2018年7月16日 (月)

カメラ点検と時間つぶし乗り鉄

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暑いので3連休家に引きこもってビデオ編集と思っていたのですが、逆に3連休だから空いてるだろうと目論んでカメラとレンズの点検に新宿ニコンまで行ってきました。これ、カメラを点検に出した後なので、撮影は全部iphone。

昼くらいに行ったらサービスセンターに客が誰もいない・・・さすが3連休、カメラ持ってみんなどこかに出かけてるんだろうなぁ。で、待ちなしてカウンターへご案内。カメラ1台とレンズ2本で4時間くらいかかるというので、サクッと預けて、時間つぶしモードへ。とりあえずC&Cで朝昼兼用のカレー食べて適当乗り鉄で・・・と思って新宿駅で時間チェック。

まずは新型ロマンスカー・GSE・・はだいぶ時間が後、じゃ、E353系は・・・おぉ、13時のあずさが7月1日から新型車で運転と書いてあるじゃないですか。甲府往復くらいならいい時間に帰ってこられるのでよっしゃ、と思ったのですが、3連休最終日、上り列車がどうなっているか考えただけでも恐ろしいのでそっちをチェック。甲府で約1時間後の臨時かいじのグリーンのA席に空きが。これで決定。用もないのに甲府往復です。

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はい、こちらが行き。車端部の1人掛け席ゲットです。

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こんな感じです。JR東の在来線特急は4列シートばかりで普通車と何が違うんだって感じですが、その分100キロ1000円という安値ですから、座席の差はまぁそんなもんかと。

で、甲府に着いてみると・・・

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こんなのがいました。撮り鉄が何人もいたので、何か臨時でもあったのかな?3連休に工臨は走らないだろうし。帰りのかいじの時間にはもういませんでした。どこへ行ったのやら・・・

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で、振り返るとこれが。特急東海で乗ったのが最後の373系。久々に見ました。身延線経由で2時間半かけて静岡へ・・・特急というには鈍足ですが、座席の快適料金と思えばそんなもんかと。けっこう乗っていました。

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貨物も来ました。甲府で機関士交代です。これも久々に見ました。というか、どんだけ鉄してないんだっていう・・・

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後続のかいじがこれでした。まだ床下機器など汚れが付いておらず、おろしたての新車という感じです。行きに乗ったのも新車の香りがしたし、広告枠に何も入っていない状態でした。

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それで、帰りがこれ。E257系も置き換わるので、ぼちぼち・・・というほど写欲がわかない被写体です。これ、新宿駅で12:40頃に買ってるので、画面に「発車時刻を確認してください」のような案内が。まぁ、新宿で2時間半後の甲府発の上りの切符を買うってなかなかないかと。

帰りはキオスクの北海道フェアで売ってたサッポロクラシックを飲みながらまったり・・・と思ったのですが、さすが3連休、満席のグリーン車はちいさい子供の騒ぐ声、どこかの大学生がでかい声で延々と・・・

この臨時の前、スーパーあずさのグリーンとか自由席結構空いてました。甲府でどっと埋まるんだろうな・・・と思ったらグリーンは空席のまま発車。次は八王子なので、自販機の×印は何だったんだろう?八王子-新宿のグリーン利用とか。

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さて、カメラの点検。気になってたのがライブビューとファインダーでのピント合わせでピントリングの指標のずれ。なので、まずはD500と16-80と70-200の2本を点検に出しました。ライブビューはコントラストAF、ファインダーだと位相差AFでAFピント合わせの原理が違うので多少のズレはあるのでしょうが、何となく前ピンっぽかったので、その辺も合わせておすすめ点検パックをお願いしました。結果・・・

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まずはD500外観にキズがあるが、AF精度は良好。

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DX16-80、前ピン傾向で調整。

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70-200これもワイド側~中間で前ピン傾向で調整。

受付の時に「どちらのレンズでも前ピンっぽいので・・・」「ならカメラの側ですかねぇ」なんて話してたのですが、レンズが2本とも前ピンとは。意外な結果でした。考えてみたらカメラはミラーレス事件で一度きっちり点検調整してたんで、その後の使用頻度考えたらそんなに狂うものでもないかと。

総額8640円。カメラ3000円、レンズ2700円×2+消費税。ニッコールクラブだと割引ありなんだけど、年会費の方が高かったよなぁ・・・通常修理ならニコンイメージングプレミアムが通用するし。

さて、せっかくなので、近いうちにどこかに撮り鉄行ってこようかな。8月は何年ぶりかの鉄分薄め、道東飲んだくれ食い倒れをやるので・・・夏休み中に女満別往復のマイルタダ券ゲットっておいしすぎ。

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2018年7月14日 (土)

