2019年9月18日 (水)

31年目の9月18日/鉄道博物館青函連絡船イベント

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というわけで、9月18日、31年目の連絡船最後の日です。画像は連絡船の乗船記念カードというか、けっこうでかい絵馬みたいなものです。いつ頃もらったんだろうなぁ・・・物の整理が悪くて古い物は段ボール箱の肥やしになってるんで。この画像もだいぶ前にスキャンして使わないままHDDの肥やしになってました。裏面は・・・

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解説です。30年以上経っても思い出は鮮明なまま、連絡船に惹かれて集まる仲間とのひとときはあの頃へのタイムスリップの旅です。で、すでに知り合いのblogや本家本元でも告知されていますが、月末に鉄道博物館でスペシャルイベントが開催されます。

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この2日間、例によって自分もスタッフしに行きます。今回はスペシャルというだけあって、内容濃いです。前回はkeiichiさんの1/80十和田丸の周りを紙ものコレクションで囲みましたが、今回もコレクション持参予定です。それ以外に、食堂車展の方に連絡船の船内食堂伝票とかマッチなどを頼まれて展示用に預けてありますが、こちらは展示されてるかな?

3便羊蹄丸函館着・4便十和田丸青森着の18:05にタイマーアップです。

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2019年8月18日 (日)

戦時下の勝浦沖に沈んだまぼろしの青函連絡船「第九青函丸」講演会@勝浦市平和展

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というわけで、安田さんの講演会に行ってきました。内容は前回の船の科学館での講演会とほぼ同じですが、「勝浦」と「平和展」なので、内容の軸足をそちらに合わせてありました。

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講演会に先立って、第九青函丸のイラスト原画を作者の髙橋さんから勝浦市へ寄贈のセレモニー。アニメのセル画みたいな感じになっていました。

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で、連絡船小史、戦時標準船、第九青函丸の建造、回航、遭難と約1時間ほど話が進みます。戦時下、軍馬軍犬軍鳩の下に軍属船員があたりのエピソードが濃いめだったのは「平和展」だからでしょうね。勝浦での救助作業についてはご当地だけに前回より詳しくなっていました。

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最後に、このようにまとめて1時間45分の講演が終わりました。

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予定では90分・・・でしたが、大神さん曰く「初めて予定通りに終わった」・・・え?・・・まぁ、船館だとふつうに予定の1時間オーバーとかだから15分は誤差の内・・・?

で、ロビーにはこのような展示というか掲示が。

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この後、餘家清氏による「わが国のレーダーの原点:勝浦」というお題のこれまたマニアには楽しい講演がありました。海軍の錨のマークがついた11電探に使われた真空管とかよくぞまぁ残っていたもんだと・・・

挨拶も早々にお帰りモードで失礼をしてしまいましたが、現地でお会いした皆様、ありがとうございました。

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現地入りをどうしようか迷っていたのですが、14日に所用で名古屋実家日帰り隙間の時間で御朱印、15日は恒例の靖国神社早朝参拝と御朱印とかやって疲れていたのに、16日の夜飲みに行ってしまい、朝起きたらへろへろ。それでもいつもの出勤の時刻に目がさめるあたり、悲しい習性かと・・・とりあえず朝風呂して残っていたアルコールと飲み屋の臭いを落としました。

で、東京駅9時のわかしお3号で勝浦入り。始発だから自由席でいいや・・・指定席は満席だけど自由席はスカスカ。せっかく行くからっていうので調べておいた滝口神社、いいあんばいの時間でバスで往復、帰りのバスを勝浦四角で降りてビッグひな祭りでおなじみの遠見崎神社まで歩き、根性で階段を登ってお参りし、御朱印をいただき、昼飯にかつおを食べて市役所へ。帰りは東京駅を歩くのがイヤなので臨時の新宿わかしお16:43勝浦発を狙っていたのですが・・・16時までと言ったら時間通りに終わるはずというお役所の掟と思ったのですが、役所は17:15まで開いてるので・・・そうか、延長可の設定だったか・・・市役所を出たのが16:20。終バスは15:33、タクシーもいません。えぇ、歩きました。約1.5キロ。改札を通ったのが16:41。滑り込みセーフでした。時間が読めなかったので事前に特急券買ってなかったのでsuicaで入場、自由席に楽勝で座れたので、車内で特急券買って爆睡モードでした。14日・15日の顛末は後日。

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2019年8月 8日 (木)

