2017年12月17日 (日)

やまぐち号 35系客車万歳!

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はい、雪化粧した篠目駅を発車するやまぐち号。昨夜からの雪で宮野~篠目あたりは白く染まりました。微妙に陽が当たっているようないないような・・・猫の目天気で雪が舞っています。レンタカースタッドレスにしておいて正解でした。

まずは朝。これはどうしても撮りたかった、DD51+35系。新山口ホームだと時間ぎりぎりなので入替を踏切から。

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何と、山口線のローカルと併走して登場。ローカルは加速、入替は減速。

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んー、DD51と旧客の雰囲気よいですねぇ。C56の時しか見られないので・・・

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はい、折り返していきます。それにしてもこれ、シブいです。

で、篠目へ向かって1枚目となりました。この後は雪もないので徳佐の先のお立ち台で。

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いやぁ、これ、笑いが止まりません。

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で、津和野での入替。一旦引き上げて転線。で、機関車2両でやってきて1両ずつ転車台へ。

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降りしきる雪がイイ感じです。

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後ろにDD51。僚機2両を1カットに納めてみました。

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続いてDD51。転車台を通り過ぎて留置場所へ。

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雪と光でいい感じです。で、返しをどうしようかと・・・

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客車がわかるように撮りたかったので渡川駅脇の踏切で。

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最後は昨日と同じ、篠目の発車。今日は明るいです。

この後は一路空港へ。登場待ち中です。いや、楽しかった。久々に堪能しました。

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2017年12月16日 (土)

昭和92年謹製 35系4000番台 やまぐち号

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ようやく乗れました。35系4000番台新型客車。画像は地福駅停車中。夏の試運転を撮りに行きたかった&乗りたくてうずうずしていたのですが、ようやくです。ここ数年、新車に食指が動かなかったのですが、これはガチで乗りたい、撮りたいと思いました。35系客車を作り続けていたらまさにこういう形に正統進化しただろうと思わせる、平成29年ではなく、昭和92年がしっくりくる、そんな感じです。

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小郡駅・・・もとい、新山口駅に推進回送で入線してきたやまぐち号。C56はDD51の補機がつくのですが、入線はDD51のみ。うーん、その姿も撮りたかったのですが、何を置いても1等展望車の車内をきっちり撮りたいというのが先にあって、ひたすらドアのところで待ってました。C56の連結が完了するとドア扱いです。

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この通路の奥のドアが開くと・・・_dse7101

おおおっ!この空間、マイテ492も乗りましたが、まさに往年の1等車。灰皿の代わりにコンセントが時代の進化を感じさせますが、格調高いあの雰囲気そのものです。

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コンパートメントの先には2+1の重厚な座席が。6列わずか17名のための空間。なんと贅沢な。背もたれの厚みや白いカバーなど、まさに1等車。

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さらに奥のドアを開けるとそこは展望席とあこがれの展望デッキ。まさに特別急行列車のあの空間が見事に再現されています。

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細部を見てみましょう。まずは窓の開閉金具。新潟トランシスの古くからの友人がこの車両の設計・製造に携わっていたのですが、これ当時と全く同じものだそうです。安全上の理由で少ししか開かないようになっていますが、引っかけるところは昔と同じように上の方まであるので、何とかして開けようとがんばってる人が・・・

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カーテンレールとその飾り。細かいところまで手が込んでいます。

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洗面台。マイテ492の実車から型を取って作ったそうで、痰壺まで再現されています。

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で、3等車・・・ではなく、普通車。2~4号車の意匠は共通です。いや、これ、よく再現できたなぁ・・・あの時代の汽車旅そのものじゃないですか。若干低い天井もそれを感じさせないようになってるし、空調ダクトもうまく埋め込んでるし。

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で、5号車がコレ。背刷りが板張りなんて・・・五能線のオハユニ61とか・・・鋼体改造客車のあの椅子です。ダブルルーフで狭窓だからスハ32系の初期ロットとか・・・何か、旅の記憶の美化された思い出に手を突っ込んで蘇らせるためにかき回されているような感じがします。

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後部展望デッキからの眺め。この右側にずーっと立ってる人がいたのでちょっと中途半端。この人、トンネルの中でも外に立ってた・・・

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逆側のオハテの展望デッキ。津和野行きは立ち入りができないのでガラス越しに。DD51目立ちます。