関電トロリーバス トロバスラストイヤー その2

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関電トロリーバスでゲットしてきた記念乗車券のレプリカ台紙です。これ、ホームページだと100型・200型・300型が揃って500円のように読み取れますが、実は1枚はリアル乗車券を買う必要があります。まぁ、ここに来て乗らないでこれだけ買って帰る人もいないでしょうから1枚だけなら空欄に自分が使った券を入れれば3枚揃いで問題ないのですが・・・2セット、3セットとなると、空欄が。100型の乗車券は6月末まで200型は7月・8月、300型が9月からのデザインなので、ガチ乗車券で揃えようと思ったら3回来ないといけないので、1回は実券、あとの2回はレプリカダミー券で形を整えるということになります。

で、自分が行ったのは6月30日だったのですが、すでに200型の乗車券になっていました。元々が昨年度のJR東の株主優待券の消化のための長野往復ですから期間内に買える最終日。乗変でさらに延長も考えたのですが、土曜授業日で動けない、3連休、夏休み突入でどうにもならないのでここで強行したわけで。

で、2セット買ったので、手元に200型の実券、あと1枚実券がないと隙間があるので、100型の片道子供券770円也を買って、100型・200型がそれぞれ入ってないセットを1つずつ買うという・・・これ、3枚ともダミー券にして1000円というバージョンがコレクターとしては欲しいですね。入っている2枚の券番は揃ってるんで、2セット合体させて100・200を実券300をダミー券にしてあります。300の実券のためにもう1回行く・・・のも何だかなぁと思いますが、他にも物欲を刺激するものがあるので多分行くだろうなぁ・・・

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で、これが表紙です。

続いて・・・

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これ。一人1回1セットなので袋開けて組み立てる勇気が(笑)

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組み立てて鉛筆を2本立てるとトロリーポールにというギミックが。これゲットするの体力勝負です。

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黒部ダムの9ヶ所のスタンプをコンプリートしなくてはいけません。が・・・階段の上り下り一体何百段あるんだ?遊覧船の乗り場まで遠いぞ・・・トロリーバス降りてから展望台レストハウスまで階段を延々と登り、それから特設会場まで延々と階段を下り、そして又登ってダムレストハウス・・・ダムを渡って湖畔を歩いてガルベ乗り場往復・・・これはしんどいです。

「オリジナルグッズ」がそもそも何もらえるかわからなかったんですが、トロバスグッズだったのは嬉しい誤算でした。これの組み立てる用にもう1個という物欲が・・・もう1回9ヶ所コンプはきついなぁ・・・

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扇沢駅の売店でおみやげとチョロQ買ったらコレもらいました。各所売店クレジットカード使えないところが多いですし、買ったものを持って歩くのも何なので最後にお買い物。5000円以上買うと駐車場の500円割引券、10000円以上だと1000円割引券もらえるので、100型300型の2個セットチョロQを開ける用と保存用の2セットでもう4000円。お土産お菓子を加えてあっけなく5000円超え。このカード4枚もらったんで、チョロQ1個に1枚か?と思ってしまいました。

で、そのチョロQ。

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1個ずつバラ売りしてるのですが、2個セットだとこういうパッケージになってます。バラすと・・・

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こんな感じです。300型の方にはトロバスラストイヤーの印刷が。

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まずは100型。トロリーポールはもちろん動きますので、上げた状態に。鉄軌道の鉄道チョロQと違って、無軌道バス型なのでタイヤがでかくても違和感ないですね。

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こちらは300型。

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2台並べるとこんな感じ。反対側は

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そして後ろから。

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やはりチョロQです。10円玉ウイリー仕様です・・・(笑)

久々に土曜日自宅でゆっくりしてます。さっき起きました。さて、たまってる洗濯と部屋の掃除と・・・暑いので外には出たくないなぁ・・・

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2018年7月12日 (木)

関電トロリーバス トロバスラストイヤー

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というわけで、先日関電トロリーバスに乗りに行ってきました。オンシーズンだと前日夕方から扇沢の駐車場で車中泊して、夜が白む前に切符売り場に並んで・・・という激混みなのですが、雪の大谷ウォークが終わった翌週だったので、超楽勝(笑)

とはいえ、深夜2時位に最上段の12時間1000円の駐車場に着いて、センター階段下のいい場所に車止めて車中泊。明るくなってくると寝ているのもつらいので、うろうろと人のいない様子を撮りまくり。

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駅の看板にトロリーバスって書いてありますが、来年からは電気バスって直すのかな?