黒部ダム関電電気バス&安曇野御朱印巡り

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というわけで、今更ながら6月の黒部ダム関電電気バスのネタ。JR東の株主優待券消化です。去年も同じ事トロリーバスでやってたな。

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6月15日土曜日。土曜授業日。吹奏楽の練習やって地域教育連絡協議会やって学校を出たのが16時半過ぎ。で、長野についてレンタカー屋が20時までなので滑り込みで。ちょっと遠いのですがタイムズだと17時から前夜サービスなので実質12時間料金。

で、市内のスーパー銭湯入ってから扇沢でクルマルヨ・・・の予定でしたが、天気極悪、疲れてるし・・・で検索すると黒部ロイヤルホテルがツインのシングルユース、朝飯付きで1諭吉以下。この天気なら駐車場満車の心配ないし、即ポチッとな・・・で食料調達して22時頃到着。

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まぁ、普通に泊まると高いし、プランよりアップグレードされた部屋になってました。とりあえず温泉入って、夜食食って、ノーパソを枕トップにして楽譜書きの続き・・・で意識が飛んでそのまま寝てました。朝風呂入って飯食って・・・天気悪いのでのんびり出発。

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正面から一応。扇沢まですぐです。駐車場は最上段ガラ空き。で、係の人から「雨と風が強くて雪の大谷ウォークとかイベント全部中止、ガルベもロープウエーも動いてないよ」と言われましたです。まぁ、目的が電気バスなので問題ありません。

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のりばの表示はトロリーバスから電気バスに変わってました。で、1枚目の画像となるわけです。気になる充電スポットはこんなんです。

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到着すると充電用パンタグラフがあがります。折り返し時間で急速充電です。架線はほとんど撤去されていました。

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で、サクッと乗って黒部ダム到着。結構混んでました。こんな天気でも観光バスはしっかり来てますし、ツアーは実施ですからねぇ。_dsg3647

観光放水の期間外なので黒部ダムはこんな感じです。さて、今回もスタンプラリーがあります。回るポイントは前回と同じなのですが、大雨と強風で下の方の特設ステージは閉鎖、ガルベも運休・・・なので、その2ヶ所はパスでOK。となるとめっちゃ楽です。全部回っても30分かかりません。レストハウスに向かうためにトンネルから外へ出るとたたきつけるような雨と強風で・・・ダムカードもらって、スタンプ押して・・・あっという間にずぶ濡れです。ひしゃげたビニール傘が何本もダムの上を風に吹かれて彷徨ってました。

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はい、6月16日は荒天でこれでコンプリート扱いです。スタンプのにじみとズレが天気の悪さを物語ってます。何せ、外に置いてあるのもあるので、台紙が濡れないように押すのが精一杯。景品は前回がトロリーバスの組み立てペン立てだったので今回は多分電気バスだろうと思ったらビンゴでした。

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黒部ダムへ向かうトンネルの中の表示。長野方面は緑、富山方面は青で統一されています。

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電気バスの運転台。最前列のヲタシートがなくなっていたので、帰りは1号車に乗って前展望を撮影。

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途中の信号所。よく見ると架線が残っています。トンネル内のかなりの部分で架線が残ったままになっています。

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トンネルとシェッドを出て、扇沢到着前の明かり区間です。架線がそのまま残っています。_dsg3680

この辺り、トロリーバスのままのようですが、カーブの先で架線がなくなっています。

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扇沢に到着です。ここはきれいに架線がなくなっています。

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架線柱は残っています。

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で、出発ホームへ。この辺りの動きは変わっていません。最終号車は関電のマークを表示して走行しているようです。

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記念のバスカード。特定の日は無料配布ですが、記念切符台紙にはデフォルトでついています。

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電気バスのデビュー記念台紙。切符は自分が使ったものを収納します。前回のトロリーの台紙と同じです。

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黒部ダムのパンフ。電気バスの面です。で、所期の目的は果たし、レンタカー返すまで時間があるので、御朱印巡りへ。

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穂高神社。ここまで降りてくると天気が回復してきています。

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続いて鈿女神社。神社に行くと、近所のガソリンスタンドで御朱印やってますとのこと。

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行ってみると事務所に鈿女神社事務所の木札。「なぜガソスタ?」と尋ねると「先代の社長が氏子総代だったんで・・・」ということらしいです。本業のガソスタのお客さんの合間を縫って頂きました。お札とか領布品が飾られているガソスタ事務所、なかなか面白かったです。