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地福駅で。みぞれ混じりの雨で皆さん車内からあまり出てきません。おかげでこんなカットが・・・

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ホームに誰もいません。DD51と茶色い客車・・・昭和の佇まいですね。いや、これはもう感動モノです。雨に打たれてる事なんかどうでもよくなってしまいます。

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で、津和野の跨線橋から。3番線に着いて、1番線へ入替。この後重連のまま機回しへ。

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DD51で見えなかったオハテの展望デッキ。乗り鉄堪能しまくりました。で、朝、津和野に車を置いておいたので、この後撮り鉄。新山口へ戻る約2時間のキハの旅もよかったなぁ。久しぶりにボックスシートに脚を伸ばしてキハのエンジン音と轍の音に包まれてスーッと寝落ちしそうになるあのローカル線の旅・・・すごく贅沢な時間でした。

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帰りのグリーンはキャンセルして撮り鉄1発目は津和野俯瞰・・・と思ったのですが、雨が上がらず霧になって視界がないので、ここで。徳佐先のオーバークロスで。天気が雪になってきました。

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後撃ち。いやぁ、絵になりますねぇ・・・

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でもって流してみました。暗くなってきたので客車の窓明かりがイイ感じに・・・

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篠目発車!爆煙です。で・・・

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客車、役者です。窓の明かりの色、イイなぁ。

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山口-湯田温泉のオーバークロスで。さらに・・・

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敷地外の駐車場から。言葉が出ませんでした。

所詮レプリカでしょ、とかニセ物でしょ、とか言う人がいますが、旧型客車でリアルに旅をしていた自分としてはまさか今の世に新車でもう一度、青いボックスシートやえんじ色の大きなカバーの掛かったリクライニングシートに身をゆだねることができるなんてそりゃもう夢のような話です。C56+DD51ですから、重連の汽笛とホイッスルのコンビの合図がまたタマランです。この車内で昔さんざん聞きまくっていたDD51のホイッスルを聞くことができるなんて!屋根のクーラーが・・・お座敷81系だってスロ52だってクーラー積んでたし、台車がボルスタレスで軸距2450のTR40系シリーズの台車じゃないし・・・オハニ36は台車は軸距2000の新系列用を改造したTR52はいてたじゃん・・・形あるものはいつか壊れてなくなるんだから、進化したネオ旧型客車、これで旅ができるのって素直にうれしいと思います。というか、あまりのデキの良さに素でビビりました。2時間の旅があっという間でした。これ、増備してくれないかなぁ・・・2号車と4号車の仕様で量産すれば汎用性あると思うけどなぁ。

さて、明日は朝から撮り鉄モードです。温泉も入ったし、寝ます。

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2017年12月15日 (金)

やまぐち号へ

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というわけで、今年初の遠征鉄。土日まとめて休めるのっていつ以来だろう・・・

見ての通り、超プラチナチケットのグリーン車一人掛け席。帰りもグリーンで取れています。マイルタダ券が山口宇部が空いて無くて北九州空港から。小郡までの所要時間あんまり変わらないし。スタッドレスレンタカー空いててよかった。泊まりは湯田温泉。えぇ、ちょっと贅沢自分にご褒美です。連合音楽会、吹奏楽の演奏会、どちらも自画自賛できるくらいにはやったし、会場沸かせることできたし。

明日からC56+DD51ですが、今回のメインは今更になってしまいますが何と言っても新35系客車。乗り・撮り各1日ずつ。天気は期待できませんが、35系4000番台、久々にガチで「乗ってみたい!見てみたい!」と思わせる車両です。夏休みの試運転に行きたかったのですが、ピンポイントで空いた1日、D51200ヘッドマークなしの日、行けるかと思ったら部活体験の楽器運びでアウトになってしまいました・・・

さて、「昭和92年」を体験しに行きますか・・・まずは羽田に荷物を預けて、出勤して授業です。

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2017年11月19日 (日)

第11回 青函連絡船講演会

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というわけで、昨日船の科学館で第11回青函連絡船講演会が行われました。鉄道ジャーナル誌と東奥日報の取材が入っていて、すでに東奥日報のwebページに記事が記載されています。

今回のメインは洞爺丸。トップの画像は洞爺丸遭難時の近藤船長が羊蹄丸の船長を降りたときに甲板員一同から贈られた手作りと思われる初代羊蹄丸の模型。今回の講演会は史料研究会へ近藤船長のお孫さんから寄贈していただいた遺品の初公開となりました。