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この看板も電気バスになるのでしょう。

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駅2階の改札前もこの通り無人です。

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朝6時位にシャッターが開いたのですが、改札口も無人です。始発まで1時間以上あるし・・・

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こんな記念撮影のお立ち台が。で、後ろはラストイヤーの写真展。

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で、映画「黒部の太陽」のポスターと石原裕次郎の記念プレートなども。

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改札脇にぶら下がっていたコレ。トロリーバスが「無軌条電車」つまりは鉄道の仲間であることを如実に表しています。

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運転台。一見するとバスなのですが、メーターに電圧とか電流とかあってそこは電車です。最前列を確保して前展望VTRセット。しまった、PLフィルター忘れた・・・トンネル内はガラスの反射が・・・

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定刻7:30に発車してわずか2分後、もうトンネルです。架線とアスファルトの違和感が何とも・・・

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破砕帯は青い照明になっています。

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長野県と富山県の県境通過。

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黒部ダム到着。4号車までありました。

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駅の出口のトンネルから。何せトンネル内なので、撮れるアングルは限られてます。黒部ダム-室堂往復は後日アップ・・・できるかな?黒部ダムでスタンプラリーして記念品・・・はものすごく疲れました。その辺の顛末はコレクション編で・・・

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帰りのバスは最後列に座って走行を撮ろうと思ったのですが、レンズが短い・・・16-80しか持っていかなかったので。とりあえず黒部ダム発車でこんな感じです。

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途中の信号所。いわゆる単線の線路ですからトンネルの中間点に行き違い設備があります。後ろのバスが追いついてきてある程度の大きさで撮れるトンネル内の数少ない場所。

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再び破砕帯を通って・・・左側、出水が今もしっかりと。

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扇沢に戻ってきました。トンネル内の湿度と温度で冷やされたバスの窓が一気に結露しています。

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こんな感じに並んで、黒部ダム行きが発車するとすぐに乗車ホームへ動いて行きます。

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架線。ちょっと見づらいですが、下の細い方がトロリーポールが接触する集電用のですね。

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トロリー部のアップ。上から撮れないのは仕方ないですね。俯瞰できる場所がありません。

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降車ホームから乗車ホームへ回送されていくトロリーバスの後ろ姿。架線柱と集電ポールはどう見ても鉄道、でも車体はバス・・・日本ではここと立山黒部貫光でしか見られない光景です。関電は11月30日で終了。来年からは電気バスになってしまいます。となると、鉄道ではなく、乗合自動車になるのですが、免許の書換というか、そのあたりの法的な手続きはどうなってるのかなぁ?とちょっと興味があります。

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この段階で午後1時くらいでした。腹がへったのでお約束のダムカレー。食堂待ち時間なし空席多数でした。

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2018年6月13日 (水)

近鉄特急

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鉄blogなのにトップがロキソニンってのも何なので、今更ながら正月の画像なぞ。

帰省したついでに撮ってきた近鉄特急。この色はいずれ消滅してしまうとか。初代・2代目・3代目とビスタカーのお世話になってきたので、この色こそ近鉄特急だと思うんですけどね。まだ新幹線が新大阪までしかなかった、ひかり号が超特急料金でこだま号が特急料金だった頃、新横浜から名古屋までこだま号、名古屋から大阪までビスタカーの2階、夜行の関西汽船で松山、防予汽船に乗り換えて・・・とじいさまの家に行ったものです。あいぼり丸、こばると丸、くれない丸は今でも忘れられない船ですね。くれない丸はロイヤルウイングで現役ですし。

で、話を戻して・・・アーバンライナー以前の近鉄特急って国鉄の「特別急行」の時代の香りを感じるんですよね。窓框とかの造形やカーテンとか。でもって名阪甲特急は長時間止まらないし。高校が近鉄沿線だったので名古屋駅で流れる特急発車メロディの「ドナウ川のさざ波」を毎日聴いてたし。まだビスタカー以前の特急格下げの吊り掛けクロスシート車とかもいたし。各駅停車しか止まらない高校の最寄り駅を爆走して駆け抜けていく特急専用車の近鉄特急は一般列車と共通運用されるパノラマカーの名鉄特急とは違った格式を感じたものです。もちろん、名鉄のパノラマカーも大好きな車両ですけどね。

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画面カツカツ望遠で鉄橋へ駆け上がってくるタイミングで。

お正月なので、伊勢神宮参拝客輸送の臨時特急が次々とやってきました。撮影地不案内なのと、伊勢より向こうは渋滞するのと、列車密度の濃さで、櫛田川の鉄橋脇で。

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うーん、この色、何か違和感が・・・

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しまかぜの時は薄曇り。

午前中、小一時間いただけでかなりな枚数を撮って、その後名松線へ行ったのでした。

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スマホにして2週間。慣れませんです。で、スマホにしたんならメールよりLINEにしてくれというリクエストが多数。確かにスマホでメールは使いにくい。imessageの方が操作が早くて楽。でもLINEの親会社はアレだし・・・そもそもこれ以上ネットでのつながりとかめんどくさいし。ただでさえプライベートと仕事両用で2台を使い分ける面倒くささもあるのに・・・と逡巡しているところです。電話帳データを抜かれるのは困るし。自動同期させない方法もあるらしいのですが、どこまで信じてよいのやら。携帯持って22年目ですから、アドレス帳も公私ともに相当数なので、データ管理には気を遣います。

