることが多い特異日です。この日をもって線路の彼方へ去っていく列車、歴史のページにだけ残ることになる路線…そして、新しく歴史を刻み始める列車や路線。
 最近は路線の廃止はキリのよい3月末が多くなりましたが、3月10日~20日頃の間に春のダイヤ改正があるのは今も変わりません。

 そこで、そんな3月13日…とは言っても、昭和60年。大学不合格2浪確定の後、出かけたのでした。四国のお目当てはスハフ43と小松島線最終日。宇高連絡船の深夜便で高松上陸、早暁の徳島行きローカルにいきなりスハフ43がぶら下がっていました。それも生え抜きの「3」。今は大井川鉄道で余生を送っていますが、生粋の特別急行用3等車。世が世なら3等車といえども学生風情が乗れる車ではなかったことは間違いないでしょう。

Suhafu43

そして、この列車がそのまま「さよなら小松島線」の臨時列車に。

Sayonarakomatsushima

 今から20年以上前は最終日ものんびりしたもので、徳島駅の側線に止まっている列車を職員通路に降りて撮ることもできました。
 で、スハフ43に取り付けられたさよならサボ。

Sayonarakomatsushimasabo

 さらに、列車の後ろにも看板がつけられていました。

Sayonarakomatsushimatail

 そして小松島駅の駅名板。

Komatsushimaeki

さらに終点で臨時駅扱いの小松島港駅。南海フェリーへの乗り換え口でした。ちくわ売ってたりしてけっこう賑やかでしたが、片面1線のみのホームでした。

Komatsushimakoueki

駅のたたずまいも撮ってあるはずなのですが、何せネガを発掘するのが大変で、出てきたプリントをスキャンしました。

 そして、小松島駅のきっぷ。すでに入場券はなく、190円きっぷしか手に入りませんでした。

Komatsushimaticket

さらにさよなら列車の乗車証明書。

Komatsushimasyoumei

さよなら列車の中で作ってもらった乗車券。券面には「小松島港」の記載はされません。臨時駅なので運賃計算が「小松島」でされるためです。

Komatsushimaticket2_1

 こういうきっぷをさよなら列車の中であっさり作ってもらえるほど車内はそんなに混雑しておらず、まったりしたものでした。往復ともスハフ43でしたが、隣には2等車格下げ改造オハ41の超絶ロングシート車がぶら下がっていました。

 うーん、画像たくさん並べて重たくなってしまって申し訳ない。
 それにしても、まだまだ地方ローカル線がたくさんあったそんな時代のお話でした。   

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2007年3月12日 (月)

ワイド周遊券その2

 というわけで、今宵も乗り鉄ワイド周遊券ネタで。
 普通、均一周遊券は出発地から乗り放題区間の入り口までのA券と、乗り放題区間と帰りのセットのB券の2枚組。ですが、一部のやつにはオプション券がついていました。その一つがこの北陸周遊券の能登オプション券です。
Hokurikuwide

このオプション券、G券となっています。北海道オプション十和田湖がC、ニューワイド周遊券のフリー区間がD券だったりしらんで、順番でGがついたんじゃないかと…詳しいことはよくわかりませんが、国鉄バスおくのと号に片道1回だけのれる切り取り式のオプションもついています。
 バスもしっかり乗ったのですが、運転手さんにお願いして記念に残すことができました。で、能登線は宇出津(すでに変換不能な駅名)~蛸島は乗れないので別買いで乗りつぶしました。さらに、北鉄小松線の廃止最終列車なんかも見送ってました。鵜川遊泉寺まで乗ったら帰ってこれない…ので。
 で、能登半島のりつぶしはこの列車がないとはじまりません。急行奥能登。

Okunoto

そして、北鉄小松線のお別れ列車。

Hokutetsu02

それにしても、20年も前のことなんですねぇ…

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2007年3月11日 (日)