講演会は3部構成。まずは西沢キャプテンのシリーズ。今回は満載喫水線のお話から。

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そもそも満載喫水線とは何か・・・という話から始まって、喫水線の記号の意味の解説やなぜ国際的にそのような決まりができたか、など歴史的経緯をたどりながらの解説です。

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とにかく船に積めるだけ積んで運べば儲かる・・・が浮力が足りなくて事故が多く、安全のために設けられたもの・・・なのですが、国際的な取り決めになる200年も前に日本では積み荷の規制が行われていた話もありました。年貢米が海に沈んではかなわないので、幕府が船足(喫水の規制)をしていたこと解説していました。

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スクリーンに映っている和船の図面に規制の印が付けられていました。今回はいつもよりちょっと短めの講演でした。

次はいつもと順序が変わって飾り毛布の実演です。久しぶりに明海大学の上杉先生と森本さんも登場です。

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今回は上杉先生の論文Jounal of Hospitality and Tourism Vol.10 No.1 (2014年12月)別冊として、「郵船図会」を通して知る明治期の日本郵船のホスピタリティ の小冊子が配布されました。論文中の図をもとに飾り毛布の歴史などの概説があり、その後、実演となりました。

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吉田さんと森本さんの二人の久々の講演会での競演です。

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吉田さんの作品「牡丹」。持って歩くと・・・(笑)

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続いて森本さんの新作「珊瑚礁」ですが、上から見ないとね・・・ということでテーブルを傾けて披露です。

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飾り毛布の本第2弾の宣伝・・・この日、執筆者3名揃っていたので、著者サイン会となっていました。

そしてサプライズ。

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吉田さんの修業時代のビデオが。師匠が折っている姿は別のところで紹介されていたのですが、未編集のビデオに当時の吉田さんの姿が。出所は羊蹄丸の横断幕を作った小玉さんの所蔵ビデオ。大神さんのところに「こんなのあるんだけど(笑)」と届いたものを編集して、サプライズ上映。まだなんかありそうなので・・・恐るべし小玉コレクション・・・と話題になっていました。

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そのあたりを満面の笑みで解説する大神さんと、いやぁ~とリアクションしていた吉田さん。

さて、休憩を挟んで本日のメイン、安田さんの「洞爺丸」第1回

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パワーポイント100枚以上の超大作。

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まずは洞爺丸遭難の概説から。すでに海難審判等の判決も確定しているし、様々な書物、論文、ドラマなどに使われているので今更・・・と思われる人も多いでしょうが、しかし今なお議論される深い内容です。

海難審判記録はこちら。

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戦後のGHQの船舶建造規制にもかかわらず連絡船の建造が認められた経緯とか、洞爺丸型の設計思想など、当時の社会情勢と照らし合わせながら船そのものの説明が続きます。

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戦前・船中の荒廃した船や粗雑な作りの戦標船に比べたら素晴らしく快適な船だったこと、御召し船のエピソードなどが続き、その1ヶ月後の台風マリーの話になります。

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台風の可航半円、危険半円などの基本的な話を基に、台風マリーはどうだったかということを観測データをもとに分析していきます。前代未聞の猛烈な台風、観測史上希な台風だったことがデータで裏付けられていきます。むろん、当時の気象観測は現代と違い情報の伝達に時間がかかっているので、情報が届いたときには手遅れとなっていることも・・・

そして、洞爺丸動きになっていきます。

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この辺りの無線通信の記録は各種資料に詳細に出ていますが、時系列に沿って他船の動きと絡めながら話が進みます。そして、なぜ沈んだのか・・・

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この事故の6年前にこのような指摘がされていたという事実・・・

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このような事実があったことなどを指摘していきます。

そして、洞爺丸の近藤船長について・・・

海難審判の主文は

本件遭難は、洞爺丸船長の運航に関する職務上の過失に基因して発生したものであるが、本船の船体構造、青函連絡船の運航管理が適当でなかったこともその一因である。

とあり、船長の判断ミスが主因とされたことから、船長の人柄についても様々な言われ方をしています。

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新聞記事の「人に頭を下げぬ」云々という書き方は非常に傲慢な人間像のイメージを与えるが、実際は「理不尽なことには上司の命であっても従わない」というタイプの人間であった、非常に慎重な人物であったなど、当時の乗組員の証言や文献をもとに述べていきます。