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やまぐち号、C57に代わってD51で今月中は代走だとか。うーん、行きたいですねぇ。でも次の土曜日は学校授業日、その次はPTAイベントに合わせて吹奏楽部の練習、その次も出勤予定&成績で6月終了です。D51200は当分おあずけ・・・腰痛きつくて動きが緩慢になってるし無理して寝込んだらもっとシャレにならんし。

さて、楽譜書きに戻りますか・・・

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2018年6月 3日 (日)

腰痛爆裂

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 この前の土日、39℃の熱は出て寝込み、その前から調子が悪かった腰に激痛が・・・無理矢理1週間出勤して早帰り、帰りに温泉銭湯に通って・・・とやっていたのですが、いつもなら1~2日でどうにかなるのですが、今回はどうやっても痛いままだったのでさすがにヤバイ、もしかして他から来た腰痛か?と思って土曜日に病院へ。前の前の勤務校で防災宿泊訓練で床に寝て翌朝起き上がれなかった以来・・・カルテ見ると前回の通院は2007年。でまぁ、レントゲン撮って触診して・・・レントゲンは骨に加齢による劣化以外特に目立った異常は無く、内臓系でもなく、筋肉の炎症が主因でしょうということでこいつを処方されました。もうしばらく服薬しながら様子見です。

 次に土日続けて休めるのって夏休みまでないような気が・・JR西日本の株主優待券2枚は未使用のままコレクションとなりました。まぁ、ヲタデザインなんで1枚はコレクションしとこうと思ったんですが・・・東の株主優待券4枚は6月末の新幹線グリーンにしといたんで、適宜変更かな。4割引は大きいからなぁ・・・


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2018年5月21日 (月)

さよならガラケー

というわけで、どこまで頑張れるか粘っていたのですが、土曜の夜に台所で洗い桶に落として水没。

8年間、2度の外装交換を乗り越えて愛用してきたSH-07Bがついにご臨終となってしまいました。

だいぶ前に用水路にはまってSH906を水没させた時と同様、即電源外しして乾燥、何とか再起動できたのですが、充電回路かバッテリー回りがおかしくなったのか、電池レベルが変わらないです。SDカードの出し入れでバッテリーを外さなくてはならず、電源落としたら戻ってこないことも。その数少ない再起動できたところからアドレス帳とメールデータ、ブックマークデータなどをマイクロSDにバックアップ。

さて、どうするか迷いました。ケータイ補償サービスも考えたのですが、すでにガラケーの将来がないので、思い切ってスマホ2台持ちにすることに。SIMフリーのDSDS端末も考えたのですが、まだ日本では主流ではないので次の買い換えで様子を見ようかと・・・吹奏楽部の連絡メール用にスマホ1台・・・こっちをMVNOにしてしまおうか・・・とも思ったのですが、保護者にメアド設定変えてもらうのも大変なので、次の異動まで待ちですね。もう20年近く使ってるメインのキャリアメールは今更変えるわけにも行かず・・・

本当は運動会の代休使って・・・と思ってたのですが、日曜日にドコモショップへ。スマホでは2in1使えないので、別契約に分離しなくてはならないんで、それはドコモショップでしかできない・・・というわけで、行ってきました。

事情と現状の通信状況を説明して、端末と契約選んで・・・今とほとんど変わらない料金+端末分割代金・・・まぁ仕方ないですね。iphone8とXperiaにしましたです。でかいのは持ちたくないんで。ガラホも一瞬考えたのですが・・・これでルーターとipod touchが無用の長物かと思いきや、ルーターのデータ通信とセットにすると通信料が安くなるという事で温存してあります。音楽室のスタンドアロンのPCのアップデートは学校のネットワークにつなげられないので、こいつでやらないといかんので、データ量が必要なんですね。特にADOBE系のアップデートはギガ単位・・・

で、手続きに時間のかかることかかること・・・2 in 1のB番号を単独契約にして、まずはアンドロイドからセットアップ、1契約毎に義務づけられた全十数枚になる説明が・・・端末の頭金払う、で、2台目の主契約となるiphone8の契約とセットアップと同じ内容の説明全十数枚・・・担当の方、もうここ数年2 in 1の分離契約やったことなかったそうで、久しぶりです、だいぶ忘れてました・・・と言ってました。11時半頃に行って、終わったのが14時半頃。帰ってきて各種設定やって、まだこれからやらなきゃいけないことが山ほど・・・