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続いて有明山神社。

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でもって信濃大町の若一王子神社。近所の竃神社の御朱印も合わせて頂きます。竃神社の写真撮るの忘れてた。

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三重塔もあります。本殿右に観音様もあります。

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で、時間も時間なので信濃大町から長野方面へ向かって走ると正面の山の上に神社が。しかも車で上がれそう。ダメ元で行ってみたら・・・

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戴神社。上がっていくと・・・

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下の石段を上がると禊の為の茅の輪。さらに石段を上がって参拝、賽銭を入れようとしたら中から宮司さんが手招きをしています。何でも例大祭で各地区の氏子さん集まってるから一緒に・・・で通常は入れないところに上げて頂き、参拝。そのまま御神酒で献杯ですが、車なので形だけにしていただき、由来などのお話を。これまで参道の階段が木に覆われて神社がある事自体分からない状態だったので、今年伐採したらこんなに眺めがよくなって・・・なんて話も。「通りがかりのよそ者なのによいのですか?」「これも何かの縁ですから・・・」というわけで小一時間ご一緒させていただきました。

で、さらに通りがかりの小川村の小川神社。

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こちらは例大祭が終わった直後で、訊いてみると御朱印いただけるとのこと。すでに宮司さんも氏子さんも出来上がっていてお納めは賽銭箱にとのことなので、改めて茅の輪くぐって参拝。

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で、レンタカーを返してお帰りモードになりました。

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帰りはこちら。予定より1本早いはくたかで。

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2019年7月21日 (日)

夏休み!

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本日投票に行ってまいりました。世間的には学校は夏休みですが、明日から吹奏楽部の練習にプール当番に研修、日直・・・で実質お盆の10日くらいしか休めません。えぇ、文科省の働き方改革で学校閉庁日ってのが設定されて、今更ながら留守電対応工事。研修や会議減らせって言っても各種報告書に調査、今日の明日みたいなのが次々と・・・議会対応で教育委員会が答弁するための仕事のための仕事。まぁ議員も教育問題を突っついてれば仕事をしてるイメージできるし、教員は定額働かせ放題なんであれやれこれやれっていくらでも言えるし・・・てなわけで1学期、 ヘロヘロで終わりましたです。教務主任と書いて「ざつようがかり」「だれがやるかわからないしごとがかり」「とりあえずやっといてがかり」・・・それもオレの仕事かい!?みたいに次々と・・・本務の音楽は合唱・合奏・吹奏楽合わせて7曲書いたし。夏休み中にあと2曲くらい書かないといけないし・・・今年の夏休みは遠出はできそうにありません。

で、かなり昔のネタですが・・・前のエントリーで羽田にエアフォース1を撮りに行った翌日、運動会の代休日。通院の予約してたのですが、思ったより早く終わったのでそういや横須賀にかが来てたっけ・・・と思い立って出かけましたです。

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まずはここへ。先客数名&地元の自治会さんとTBS取材陣。自治会長さん、よくこんなところ知ってるよなぁと驚いてました。で、あっちの山の上からもよく見える、昔は砲台があって・・・としばし歓談。じいさんがヴェルニー公園に主砲が置いてある陸奥の引き揚げ事業やってた議員で・・・なんて話をしてたら、インタビューをお願いされたのですが、立場上ちょっと・・・でお断りしました。が、この写真撮ってるところ、VTRに撮られてたのですが、ニュースで使われたのでしょうか?

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で、ヴェルニー公園から。

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陸奥の主砲と一緒に。人がはけるまで結構待ちました。で、この後羽田へ。

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うーん、飛んでいくの撮りたかったな。

6月にJR東日本の株主優待券消化試合で黒部ダムの電気バスに行ってきたのは別エントリーで。

さて、明日はプール当番。寝ます。

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2019年5月26日 (日)

エアフォースワン@羽田

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というわけで、コレ撮りに羽田に行ってきました。このところ超忙しく、世間と隔離された生活をしてまして、 てっきり横田に来るもんだとばかり思ってました。というのも、校舎改築中ですので、昨日が羽田近くの中学校の校庭を借りて運動会で、練習も校庭を借りたのですが、1週間警官など警備がまったくないという・・・数年前の伊勢志摩サミットお帰り日が運動会のリハーサル日で、学校の周りが警官だらけだった記憶からこりゃ横田だなぁ・・・と思ってニュースチェックもしてませんでした。で、後で羽田に降りた、しかも時間的に駆けつけたら間に合ったという・・・機材一式持ってたんでよけいにあっちゃぁ~でした。