ワイド周遊券

 すでに廃止されて久しいですが、かつて乗り鉄といえばワイド周遊券を片手に焼こう連泊をしたものでした。行き先によっては有効期間20日。最終日に出発地へ向けて現地を出れば継続乗車扱いで22日目に帰京なんて大技もできたので重宝しました。
乗ったりおりたりで途中下車印を押してもらったため、きっぷの表面がすごいことになっています。でも、これでもまだ書いてあることが読めるのでマシという…今となっては無くなってしまった駅の下車印や駅名小印がたくさんあります。
 まずは北海道周遊券から。

Hokkaido01

まりも・利尻・大雪・41レ・46レで行ったり来たり…時刻表を駆使してプランニングを楽しんでいました。10月1日から学割2割+冬期割引2割で足代はすごく安かったです。私の通っていた大学は3・4年が教育実習をやっている間、1・2年は休みだったので10月1日の急行八甲田で北へ向かいました。今思えば贅沢な乗り鉄の時間だったなぁ…

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10年ぶり!

 えぇ、これは昨日、3月10日分です。
 実は10年前の卒業生たちとのクラス会で、朝まで遊んでました。7時前に帰ってきたのですが、さすがに四十路超えてオールは体力的にきついです。(笑)
 ひっじょーに楽しい時間で、酒が進むほどあの頃にみんな帰って行って腹がよじれるほど笑い転げてました。近所に住んでるんだからこれからちょい飲みで…なんてメアドの交換なんぞして…ま、教え子たちとタメで酒酌み交わすってのはこの仕事やっててよかったと思えるひとときですね。
 で、10年前のネタ…ということで、秋田新幹線こまちの開業記念の小旗です。まだ土曜日が休みでなかった卒業式の前の春分の日の3月22日土曜日が開業日でした。前日の金曜日、転勤先の学校へ挨拶に行ったその足で新幹線に飛び乗り最終の秋田リレー号で秋田へ。
 翌日の初日にゲットした記念の小旗です。さんざん振り回されたのを見送りの地元の方にお願いしていただいたモノなので、けっこうシワになっています。
 3月24日、卒業式後の教室でみんなで秋田土産のお菓子を食っていた…黒板の上にあちこちのご当地土産のお菓子の空き箱がずらりと並ぶ教室…卒業文集に書かれた一番人気は夕張メロンヨーグレットでした。今はこんなことできないです。
 それぞれの道を歩き始めたり、模索したりしている子どもたちに乾杯!

Komachi01

うぅ、眠い。明日の仕事がきつそうだ(爆)

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2007年3月 9日 (金)

坊ちゃん列車 その2

Boccyan04

 昨日に続いてですが、今回はレプリカでもちゃんと蒸機で走るやつです。

 映画」「ダウンタウンヒーローズ」のキャンペーンで越中島貨物駅で客乗せて走りました。薬師丸ひろ子も来ました。新聞記事には「先着で乗せる」とあったので、友人と徹夜で並びました。で、当日、乗車は抽選だと言っていたので、件の新聞の切り抜きを見せ、徹夜で並んで待っていたので…と交渉、結果、徹夜組は乗せるということになりました。尤も、徹夜は私と私の友人のみでしたが…

 夜中にバルブすることもできましたが、何せ、周囲に明かりが全くないという状況で撮影には難儀しました。客乗せて走っているのは人多すぎでまともに撮影できませんでした。薬師丸ひろ子は望遠レンズでばっちり(笑)ま、芸能人なので肖像権云々でアップはやばいと思うので、バルブした坊ちゃん列車のみアップします。

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2007年3月 8日 (木)

坊ちゃん列車

 坊ちゃん列車といってもレプリカです。伊予鉄道が観光客誘致のためにつくったものです。ディーゼルエンジンで動くので蒸気機関車というのは何ですが、見た目がそうなので一応蒸機のカテゴリーで。
 去年の夏、YS11撮りに四国へ行ったときについでに撮ってきたものです。
Boccyan01

撮影順でまずは2号機。

Boccyan02

続いて1号機。で、路面電車ですから当然終点に転車台なんてモノはありません。そんなわけで、このレプリカには床下にジャッキがついていて自分を持ち上げてくるりと向きを変えます。このギミックは見ていて楽しいです。はい。で、次のが回転中…人力で回します。