うーん、iphoneにメールデータを移行するのがえらく大変だ・・・電話帳のグループ分けもicloud上でやり直しだし・・・その辺はアンドロイドの方が圧倒的に楽でした。融通が利くって言うのかな・・・

さて、疲れたのでとりあえず昼風呂に行ってこようっと。

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2018年5月 6日 (日)

祝典行進曲

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久しぶりのエントリーです。

だいぶ前に自分で買って持っていた團伊玖磨作曲の祝典行進曲。軍艦行進曲と共に日本を代表する行進曲の一つです。

当時皇太子だった明仁親王(今上天皇)と美智子妃(現皇后)のご成婚をお祝いして1959年に書かれた行進曲で、自分が現役の吹奏楽部員の時・・・約40年ほど前・・・に演奏したことがある曲です。楽曲はお二人の出会いが軽井沢のテニスということもあって、異なるモチーフを繰り返すことでテニスのラリーやお二人の会話をイメージさせられます。

表紙裏の作曲者の團伊玖磨自身の解説には

 皇太子殿下のご成婚の盛儀に際し、この行進曲を作り上げるよろこびは、私にとって、大きく、深く、且つ真面目なものでありました。
 行進曲は、古来健康的なものであるはずですが、我が国では、その歴史が常に軍隊と結びついていたために戦闘的な主題に限られたものが多く、躍動的な明るい行進曲が甚だ少なかったようです。
 平和な明るさを持ち、そして気品と格調の高い今の世の中の行進曲を作りたい。それは私の前々からの願いでした。戦争という暗い目的のための行進曲と異なるスタイルを創り上げるることが出来たとすれば、それは”お祝い”という希望が創らせてくれたのだと考えます。(原文ママ)

とあります。

ヨーロッパでの吹奏楽スタイルのルーツがトルコの軍楽隊メヘテルハーネへの対抗ということもあるし、管楽器、特に金管楽器は屋外のどこでも演奏できて、信号や合図にも使えるので進軍する軍と深く結びついていることを考えると、この解説は、先の大戦のあとの復興期ということもあって、いわゆる「進歩的な思想」と結びついているんだろうなぁという感じもします。

で、なんで今更?というと、平成最後となる運動会の入場行進曲にと思って練習を始めました。今の吹奏楽部なら人数も増えたし、技術的にも可能だと思うし、学校の周年などのお祝い事には必ず吹奏楽部が引っ張り出されるので、タイトルがタイトルだけにそういう時用の演奏曲にしてもよいか、ということで。実際に入学式や卒業式で定番演奏している学校もあるし。楽譜配って2日目には練習番号Cまでは通りました。まぁ、あと2週間でどうにかなるだろうという皮算用が・・・

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画像はコンデンススコア。ピアノで音とってあげるにはいいのですが、フルスコアがないのがつらかったので、昔、趣味で入力してあったレコポのデータをもとにフルスコアをつくりました。さらに、ホルンが「アルト in E♭」となってるので、「フレンチホルン in F」に直して浄書しないとという作業も。

ついでに子供に配る用のCDも作ったのですが、データの精査をしているとかなり楽譜表記に間違いが・・・スタッカートやアクセントなどが抜けてる位ならよいのですが、多分浄書の段階で移調楽器への移調を間違えてるとかシャープやフラットを落としてるとか、データを打ち込んで再生すると明らかな不協和音が・・・どう見てもおかしいのはコンデンススコアとにらめっこして修正しました。

さて、現物の楽譜ですが、絶版となってたのですが、今は音楽之友社でオンデマンド出版となっています。自分が持っているのにはお値段2500円とありますから、現在の税込み4536円って高いようですが、吹奏楽オリジナルの1万円超えの楽譜からするとけっこう安いよなぁ・・・と思います。今年、この曲演奏するバンドけっこうあるんじゃないかなぁ・・・

新祝典行進曲の楽譜もオンデマンドになってました・・・

GWは楽譜書きと温泉銭湯で終わったなぁ・・・さて、昼風呂行ってこようっと。

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2018年4月 1日 (日)

三江線

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昨日、三江線が最終日を迎えました。もう一度行きたいなぁ・・・と思いつつ、どうやっても時間のやりくりが付かず諦めモード。で、サクッと出てきた入場券。今年昭和93年ですから、32年前の入場券。

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で、もう1枚。何かいろが変ですが、この年の年末年始は山陰周遊券でうろうろしていたんです。

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今はなきワイド周遊券。A券ももちろん保存です。

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B券。思ったほど下車印を押していませんが、浜原と川戸、三次、江津といった三江線の下車印も。