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で、こちらはお供のC32A 90015。手前の燃料輸送トラックは横田からでも持ってきたんでしょうか。

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アップにしてみるとかなりごっついですね。いかにもアメリカン。映画に出てきそうです。この3枚は午後になって陽が回ってから改めてP3に行って撮ったもの。

朝9時くらいにいつもの空旅氏と羽田P3の6階で合流。7階は炎天下・・・横田にもってくかも?なら離陸が撮れるかなぁ?待機する?とか情報がなくグダグダしてたら51番にソラシド登場。朝はここは半逆光なので行きました撮りましたをして、とりあえず朝飯。2タミのうどん屋で朝からビール。

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2タミ展望デッキに上がって・・・暑い・・・あと20分位でルフトのA340が降りてくる時間・・・でランチェン。ということは多分Dラン・・・じゃしょうが無いんで、インターに移動。タキシングを・・・ですが、もやもやもやもや・・・

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こんな感じです。これまた暑い・・・運動会の疲れと夕べのビールと朝のビールと・・・次に降りてくるルフトの747が復刻塗装なら頑張ったのですが、ノーマルとわかり、撤退。もう一度P3に戻って陽が回ったところで最初の3枚撮ってると見慣れない塗装の機体が。

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A330-200 陽炎でもやもやの中、かろうじて読めたレジVP-CKQ Bラン降りて右へ曲がっていつもカンタスの747が止まってる前を通過して・・・何者?ということで1タミに移動してガリバーズデッキに登って止まってる場所確認・・・するまでもなく工事の土山の向こう側。ということは京浜島か森ヶ崎公園か・・・とりあえず移動しよう、撮ってからビール・・・ということでエスカレーターに乗って・・・目の前にビールとつまみ5品1600円・・・まぁ、あんなところまで移動して駐機ならすぐは飛ばないだろ・・・とそのまま1タミで飲み始め・・・小一時間。さて、高さのある森ヶ崎公園に行ってみるかぁ・・・ついたらもういませんでした(苦笑)そのままバスでお帰りモードに。飲んだビールと暑さで撃沈睡眠モードになりました。

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ちなみに、森ヶ崎公園の遊具の隙間からはBランに降りてくるのがこんな感じで。APSで500ミリ以上必須です。

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2019年5月 1日 (水)

奉祝 天皇陛下即位 令和初日御朱印めぐり

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というわけで、行ってきました。令和初日、御朱印巡り。まずはここ、明治神宮。昨日、平成最後の御朱印をいただき、今日、令和最初の御朱印をいただいて、並べました。

昨日の反省をもとに、始発電車・・・が3番電車になって、歩く距離が短くてすむ代々木から行ったのですが、6時の段階で100メートルはあろうかという行列。サクッと参拝して、列に並びます。あれよあれよという間に列がのび、後ろが分からなくなりました。TBSが「列が続いています、後ろがどうなっているかわかりません・・・」とかアナウンサーが言いながらカメラと一緒に後ろの方へ走っていきました。多分写ってるな。

そうこうするうちに、7時開始の予定が6:30に始まり、列が密集していなかくて進み方が早かったことと、昨日の反省からか書き込む人を大幅増強したためか7時には御朱印をいただくことができました。

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はい、このような並びになりました。左側のページを空けておいて、昨日今日の並びを用意している方が結構いたのですが、自分は行った順にページを使うようにしているので・・・予定が読めないし、左ページが空白のままになってしまうのもどうかというわけで、この並びだけとなりました。

さて、次は靖国神社。市ヶ谷の駅から歩く・・・と思ったらバスが来たので乗ってしまいました。7:30頃に到着。並んでいる人、ほとんどいなくて、あっという間に御朱印をいただけました。

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そして東京大神宮へ。この3社は昨日平成最後の御朱印をいただいているので、その順番で回りたかったというわけで。

8時ちょっと前に到着。東京大神宮の参拝も待ちなし。ですが、御朱印は9時からということで、列に並びます。ざっと見て自分は50番くらいなので、昨日の時間からすると、9:30頃かなぁ・・・東京タワー大神宮の御朱印領布は微妙かな・・・なんて思っていると列がものすごい勢いで伸びて、神社の外まで・・・混雑に耐えきれなくなったのか、8:40受け付け開始。9時前にはいただくことができました。