Boccyan03

うーん、これは楽しい!今日の仕業はこれでおしまい。この後、道後温泉駅の側線で展示です。 入れ替えは担当の人が機関車の先を全力ダッシュして誘導してました。

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2007年3月 7日 (水)

さくら

ぼつぼつと卒業生の合格の報告が届いています。今の中3はデキがよかったようで、けっこう難関私立高校や都立のトップレベル校に受かっているようです。で、大学受験組からは「先生の後輩になります」報告も・・・

てなわけで、このテの報告は「サクラサク」と昔は電報で打ったモノですから、今宵のネタは長年1列車の看板しょっていた「さくら」です。といっても、すでになつかしの列車、考えてみると全区間通しで乗った記憶がありません。それでも食堂車で長崎ちゃんぽんなんかを食べた記憶ははっきりと残っています。

Sakura65_1

まずはEF65。小学生の頃、東京駅で。まだ横須賀線と東海道線が同じ線路を走っていた頃のことです。

Sakura14

続いては14系の後ろ姿。まだ絵入りヘッドマークになる前の文字だけのです。 横に旧国がいるのも時代を感じます。おそらく昭和50年頃。

Sakura1402_1

で、絵入りになったあとの姿。これは昭和53年か54年だと思います。

Sakurag

そして、さくらのヒルネグリーン券。九州豪遊券で乗れたんで、開放A寝台で昼間の長崎本線を堪能しました。

Sakurane

そして、寝台券。まだ食堂車がしっかり営業していた頃、思いっきり宴会なんぞをしていました。 

…というわけで、今回は祝合格でさくらづくしでした。

-西乃湯-

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2007年3月 6日 (火)

さよならスイッチバック

Itayanoren_2

 板谷峠に新幹線が走るようになってもう何年でしょうか。スイッチバックの最終日、力餅の最上屋さんに「さようならスイッチバック」の幟が翻っていました。滑川温泉福島屋さんでひとっ風呂浴びて峠駅へ戻り、納豆餅を食べながらご主人と談笑していたのですが、

「この幟、あとはどうするんですか?」
「うーん…」
「もし、よろしければ譲っていただけるとうれしいんですが…」
「それなら****円」
「よろしくお願いします!」

というようないきさつで快く譲っていただいたモノです。

現在は部屋の仕切りのカーテン代わりにぶら下がっています。色落ちが怖いので洗濯もできず…とはいえ、しまい込むのも何なのでそのままになっていて、だんだんほこりっぽくなってきてしまいました。対策を考えないとなぁ…

Itayanoren02_1

温泉帰りの記念撮影(顔出しはナシね)
平成2年8月31日スイッチバック最終日…撮影おいといて温泉へGO!ってのんびりしてましたねぇ(笑)

7804

スイッチバック最終列車。ヤシカフレックスB型で。列車を見送った後、翌日も残る友人に福島駅へ車で送ってもらい、急行津軽で帰京、9月1日の2学期始業式にカメラバック担いだまま直行した新卒1年目の夏休み最後の日…

-西乃湯- 

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2007年3月 5日 (月)

東海2

 昨日の続きなので現役の列車ですけど「なつかしの列車」のカテゴリーで。
 特急東海は撮ってないと思ったら出てきました。昔のネガ同時プリントのアルバムをぺらぺらめくってblogのネタ探ししてたらありました。ネガ本体を探すのは大変なのでプリントからスキャンです。

Tokai2

雪の翌日、カメラもって出勤、午後休暇を取って田町で撮影していました。
東海3号が下っていった後、上りのはやぶさがやってきたりとダイヤはめちゃくちゃになっていたのがプリントの裏にあるネガのコマ番号からうかがわれます。…もちょっとマジメに乗り鉄メインの頃から撮り鉄してれば…と切に思います。

-西乃湯-

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2007年3月 4日 (日)