で、当時どの列車に乗ったかというと・・・記憶にないので時刻表の昭和61年12月号の三江線のページ。

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この時は二度目の三江線。最初は夏に急行江の川で乗った記憶が・・・で、どの列車に乗ったか、分かる人は時刻表を見て分かると思います。カギは川戸駅の停車時間。入場券を買いに行ける停車時間があるのは1日1本だけ。江津13:30の331D。この列車だけ川戸駅に5分ほど停まります。対向の330Dは後着先発なので停車時間ほとんど無し。午前中の交換はほぼ同着発でこれも買い出し時間なし。なので、時刻表と残された入場券から乗った列車が割り出せたという次第。探せば旅の記録残ってるはずなんですが・・・何せ、チャレンジ20000キロやってた頃ですから。

で、この日付でピンと来る人、そうです。あのみやびの餘部橋梁からの転落事故の翌日です。山陰本線のダイヤがグダグダの中、乗り鉄を続行、木次線やら芸備線、姫新線、因美線など中国山地を彷徨っていました。

さて・・・このエントリーを事前に作ろうと思って久々にエプソンのGT-7600Sを動かしました。CANONの複合機が壊れてしまい、直すより買った方が安い・・・ので、単機能プリンタ買ってスキャナはSCSIで復活!と思ったら動いてくれません。VueScanでも動いてくれません。ググってもwindows10 64bitでエプソンのSCSI機を動かす実績がほとんどありません。USB機は古くてもドライバだませば・・・らしいのですが・・・その応用編で、EPSONのHP見るとwindows10 64bitで動くSCSIスキャナがあるじゃありませんか。ならばそのドライバを無理矢理ぶちこんでしまえばあるいは・・・

はい、人柱しました。

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イメージングデバイスの赤枠の中を拡大すると・・・

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はい。ES9000Hと表示されています。繋がってるのはGT7600Sですが、これでしっかり動いています。EPSON SCANでも動きます。ちなみにLS2000は前から動いてたのですが、FALLなんちゃらアップデートで認識するのに動かないので、署名カットでwin7ドライバ入れ直して動くようにしました。

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VueScanではちゃんとGT7600と出てきます。まぁ、動いてくれたので壊れるまで使い倒そうと思ってます。何をよりこのスキャナ、透過原稿ユニットが使えるのがポイント高くて、6×7とか6×6のポジはこれがないとスキャンできないので・・・

さて、明日から新学期。とりあえず寝ます。朝早く行ってやることあるし。

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2018年3月18日 (日)

第12回 青函連絡船講演会 終航30周年記念

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第12回青函連絡船講演会。今回は青函連絡船終航30周年企画でした。事前にNHK等で放送されたこともあり、東奥日報の記事では80名、ピーク時には100名を超える来場者でイスが足りない状況でした。

今回はオープニング+4部構成でした。まずは恒例の吉田さんの銅鑼です。13:30出航ですので、13:27頃に盛大にならしました。

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そして・・・「レッコーショアライン!」と同時にあの日の音と映像が。

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昭和63年3月13日17時。22便羊蹄丸、函館出航。乱舞する紙テープ、ほたるの光の大合唱・・・

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金色の夕日の中を船体を左に傾けて最後の航海へ・・・というオープニングでした。出航は各種ブザーや電鈴は現物を使って生演で、それに合わせて映像と音は別編集でDVDデッキとCDを同時操作でその場でミックスするという練習一回の超アナログな一発技でした。

さて、講演会本編です。まずは恒例の西沢キャプテンのお話。お題は「船長表札」

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今回はかなりコアなネタです。いつの頃からか連絡船には船長の表札が掲げてあったそうで、いつ頃からは調べても分からない・・・津軽丸型からだと思うが、通達や規定に全く記録がないので発祥は不明だそうで・・・一説によると飛行機の機長挨拶のような船長挨拶をしようにも挨拶できるのは出航して灯台交わした30分後くらい。深夜便だとお客さん寝てるからできないのでその代わりに・・・とか。

で、船長表札にまつわるエピソード。名札をみて訪ねてきた同級生とかお客さんとかいろいろなネタが。休暇で家族で乗ったのに船長表札が自分のままになってた・・・掛け替えるの忘れられてた・・・とか。

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表札は案内所の奥にぶら下げてあり、連絡船は1船に3組の乗組員チームなので、交代すると名札を掛け替えるため、船内に置いてあったそうで、代務で他の船に乗るときは名札を持って行って、お願いします、と渡していたとか。

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船長にも甲乙丙のランクがあって、青函連絡船は乙種でよいのですが、甲種免許を持つ人が多かったそうで、甲種船長と肩書きを付けていました。が、昭和58年に規定が変わって甲乙丙の種別でなくなった後も表札をそのまま使っていたら、お客さんからツッコまれてそれ以降、肩書きを船長としていたとのこと。