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併せて、限定書き置きの飯富稲荷神社の御朱印。

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芸事上達祈願ですから、当然いただきます。

で、飯田橋駅へ向かおうと神社を出ると・・・何と、飯田橋駅方向へ道路に長い行列が・・・

さて、次はどうしようか・・・とりあえず、六本木の出雲大社東京分祠へ。飯田橋-千駄ヶ谷-国立競技場前-六本木で乗り換えも地下鉄出口もまぁ、遠いこと・・・で、着いてみる待っている人ほとんどいません。拍子抜けです。

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待ちなしで御朱印をいただき、乃木坂駅まで歩いて赤坂へ。日枝神社はさすがに混んでました。受付まで45分、その後、できあがるまで30分。引き替え番号がランダムに渡されているので、できたのを渡すのにも時間がかかる・・・自分の前後にいた人は呼ばれてるのに自分は呼ばれない・・・横で見ていて、自分の番号のができあがり箱にあるのを発見。知らん顔して引き替えてきました。

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で、ここから全力で徒歩です。東京タワーの混雑状況、待ち時間---と出ていたので、もしかして・・・電車乗って、歩いてってたかだか2キロ弱、その先の芝大神宮まで歩いても3キロ。1時間はかかりません。えぇいっと歩きました。目指せ東京タワー!で着いてみると人人人・・・こりゃ待ち時間---は収拾つきません、だな、でスルーして芝大神宮へ。あっさり参拝ですが、各参拝者毎にお祓いをしてくれるのが嬉しいですねぇ・・・ですが、今日の御朱印は書き置き。5月までしかないのですが、改元初日ならではの祈願印で1日とわかります。

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で、ここで都心部終了。地元大田区モードに入ります。大門から都営浅草線でまずは蒲田で降りて近所の3社を巡ってからまた電車に乗って羽田神社へ。大鳥居で降りてひたすら歩きます。

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お隣の富士山塚もセットで。人は少ないのですが、書き手も少ないので待つことしばし。で、蒲田へ戻ります。というのも時間帯が限られているので・・・残りの3社を巡ってから蒲田八幡神社で6社の御朱印をまとめて頂きます。

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待っている間に昼ご飯。が、けっこうな人いたのですが、これ、15分位でできたので、予想外に早かったです。

で、改めて穴守稲荷神社へ電車で。

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こちらも人がおらず、待ちなしで、奥宮と一緒にいただきました。

さて、予定よりはやかったので、気になってたところへ。あるのは知っていたのですが、ネットではほんの数例、例大祭以外の御朱印を見たことありません。浦守稲荷神社。

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たまたま人がいたので、お願いしたところ快くいただくことができました。さらに歩いて

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大森の貴舩神社。この辺りで15時。池上本門寺が16時までなので、ここでそちらへ向かいます。

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待つこと30分。令和の由来まで書き記されたいつになく文字の密度が濃い池上本門寺。この後、いつもセットでいただいている日蓮入滅の地、大坊本行寺へ。

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こちらもこれまでと違うパターンのものでした。これで終了。雨も降ってきたので帰宅。汗だくで疲れたので風呂入ってビールです。

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そして、「ようこそ令和」の切符。

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そのご案内。いやぁ、歩いた1日だったなぁ・・・・

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2019年4月30日 (火)

平成最後の日に

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というわけで、平成最後の日、残り3ページとなった御朱印帳を埋めるのと次の御朱印帳を所望しに行ってきました。

どこに行こうかと思ったのですが、今回は陛下の退位に伴う改元なので、令和最初の御朱印帳は明治神宮、伊勢神宮で所望した御朱印帳の最後は伊勢神宮東京遙拝所の東京大神宮、ということにして、明治神宮、靖国神社、東京大神宮の3社で昼過ぎくらいで何とかなるかなぁ・・・と思っていたのですが、世の中をナメてました。

10時半頃に原宿駅から明治神宮の参道を歩いていると、左に曲がって大鳥居・・・の辺りに行列が。何コレ?と思って、大鳥居をくぐって参拝コースを進むと、社殿方面に右に曲がる手前辺りで「御朱印の列です。時間がどれだけかかるかわかりません・・・」とハンドマイク持ってる警備員が。とりあえず参拝して、通常御朱印をいただく神楽殿側から偵察に・・・そこからぐるーっと回って参道、参集殿、大鳥居、ざっと300メートルはあろうかという行列。今日の御朱印は神楽殿ではなく、向かいの授与所の中の特設会場。手水舎辺りの人が先頭は朝6:30頃に・・・と言っているのが聞こえてきました。