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近藤船長は定年を前に辞職願をだしており、それが受理されず本来の杉田船長の代務として乗船した洞爺丸でこの台風にあったという偶然。それは・・・

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船員が嫌う4・9という数字が洞爺丸に非常に多く見られ、近藤船長にもあるのは何かの運命なのか・・・偶然と考えるには・・・と話していました。

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最後に近藤船長の墓所。浄土真宗なので戒名ではなく法名ですが、墓碑銘に「船長」とつけていること、法名に「洞」の文字を使っていることなどその人生を表しているように思います。

さて、その展示品。

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大神さんから「並べといて」と頼まれて、ガラスケースの中にこのように並べました。いや、これ、取り扱いはマジに手が震えました。で、その前に一つずつ撮影しました。

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まずは昭和29年9月下期の廃船表。近藤船長の制服のポケットに入っていた物で、付着している泥砂は洞爺丸が沈んだ七重浜の海底のものです。折りたたまれていた物を広げたり元に戻す際に砂を落とさないように、これ以上破れないように慎重に・・・

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続いて懐中時計と手笛。これも遭難時に身に付けていた物。一度七重浜の海底に沈んでいるし、63年も経っているのにガラスにひびが入っているとは言え時計はキレイです。

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近藤船長の手帳。羊蹄丸船長時代のもの。間に名刺と職員写真証が挟まっていました。この手帳、ページをめくっていくと・・・

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羊蹄丸の要目が。スカジャップナンバーがある辺り時代を感じます。ATOKはスカジャップナンバーを一発変換できなかった・・・

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これ以降のページも記録が続きます。大神さんと話したところ、この手帳の中身は海難審判の証拠としても出てこなかったらしいですが、「!?」という記述が。表に出したらまずくない?みたいな話をしていたのですが、安田さんのパワーポイントの中でがっつり使われていたので・・・

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左ページ再下段、浮き袋1682内不良60ケとあります。点検の結果、紐のほつれなどの見つかった数がこれということで、定員+乗組員+郵便職員+食堂などの職員の合計数以上はありそうですが、このあたり海難審判時に証拠として出ていたらなんらかの影響があったのかなかったのか・・・

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続いて船員手帳。これは船員区においてある物なので、水はかぶっていません。右の縦型の方が古い物、横型のが新しい物です。

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まずは縦型の中身。集まったみんなで、こっちの写真の方がいい!ということで、こちらを開き、横型の手帳で本籍地を隠すようにして展示しました。

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ページの書式が変わり・・・

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↑鉄道省 ↓運輸省 と変わっています。戦後の歴史のページそのものを見るように思います。

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そして、横型。

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右側の上の方に、昭和24年6月1日付で「運輸省」から「日本国有鉄道」に変更とあります。そして・・

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運命の日、洞爺丸乗船により・・・「遭難死亡」の記載が。このページ、お蔵入りにしておこうと思ったのですが、これも安田さんがパワーポイントでがっつり使っていたのでオープンにします。

歴史の証拠、まさに歴史のページで感慨深い物があります。

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その年の国鉄殉職者名簿。名簿全30ページ中、16ページが洞爺丸台風で遭難した連絡船の乗組員や関係者となっています。

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近藤船長の鳥羽商船学校時代の教科書。

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最初の初代羊蹄丸の模型を近藤船長に贈った甲板部員一同の寄せ書き。これもかなり痛んでいて取り扱いに気を遣いました。

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こんな風に並べてみました。ケースのガラス板、昔のもので、微妙に波打っています。で、元々かなり傷んでいたのですが、ラジコン十和田丸のkeiichiさんが修繕しました。アンカーが外れていたり、マストが折れていたり・・・直してもまた折れる・・・

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ケース奥のベニヤ板は額縁カバーのように外せるので、こんな感じで折れたポールを直していました。で・・・こちら側、表から見えないので、作りが大幅に省略されています。

改めて見てみましょう。

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まずは表、左舷側。

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裏側、右舷側。ぱっと見で・・・ビルジキールがありません。3等船室の窓の縁取りの色が塗ってありません。その下の階の丸窓がありません・・・YOTEIのネオン管の色が左舷赤、右舷青緑は航海灯の色に合わせたのかなぁ・・・

これ、間違いなく業者作成ではなく、後半部員が船の中でこつこつ作った物だよねぇ、とみんなで話していました。この省略っぷり、間に合わないから省略したか、見えないからエイやぁとしたかは今となっては分かりませんが、それにしたって、これだけのものを手作りで贈られる近藤船長の船員たちに慕われていたお人柄がうかがえると思います。