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新旧資格対照表ですが、○級海技士より船長、航海士の方がわかりやすいですよねぇ・・・

続いては渡邊機関長による船内電力の話です。

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機関長は制服がもう残っていないので・・・と言いながら濃い専門的な技術的な話です。直流・交流・3相交流の違いから発電機の原理といった基本的な話の後で、連絡船の発電機の話や操作法と続きます。

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さらに各種装置の話はそれがどう繋がっているか、どのような働きをしているかなど立て続けに図面を見せながらの解説です。

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複数の発電機を並列につないで使っている連絡船なので、それをどう起動していくかという手順です。手順2の揃速の機能は津軽丸には付いていなかったとか。スイッチを右回りに回して手順を進めていくことになります。

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でもって、こんなトラブルがあったというエピソードを披露して終わりとなりました。

休憩を挟んで第3部、飾り毛布実演の部

今回は上杉先生と吉田さんと森本さんの3人で。

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特に「鉄道連絡船の飾り毛布110年」というタイトルで、上杉先生が論文の中で鉄道博物館や日本郵船歴史博物館所蔵の写真を許可をいただいて使用したものの中から特に鉄道連絡船のものをピックアップし、それを実演で再現するという形でした。

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まずは初代青函連絡船比羅夫丸の特別室の写真に残る飾り毛布から。映像と実物を見比べて・・・

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稚泊連絡船亜庭丸の飾り毛布。

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画像は下段寝台のアップですが、何をイメージしているのかはよくわからないそうで、名前考えてください、と言っていました。折り方もこれで本当に合っているかどうか微妙ですが、これを折っていた人たちはもう生きていないので、直接聞くこともできないので研究します、とも。

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連絡船伝統の飾り毛布、「大輪」

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締めは松竹梅でおめでたく。

第4部は乗組員の皆さんが一人ずつ30年前の3月13日の思い出を語り、その後、最終22便乗客の私ら5人が当時のエピソードを語るというトークになりました。顔出しは・・・なし、と言いたいのですが、東奥日報さんのWEBに5人並んでる姿が・・・

事前に大神さんから何かしゃべれとかパネルディスカッションかパネルトークかという話があり、最終便戦友会にも伝えといて、できれば例の段ボールハウスを再現して欲しいなぁ(笑)というリクエストもついていました。で、会員番号(乗船名簿番号)1番のN氏に話したら、「段ボールハウスの再現だけはいやだ!」と断固として断られてしまったのですが、「この企画、あんた来ないとあかんでしょ!」「また○ちゃんねるで1番が・・・とか粘着されるからイヤだ」とかそれはまぁいろいろ葛藤の上、5人が前に立つことに。段取りが全然読めない上、最初は一人5分位しゃべって、あとは任せるから、と大神さんに振られたのですが、フリートークをする時間もなくなってたので、一人ずつしゃべって終わりとなりました。

実際出たとこ勝負でどうするか考えてなかったらしく、最終便組、どうする、何しゃべればいいんだ?とか困惑してましたが、いざマイクを持てば飲み屋で思い出話を語る勢いで出るわ出るわお互いにツッコミしながらトークが進み、客席からも笑いが。失笑とも言うかな?と思いましたが、30年経っても色あせない当時のリアルエピソードは今となっては青春の思い出そのものですね。何せ、図書室にある「昭和の写真集」みたいな図鑑に自分たちが写ってるわけですから。歴史のページの立会人・・・

さて、今回の展示品。まずは持ってくる度にグレードアップするkeiichiさんの十和田丸+青森桟橋

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えぇっと、前回は桟橋には電気がなかったような・・・右手前のパネルは摩周丸の中の模型のほとんどを手がけた方の奥さんが持参されたもの。奥は羊蹄丸A組作成の横断幕。

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うーん、これはすごすぎ。雰囲気ありすぎです。

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「今、栄光の航跡をきざんでいます」の横断幕、「行ってらっしゃい」とか他のバリエーションも用意してありましたが、やっぱりコレかな。keiichiさん曰く、船よりも周りの建物のディティールが気になってしょうが無いと後の飲み会で言ってました。

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続いては展示ケースその1。船長表札に各種記念品、羊蹄丸の航海日誌の最終航海のページ、鈴木船長へ手渡したメッセージノート。ログブックの上の乗組員集合写真は私のコレクションから。

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灰皿とかレリーフとか重厚なものが多いです。

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左ページは22便の記録。右ページは回送の5005便。

5005便のページには

The old soldier will never speak anything, but the only thing he can do is just fading away.
老兵は何も語らず、唯消え去るのみ

と書かれています。

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展示ケースその2。奥の方は西沢キャプテンを始めとする船員免許や大西さんの無線免許、本籍地とか生年月日とかそのまま出してましたけどいいのかな?