で、並んだのが10:45。スマホで時間つぶしを・・・と思ったらバッテリーが・・・モバイルバッテリー持ってくるの忘れた・・・で、御朱印をいただけたのが13:20頃。朱印押しと書くのを分業流れ作業でした。

その後、代々木から電車で市ヶ谷へ。靖国神社に着いたのが13:45頃。参拝はそれほどかかりませんでしたが、これまたぐねぐね行列と昇殿受付の入口前まで人が並んでます。参拝してから列に並ぶこと30分、出てくるのを待つこと15分ほどでいただけました。

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この前、紀元節の時にはなかった創立150年の印が。さて、この後は歩いて東京大神宮へ。

さて、東京大神宮、参拝は結構並んでましたが、それなりにスムーズ。で、御朱印は駐車場にぐねぐね列が。その際に130番台辺りを呼び出してました。で、自分の直前でピンクの300番が終わって青い番号カードに。・・・って事は150人は待っているということに・・・5分おきくらいに5~6人、多くて10人くらいの番号を呼び出していたのですが、待つこと約1時間ほど。

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うーん、疲れました。で、明治神宮で新しい御朱印帳を所望しました。

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その最初のページ。まっさらでも最初のお書き入れがあっても初穂料は1000円です。書き置きではあるのですが、「奉拝」と「年月日」だけで、後は手書きと印も生です。雨も降っていたし、真っさらのを所望できるような状況ではなかったので、ま、これでもよいかと。

明日、この次のページに「令和」初日の明治神宮の御朱印、以後、行けるだけいろいろ行ってみようかと。大手の神社は混むだろうなぁ・・・明治神宮をいかに早く脱出できるか、がカギかな。レアなところで東京タワー大神宮の個人向け御朱印領布とかあるし。今日行った靖国神社と東京大神宮は行こうかと思ってますが、あとはどうなることやら出たとこ勝負。地元大田区の神社も行きたいし。

で、駅で見かけたこんな切符。

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都区内パススペシャルバージョン。指定券券売機のみこれが発券できるわけです。明日からは「こんにちは令和」というタイトルがつきます。切符そのものもそうですが、ご案内が1枚多いです。

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通常は「フリーエリア内は・・・」とかお約束の記載で1枚のはずが、もう1枚ついているという。しかも切符は西暦表示になってるのにわざわざ平成31年と断り書きを入れてるあたり・・・つられて買ってしまう自分も何ですが・・・

さて、疲れたから風呂入って寝よう。明日は気合いの早起きだ。

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追記:コレ書いてからアップのつもりが保存間違えた。

昭和の終わった日は、アルバイトに出勤したらみんながテレビの前に。昭和帝の崩御ということで自粛ムード、歌舞音曲は・・・

平成2年に就職、担任から音楽専科にシフト、勤続30年、気がつけば定年が見えてくる年になりました。就職した頃は文字が1つずつ出てくるパソコン通信、音響カプラーやらISDNモデムを持って歩いて旅先の公衆電話からメールやBBSのチェックしていたのが、携帯電話に繋いでできるようになり、あれよあれよという間にスマホで高速通信、バック・トゥ・ザ・フューチャーで描かれた未来を通り過ぎて・・・実現したこと、実現しないこといろいろありますけど、ネット環境ほど劇的に変わったものはないでしょうねぇ。

そうは言っても、社会的にはバブル崩壊して長い不景気に災害が続いて・・・大変な時代だったと思います。改元は災厄が続いたときなど時の帝が人心一新、新時代がよくなることを祈念してということもあり・・・

そんなことを思うと、陛下が崩御される前に皇位を退かれ、元号が変わる、時代が変わる、という明るさを期待するような雰囲気が漂う今日は、時代の大晦日とでも言えるでしょうねぇ。今日は昨日の、明日は今日の延長にある。徒然草にある「かくて明けゆく空の気色、昨日にかはりたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。」まさにそんな気がします。明日からの令和の新時代が明るいものになるとよいなぁと思っています。

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2019年3月30日 (土)