東海

 次のダイヤ改正で特急東海が廃止になります。
 ついに東海道本線東京口から伊豆方面以外へ行く昼行優等列車が姿を消してしまいます。前身の急行東海にはさんざん乗ったのでほとんど使わなかったとはいえ、列車名から「東海」がなくなるのは感慨深いモノがあります。最終列車は乗りに行こうかな…

Tokai

急行東海 興津橋にて

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2007年3月 3日 (土)

三菱大夕張鉄道

 写真が続いたんでダブルエントリーでスタンプなんぞを…

 三菱大夕張鉄道…私が乗りに行けたのは昭和61年秋。夕暮れ時、学生で満員の3軸台車をはいたスハニ6に揺られて南大夕張へ。切符を買ったりスタンプを押したりしているうちに日が暮れてきました。鉄な私がいるためでしょう、BGMに蒸機の走行音と汽笛をエンドレステープで流していました。小一時間後、貸し切りの客車に揺られ清水沢へ…

 廃止後数回立ち寄りました。客車がだんだん朽ち果てていく姿…新ダムに大夕張の町が沈むこと…旧鹿島小学校の玄関におかれていたさよならノート…来るたびに建物が無くなり、原野へと帰っていく風景…そして水底に沈む美しき橋梁構造物…歴史の波にのまれていくかつて栄華を誇った炭鉱の町の最後の姿を目に焼き付けてきました。
 そんな思いの詰まったサイトを見つけ、ついつい見入ってしまいました。

三菱大夕張鉄道保存会 と 北海道・幻の大夕張へ

Ooyubari_1
南大夕張駅のスタンプ。復刻版が駅そばの商店においてあるそうです。

Shimizusawa
起点の清水沢駅のスタンプ。国鉄のですが、石勝線開業後の手作りなんでしょうか。

廃線探訪で撮ってきた三弦橋の画像なんかもそのうち…

-西乃湯-

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あぁ、浪漫…

 今日は浪漫のラストラン。しかも61登板。行きたかったけど、都の小学校管楽器演奏会のスタッフで中野に朝8:30集合。61先頭は絶対ムリ。そもそも浪漫って碓氷峠のラストで撮ったきり。飯山線の走行も結局行けずじまいのままでした。
 客車がどんどん無くなっていってしまう…かつて長距離客車急行や鈍行に揺られた旅人としては非常に寂しいですがこれも時の流れか…

Roman02
3重連ですけど、後ろが浪漫だかなんだかよくわからないですね(汗)

Roman01
で、振り返ってもう1発。

いずれも碓氷峠のラストイヤー、丸山付近にて。

-西乃湯- 

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2007年3月 2日 (金)

500系

 世界最速の新幹線500系。デビューしたときは衝撃的でした。なんかガキの頃見た未来の鉄道の挿絵の中から出てきたようであまりに新幹線らしくなく、それでいて新幹線をこれほど意識させる造形の妙。
 新幹線を撮る…まだ0系100系全盛の頃、富士川鉄橋あたりでいかにもなのをぽつぽつ撮っているだけです。
 しかし、500系がN700と入れ替えで東海道から引退始まる…の話を聞いて、とりあえず記録に残したいということで行ってきました。あまりの速さにシャッター切るタイミングが…

500

米原-岐阜羽島 2007.1 

RM誌表紙にもなったお立ち台です。勾配を一気に登ってきます。

5003

三河安城-豊橋 2007.1 

後ろのマンションがちょっと…とはいえ、撮れる場所自体が少ないですから贅沢は言えないですね。テロ対策で柵が高くなったり2重になったり…

5002

三河安城-豊橋  2007.1

すでに日も傾きかけてぎりぎりの露出。

ウチの近所でも新幹線撮れるので日曜日とかちょっと自転車で行ってみようっと。

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2007年3月 1日 (木)

爆煙D51

 今シーズンは運転がなかった冬の磐西D51。何回か行っていますが、傾きかけた陽に輝く蒸機と煙には痺れます。

0917_1

只見線でもう一回冬の蒸機やらないかなぁ…

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