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そして壁面には洞爺丸の一般配置図。右から原設計、建造中の変更、竣工時となっています。作りながら仕様変更していくのって難しいんじゃないかと・・・

そして、この後例によって盛大な飲み会になりました。その中で大神さんが上前純一郎作「洞爺丸はなぜ沈んだか」という本について、「この本が定番と思われているが、乗組員からしたら違うところがあるし、ある船長が『あれは小説だよ』と言うのを聞いてそれを確信した。」という話をしていました。「ノンフィクション」というと「事実(ファクト)を述べている」と思い込んでしまう人が多いのですが、それは「ファクト」ではなく、あくまでも、「史実や記録に基づいた創作で、調査方法や結果の取捨選択などに作者の考えが出る」ものである、すなわち「創作物=小説」ということ、人や事件を裁くということは客観的な事実に対して、判断する人の主観主義主張経験が上書きされるということを感じました。

連合音楽会前夜祭から始まって4連チャン飲み会は体力的にもお財布的にも厳しかったです(苦笑)

お会いした皆様、お世話になった皆様、ありがとうございました。また、大量の画像と駄文の巨大エントリー最後までおつきあいくださってありがとうございました。

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2017年11月 5日 (日)

Air Force 1

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えぇ、本日、トランプ米国大統領が来日し、当然の事ながらエアフォースワンが来るので、横田基地まで行ってきました。画像は滑走路でUターンしてタキシングをするAF1。

始発電車に揺られて6時前に八王子着。M氏に車で拾ってもらって現地へ。いやぁ、警官の多いこと多いこと。まぁ、撮れる場所は限られているので、ロケハン兼ねて基地周りを一周、ほぼ無風なのと、これまでのことからRWY18、北からのアプローチ・・・に賭けて最終的にみずほスカイパークの展望広場へ。9時からオープンなので階段下に行列が。かろうじて撮影場所を確保し・・・が、エアバンドから無常のRWY36のコールが。民族大移動の開始。ですが、今更どうにもなりません。

まずは82-8000の予備機SAMが降りてきました。高台と構えた場所の偶然で。3キロ先のもやもやの中ではありますが、アプローチとタッチダウンを撮ることはできました。D500に200-500の目一杯でさらにトリミングでこんな感じ。

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うーん、フォトショップは正義・・・にも限界はありますね。で、予備機はRYW36の端まで来て回頭してタキシングしていきました。

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背後にドンキホーテが。北からのアプローチなら富士山バックだの予定だったのですが・・・

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右へ回頭していきます。画面下が暗いのは柵でケラレたので・・・

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で、タキシングして戻っていきました。

その20分後くらいに本務機AF1登場。今更場所動けないので、予備機と同じアングルで・・・

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予備機よりもちょっと降下がが早いか?

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ようこそ日本へ!エアバンドからもエアフォースワンのコールサインが聞こえてきます。しまった、録音しとけばよかった。

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で、そのままタキシング・・・・・滑走路途中でそのままUターン。滑走路を逆走して駐機場所へ向かいます。

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予備機とは回頭方向が逆で、こちらへテールを向けて向きを変えます。横田の滑走路、747がくるっと回れるほど広いんだ・・・

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回頭完了。で、この後、1コマ目の画像になるわけです。

で、トランプ大統領のハンガーでの演説の後ゴルフへはマリーン1で・・・でしたが、ヘリまでの距離がありすぎて撮ってはみたもののもやがすごすぎて、言われてみればそうかもね、な画像にしかなりませんでしたのでお蔵入り。

その後・・・滑走路南側の中里運動公園そばへ移動。駐機中のAF1。

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手前が本務機の92-9000、奥が予備機の82-8000。VC-25の縦列駐車です。道路からフェンス越しにですが、望遠系は新幹線撮影技でフェンス越しに撮れるのですが、これは無理。脚立やガードレールに登るのは即警察に注意、排除だったので、背の高いM氏に人間三脚をお願いしましたです。

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で、奥の予備機。滑走路が高くなっているので立ち位置を調整してこれがやっとです。これで終了。M氏に八王子駅へ送ってもらうといいタイミングで引退が近いとウワサされるこれが・・・

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3連休で激混み・・・で早朝からで疲れていたので思わずグリーン車・・・