第14回 青函連絡船講演会 その2

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というわけで、PART2。安田さん渾身の作、第九青函丸。
竣工からわずか2ヶ月のまぼろしの青函連絡船。その生涯をたどる・・・
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このネタ、戦時標準船って何?というのを分かってないと何のことやらさっぱり・・・で、そのベースにある国家総動員法とか軍令部とか海軍とか、その辺りの知識が多少なりともないと理解が苦しいかと・・・さらに優秀船舶建造助成施設とかそれで新田丸が特設空母沖鷹に改造されたとか先の大戦の後大洋航路の客船で残っていたのは病院船になっていた氷川丸だけだったとか、そういった戦時の客船、商船の知識も必要かと・・・思っちゃったりします。さて・・・
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今回の元となった資料の一部。著作権とか旧軍関係など様々な制約で資料が開示されない、されても公にできないものも。
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その中でも船務部長の吉澤氏の直筆原稿は現物が登場。大神さんと親しくしており、書かれた当時、大神さんが各所にコピーを配り、引用されまくっているとか。
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でもって、様々な記録に潜水艦による撃沈とか航空機による攻撃とか書かれています。これは戦時造船史。海軍艦政本部の技術少佐の著書です。
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こちらは鉄道友の会の英文表記。航空機による爆撃と書かれています。
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で、第十二青函丸までの貨車航走史。
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第三青函丸と第四青函丸は戦前の設計・・・
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すでに日中戦争が始まっていたので、連絡船の現状は省外極秘となっています。
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翔鳳丸型4隻、第一青函丸~第三青函丸まで就航しています。第四青函丸はというと・・・
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海軍大臣へ建造が移管されても、そのまま続工として建造が続けられました。まぁ、ありとあらゆる船を徴用して特設空母などに改装してた海軍といえども、北海道から石炭などの物資輸送をする青函連絡船だけは国策の生命線ということで特別扱いでした。
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で、浦賀ドックで第四青函丸の建造にかかわった方のエピソードも交えて・・・って、95歳とは・・・生きている方がいるうちに証言を残しておかないと・・・という限界に来ているのでしょうねぇ・・・
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政府は戦争遂行にあたってどのくらい船舶が必要か、損耗率はどのくらいかという試算をして、いける、と判断したんでしょうが、山本五十六をして半年や1年は暴れてみせましょうという言葉の通り、あれよあれよという間に船を失い、対する米国の生産力は貧弱な日本の生産力への皮肉を込めて、隔月刊正規空母エセックス級、月刊軽空母インディペンデンス級、週刊護衛空母カサブランカ級、日刊駆逐艦フレッチャー級、三時刊輸送船リバティ等、新聞やら週刊誌の発売のペースで次々と投入され、戦力の差は開くばかり・・・
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その結果、想定の4倍もの船舶を失い、世界第3位だった日の丸商船隊は壊滅、まともな外航客船で残ったのは氷川丸と関釜連絡船の興安丸だけという・・・
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そんな状況だったので、とにかく数が欲しい。動けばよいということで、戦時標準船という設計・製造が始まります。
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その根拠。とにかく船の数が欲しいわけで・・・損失は政府が補償。つまりは税金。
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時代の空気が伝わってきますね。船はすべて海軍大臣の所管、国家総動員態勢です。
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寿命が短くて良いからとにかく大量に船を作れという・・・
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でもって、タンカーで多少油漏れてもかまわない、とにかく南方の石油を持ってこられればよいとはいえ、そこまでですか?という性能の切り詰めを忍ばなくてはならないほど追い詰められていたわけで・・・ついに連絡船も戦時標準型になるわけで、その最初が第五青函丸。
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ですが、第二次戦時標準船の性能はといえば余りにお粗末。戦時中の各種困難さを鑑みてもそりゃないでしょう?って性能要求です。
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で、そんな中で就航した第五青函丸。さすがに青函連絡船の重要さは軍もよく分かっていて、戦時標準型とはいえ、それなりの性能でした。
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さすがに士官室も大部屋、船員食堂不要で弁当持って乗船というのはあんまりだということで撤回になりましたが・・・
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こんな感じで量産体制を作っていったわけですねぇ・・・
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原則として法に準拠・・・つまりは動ける船なら法には目をつぶるという法治国家としてはありえないことを軍が求めてるという・・・
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それで、第九青函丸の設計はさらに簡略化されていくわけです。
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それでも第九青函丸はできがよかったそうで・・・
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その特徴。髙橋氏のイラスト。
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第九青函丸は戦争末期、敗色が濃くなった時代の船。
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で、対潜対空兵器も積んでいました。
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さて、回航の顛末になります。
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連絡船の船員は軍属扱なので、万一の時は戦死になるわけです。
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横須賀鎮守府の海上護衛の諸方策の中に青函連絡船の回航護衛が載っています。軍事物資の輸送に欠かせない船故に軍としても方策を立てていたのでしょう。