左手前が引継簿、右側が発電機関係の資料。引継簿を押さえてる温度計文鎮と羊蹄丸就航記念カードは自分のです。

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引継簿。3月13日のページ。下が羊蹄丸、上が檜山丸もの。羊蹄丸は22便の前の3便のページですが、

航海甲板左舷側に支店から支給された「さよなら青函連絡船」の横断幕、掲示してあります。青森着岸後取り外して下さい。

○○(判読できない)作った「さよなら羊蹄丸」「永い間ありがとうございました」の横断幕2枚は函館出航後すぐ外して下さい。そしてB組乗組員全員でサインを書いて下さい。22便終了後保管してください。(この順序かはちょっと不明です)

とあります。ハンコが小玉さんなので、例の横断幕の指示が書かれています。

これ、講演会の途中で檜山丸のページがめくれて11日が見えていたのですが、そこには「青函トンネル爆破の予告あり・・・」との記載が。写真撮るの忘れた・・・

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ガラスケース3つ目。左上の感謝状は段ボールハウス先頭のN氏が函館駅長からいただいたもの。全文手書きです。

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報道で名前バレバレですが、本人の希望で名前はモザイクで。乗船証明書は自分も持って行きましたが、ここはN氏のもので。

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左下、青森→青森の3月13日だけしか使えない切符。津軽・海峡・江差・函館・青函航路の順の1周切符。その横、物品有料持込切符。自転車の持込切符です。ラーメン食って案内所に行ったら硬券で残ってるのがコレだけだったという・・・

他、22便スタンプ、ラーメンのレシートなぜか日付が3/14、郵便局の消印、22便乗船名簿のコピーと20便は現物。先のログブックに名前がある福原さんに書いてもらった乗船証明、右上の写真集はH氏が持ってきたもので、段ボールハウスの様相が。

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右上の袋は最終便とその前の臨時便の乗客に配られた記念品の入っていた袋。ファイブミニ発売でスポンサーになっていたのでしょう、中には乗船証明書とJRHOKKAIDOの冊子、ファイブミニが入っていました。袋の両面にありがとう青函連絡船のステッカーが貼ってあったので、片面ははがして当時使用していた銀箱に、あとはそのまま保存しておきました。O氏は袋ボロボロになったのでステッカーだけ切って残しておいたとか。H氏ははがしてアルバムにとかそれぞれですが、ステッカーはみんな何らかの形で残しているようです。

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4つ目のケース。オレンジカード・テレフォンカードはblogにコメントしてくださるkokubu氏からいただいたもの。自分もかなりな量を持っているのですが、保管袋をしまい込んでしまって再発掘できなかった・・・弘済会のマッチ、船内で売っていたキーホルダー、あの日、かなりの人がお土産やグッズを入れて持ち歩いていた紙袋・・・

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続いて壁面展示。これ、場所が狭くて後で移動し、その後にH氏の写真が追加・・・の方は撮ってなかった。

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壁面展示のトップに段ボールハウスの先頭部。種々雑多な段ボールは函館朝市のもの。先頭はウナギの寝床、中間部は豪華壁屋根ドア付き、函館朝市の段ボールが払底し、近隣の商店からガムテープが全て売り切れ・・・後ろへ行くと床に新聞紙を貼って番号・住所・氏名を書いて場所とり主張・・・寒さ対策は新聞紙・・・船から投げる紙テープも売り切れ御礼・・・

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各新聞の記事。

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そして、行列の先頭の看板。

講演会後、約30人で盛大な宴会となりました。青森から葛西機関長もいらしていて、久々にお会いできました。30年という年は経っても変わらない思い、新しい人との出会い、そういったものをもたらしてくれる青函連絡船。安田さんが「50周年もやるぞ」と言っていましたが、えぇっと、皆さん年いくつになってるんでしょ?大学生だった自分が定年まで一桁の年数になっているほど30年という年月は長いんだ・・・と実感した日でもありました。

みなさま、ありがとうございました。

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2018年3月13日 (火)

連絡船終航 あれから30年

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3月13日。特別な日です。今から30年前、昭和63年3月13日。青函連絡船終航の日。22便羊蹄丸は17時に函館を出港しました。今でも鮮明な記憶と思い出。そして10年前に再会した仲間、新しい出会い・・・連絡船がもたらしてくれたものです。

そろそろ連絡船コレクションもネタが尽きてきました。画像は我が家の秘蔵コレクションの一つ。17日の講演会に持って行きます。

羊蹄丸函館出航時刻にタイマーアップです。

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