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で、帰宅、風呂、洗濯しながら睡魔に襲われ、ようやくアップです。RWYの予測が外れましたが、とりあえず撮るだけは撮れましたし、滑走路脇で撃沈しなかっただけよしとしましょう。

さて、来週の連合音楽会までハードなスケジュールが続きます。先週風邪引いてへろへろだったのを3連休で何とかして撮影モードでした。もう寝ます。

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2017年10月27日 (金)

第11回 青函連絡船講演会(予告)

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というわけで、大神さんから連絡が来ました。11月18日、船の科学館で講演会です。

大神さんからのメールによると・・・

今回のメインは「洞爺丸台風」ですが、1回で終わるような内容ではないので、「1回目」という位置づけで今後不定期に続くことになる予定だとか。

内容についても、これまでとは違った切り口でひと味もふた味も違うものになり、展示も初めて目にするものを多数・・・

だそうです。

大神コレクションや人脈などから一体何が出てくるのか、自分も楽しみです。

幸いにして連合音楽会も終わった直後の土曜なので久々の土日連続休みなので、設営から参加できそうです。

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さて、明日は中学校の音楽祭に顔を出さないと。1~3の全学年授業で関わってるので・・・特に1年生は現任校初の3年間フル・・・にしても、午前中に合唱コンクール、午後の最後に吹奏楽部なのでまる1日・・・まぁ、運動会もそうだったし、音楽専科の定めでしょうな。

で、夕方3泊4日の移動教室に行ってた6年生が帰ってくるのをお出迎え。ホントは今夜のナイトハイク・・・まぁ実質肝試しですがアメリカで言うところの「メリークリスマス」が「ハッピーホリデー」と言い換えてるのと同じ・・・にいるはずのない自分があらわれてサプライズ驚かせやろうと思ってたのですが、諸般の事情でNGになってしまいました。残念!今の6年生、大きな行事に全然関わってないんで、少しでも・・・と思っていたのですが・・・

さて、寝ます。

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2017年10月 1日 (日)

LSEな半日

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久々のちょっと鉄運用。小田急LSE@和泉多摩川駅。はこね23号。12:24頃。晴れカットはこれだけ。

午前中、教え子の女子校のオーケストラの文化祭コンサートがあったので、9時開演、8時半から整理券先着順・・・招待券もらって、早朝から出かけました。で、まぁ、コンサート自体は11時前には終わってたのですが、出待ちやらなんやらで昼くらいになってしまいました。学校が京王線沿線だったので、天気良さそうだし、小田急の複々線区間で残り少なくなったLSEでもちょっと撮ってくるか・・・というノリで行きました。

後撃ちしようと振り向くとMSEの裏かぶり・・・にもならない微妙なタイミング・・・

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この直後、下り普通が来てタイミングが悪ければ見事に併走かぶりでした。一駅前の狛江あたりでは併走かぶりしてたんじゃないかと思います。この20分後にVSEが来るのでそれ撮って移動の予定でした。

で・・・

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はい、どんぐもり怨念雲がやってきました。よく見ると前展望席空いてますねぇ・・・

とりあえず、この後の普通に乗ってどこで撮れるかなぁ・・・と見ていたのですが、雲があつくなってきて、光線がないです。時刻表見ると町田でちょうど上りのLSEのはこね18号に乗れそうです。帰って寝ようかなぁ・・・と思っていたので、町田で折り返すことに。改札出て特急券・・・窓際・・・前展望席△・・・え!?

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何と!最前列窓側ゲットとなりました。まさかの1枚です。いや、このタイミングでLSEの最前列・・・これは乗り鉄しろという天の声か?何年、いや、何十年ぶりのロマンスカー展望席?前に乗ったのって、名鉄パノラマカーのラストランよりも前・・・

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すれ違うVSE!

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併走する普通電車!

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新宿到着!いや、これ、優越感ですねぇ(笑)

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降りる前に展望席の全景を。

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車止めから正面を。

で、並んでる列が短いのでもしかして・・・

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ホームで確かめたらあっさり窓際。慌てて改札出て入り直してダッシュで乗車。後で思ったのですが、改札出て特急券買えば展望席・・・が空いてるわけ無いけど1号車とか狙えたかも。とはいえ、折り返し時間10分程度では改札出て特急券買って戻ってくるは苦しいですね。

走る喫茶室・・・は遠い昔となりましたが、日東紅茶は健在でした。アイスティーを頼んでゆったりとLSEに揺られる時間となりました。

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カップはプラスチックになってしまいましたが、コースターを用意してくれるのは昔から変わりませんね。

で、箱根湯本について、道路を歩いて折り返しのLSEを撮影に・・・

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折り返し時間が10分位しかないので、線路に近寄れるここが限界です。踏切の名前忘れた・・・3線区間が入生田までになってしまったので登山電車らしいギミックが撮れるところといえばこの辺りか入生田駅界隈しか知りませんです。

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振り返っての1枚。すでにだいぶ暗くなってきています。どうせどんぐもりになってしまっていたので、山間の暗い感じで。

でもって、まさかのこれ。

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登山鉄道100型の入生田への回送。3連1本しかないはずなので、これはラッキー。回送の看板がいいですねぇ。さらに道路の目立つところに車がいない!これはラッキーです。

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振り返って1カット。歩くのしんどかったし、小田原からJRで帰るつもりだったのでバスで入生田へ。駅からかなり離れたところにバス停が・・・あと小一時間待てばLSEがやってくるのですが、すでに暗くなっていたので撤収モードへ。小田原駅に着くとちょうどLSEが。

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小田原城とセットで撮ってみました。これは7004F。乗っていたので7003Fだったので、残る2編成をまとめて撮ったことになります。

この後、いいあんばいにこだま号があったので新幹線でお帰りモードになりました。

1980年にLSEが登場したときはまだSE車走ってたし、ステンレス車なんていなかったよなぁ・・・小田急と言えばクリーム色に青帯、薄青いガラスってイメージがあったんですが、気がつけばそんな電車も数少なくなりました。

考えてみると今年初のちょっとまともな鉄出撃。どんだけ忙しいんだと・・・

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2017年9月18日 (月)

29年目の9月18日

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今年も9月18日がやってきました。連絡船最後の日。画層は多分前にも使ってるような気がします。

この鐘は今どこにあるのかなぁ・・・

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復活運行の時、船尾扉を開けて流れる航跡を間近で見ることができました。

船尾扉の閉め切りラインよりも船尾に出させていただいて、記念撮影なんかもしているのですが、復活運行のごく初期だけのサービスでした。船内見学ツアーが常時行われるようになると車両甲板にロープが張られて後方へは出られなくなっていたのでした。

あれから29年。国鉄がなくなって30年。平成という元号など思いもよらず、時折見る21世紀がとか、昭和80年とか90年という年が途方もない未来に思えていたのですが、今や数えれば昭和92年。自分の人生の折り返しも過ぎて・・・

4便到着時刻の18:05にタイマーアップです。

忙しさと疲れで心が折れそうです。やりたいことは大体やったし、そろそろ潮時かなぁ・・・経済的な不安はあるけど、精神病んで再起不能になることを考えたら・・・と逡巡している今日この頃です。

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2017年8月26日 (土)

青函連絡船教室@鉄道博物館

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今日、前回のエントリーの通り、大宮の鉄道博物館で青函連絡船教室が行われました。前回は前日から設営したのですが、今回は当日10時集合で設営開始。前回と場所が変わってミュージアムショップの横のスペースで、こぢんまりした感じでした。

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3階のギャラリーから見るとこんな感じ。開始数分前の前説です。右側、keiichiさん作のおなじみ80分の1の十和田丸ですが、今回は青森2岸桟橋待合室と通路も登場です。紙ものは私のコレクション。

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定刻13時、てっぱくの学芸員の香月さんの司会で開会です。

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まずは西澤キャプテンの連絡船の話。基本的に一見さんを対象に「連絡船って何」って話なので、歴史、船の構造や特徴、エピソードとおなじみの話が続きます。

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冬服なので暑いので上着を脱いで話を進めていきます。白の盛夏服・・・・は船長の金筋がないので車掌とおなじだからやめた・・・と後で聞きました。で・・・

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えぇっと・・・このフリップ・・・いや、カレンダーの裏紙・・・ここ、てっぱくはJR東日本・・・「値段が3倍以上に・・・」もさることながら、競合する現行フェリーとの比較まで・・・

「出禁になっちゃうぞ(笑)」「このネタ、マリタイムミュージアムでやれば(笑)」と聞きながらメンバーでヒソヒソと笑ってました。

持ち時間25分・・・のはずが約1時間・・・いつものことです(笑)最初から1時間・・・って言ったら何時間になるんだろ?

続いては学芸員の香月さんによる電信と鉄道の話。西澤キャプテンの話の間レジメを何度も眺めていました。

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電信の発明から始まって、モールス信号のことや明治2年に東京-横浜で電信が開設されたこと、鉄道での電信の取り扱いが始まって、便利になったけど、どうでもいいような内容や、文が長くて手間がかかるようになったので、無用の通信をしない、通信量を減らすために、長くしないように言葉を短くして符丁を使うようになったというような概論の説明がありました。さすが学芸員さん、立て板に水という感じでわかりやすい話しっぷりでした。

で、それを受けるようにして大西さんの無線通信のお仕事、本日の主題です。

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いつぞやの船博の時の講演内容とほぼ同じで、無線の基本的な知識、モールス信号、連絡船における無線通信の内容です。

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画面には通信の内容が映し出され、テカケ、テヤマ、ノリホ、コソホといった用語の解説とどのタイミングで連絡するかなど実務の話がメインです。

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で、電鍵でモールス信号のやりとり実演です。大西さんと大神さんで実際のやりとりをします。モールス信号が響き渡ります。

予定時刻15:30を少し過ぎたところで講演会は終了。この後、撤収作業をしている横で電鍵体験コーナーとなりました。

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左側の2つが単式電鍵、右の2つが自動電鍵でしょうか。自分はあまりその辺詳しくないので・・・モールス信号っていうと左側のイメージが強いです。

さて、今回のkeiichiさんの十和田丸+青森2岸。

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オモテからの全体像。十和田丸の向こうに2岸の桟橋が。輸送郵便局も作れば・・・というリクエストには入りきらないよぉ・・・とkeiichiさんは笑って答えていました。船の手前の紙ものは自分のコレクションなのですが、講演会後に西澤キャプテン、今や超貴重品の当時の記念カード類をサインカードと共に惜しげも無く会場の皆さんにあげていました。大雪丸のデビュー記念カードや、石狩丸の竣工記念絵はがきとか、いや、それ、ヤフオクとかに出したらいい値段付くでしょ!って・・・曰く「家にたくさんあるし持っててもしょうがないし」と笑っていました。小さい子とかもらっても分からないだろうなぁ・・・

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トモからの全体像。2岸への通路、昨夜徹夜で作っていたそうです。で、充電するどころではなかったので今回は電気の点灯はなしということで・・・このためにシノハラのHOのフレキシブルレールを買ってきたとか。

桟橋通路の展示組み立てや車両配置、コンテナ乗せなどみんなでよってたかって最後の仕上げ。タラップの位置など部品が多くなると合わせ作業がなかなか大変になってきます。

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その桟橋通路。何せ、この場で初めて組み合わせるので、「ちょっと低かったか?」「ここ、確か線路2本あったような・・・」「建築限界はみ出してるよなぁ」等々、keiichiさんが言っておりました。こんだけ作れたらすげぇを通り越してると思うんですけど・・・大神さん曰く、このスケールだとあと4~5センチ高くすると実際の高さかな、と言っていました。

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「行ってらっしゃい」とか「よい旅を」とかリンゴのマークの垂れ幕作らないと(笑)いや、これリアルですねぇ・・・。「この窓、安田さんのデスクのあったところ」と大神さんが指差して笑っていました。

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うーん、絵になりますねぇ・・・

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今回壁面スペースがあまりなかったので、掲示物は正面モニターの両脇の十和田丸GAと海図、このポスターと右側に見切れてる渡島丸GAでした。

で、最後にみんなで・・・

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模型の作者のkeiichiさん、固辞されてこの中にまじってないのですが・・・

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カメラマンしてる姿をしっかりと撮られていました(笑)

この後、大宮で盛大に飲み会となったのでした。次回は秋に船館で講演会、てっぱくではお仕事シリーズで何回か講演会を・・・という事でした。秋・・・暦の上ではもう秋なんですが・・・10月11月は自分が忙しすぎて果たして行けるのだろうか・・・

さて、寝ます。

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2017年8月19日 (土)

青函連絡船講座@鉄道博物館

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というわけで、大神さんからお知らせが届きまして、本家鉄道博物館の方でも情報オープンになりましたので告知です。

自分もスタッフです。

今回は通信士・・・で、モールス実演付きですので、いつぞやの船博の時のような感じですね。

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