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この記録には第三青函丸とありますが、時期的に???で、違う船ではないかと・・・
連絡船から海軍に護衛手配を頼み、鎮守府で船長から事情聴取したところ、青函航路のみで外洋航海経験が乏し、技量が低い、編隊航行や対潜警戒の知識が無いという判断で、護衛をつけることになったわけです。
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それで、回航に当たって海軍武官府との会議はこんな内容・・・まぁ、当時は船員は軍馬軍犬軍鳩以下の扱いでしたからねぇ・・・
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さて、その回航ですが、横浜集合でいきなり係留していた機帆船にぶつけ・・・
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海防艦四阪に護衛されて出航。画像は護衛作戦の命令書。
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その内容。
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内容その2
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その3
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航路選定の理由。通常選ばない航路を潜水艦対策のために海軍の命令で航行することに。
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護衛にあたった海防艦四阪。ただし、乗員は促成栽培のため技量が低かったとか。
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それで、横浜出航後、今度は漁船と衝突して沈没させてしまいます。舵が効かない・・・蒸気配管元弁を間違えて閉めるというヒューマンエラー。
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が、救命活動をしている中、出航せよの命令が。その後・・・
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暗礁に乗り上げてしまいます。
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被害の確認をし・・・
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その程度が判明し、ようやく船長は暗礁乗揚げを認めたわけです。
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で、投錨。
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そんな中、警戒隊員は爆雷の信管を抜きに行きます。
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投錨地点。
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そして遭難通信。
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海軍暗号書。これを元に通信をするわけですが・・・
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文言が5ケタの数字に対応しています。
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さらに乱数表と組み合わせてとなるわけで、無線を打電する前の作業と複号の作業が大変なわけです。対米宣戦布告が遅れた理由の一つがこれ。
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で、暗号電文の例。
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四阪の船名符号が不明のため、こんな表示に。
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暗号文と復号文。しかし、四阪からは返答がありません。仕方ないので・・・
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鎮守府宛に打電。このあたり、四阪がスルーしたのか、電波管制で軍令部とか上層部の許可なしに打電できなかったのかわかりません。後で安田さんが連絡船側の視点、軍批判の視点だけでは語れないというようなことを言ってました。
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で、鎮守府に打電後、四阪から入電。
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その様子を再現する大神さんと大西さん。大西さんの画像うまく撮れなかった。
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救命艇で遭難連絡を命令。
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電報の有無を確認。
さて、海軍側の船団護衛任務のしかたはこんな感じ。
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海防艦1隻だけでの救助は危険である。夜間は浮上して砲撃してくる・・・という攻撃を受けた場合の戦訓あるわけで、コレにあるとおり二次的考慮となると四阪が応答しなかったという行動の裏付けになってくるわけです。
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で、警備隊長から打電命令を受けた横浜警備隊経由でも応答なし。
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結局総員退船、横須賀鎮守府に打電で、ようやく四阪から反応があったという次第。
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SOSを打電し、沈没。実際に大西さんがSOS打電実演してました。
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そのSOSを受信したのは函館。
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座礁から沈没までの動き。
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その汽笛を聴き、救助を行った勝浦の漁船。川津の喜平丸は船名を受け継いで現存しており、当時の様子を聴き取ることができたそうです。最初、勝浦の教育委員会に問い合わせたところ、???で、その後調べていくうちに歴史を掘り起こすことになっていったそうです。
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画面の切り替わりの画像で見づらくてすみません・・・
遭難慰霊碑を改めて建立するなりして歴史を残すことができれば・・・ですね。
この段階で時間をかなりオーバー。大神さんがその場で後何分のフリップを作って出してました・・・終わりの時間とか寒いこともあってこの辺りから撤収作業が始まり、自分も手伝っていたので後の画像が・・・
とにかく、一体何枚あるんだというくらい膨大なスライド枚数のパワーポイントで、これでもかなり絞った方ですが、エントリーにえらく時間がかかってしまいました。
その後、盛大な宴会に。
お会いした皆様、ありがとうございました。
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春休み、校舎移転の引越でへろへろです・・・今日もこれから出勤です。夕張行きたかったなぁ・・・

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2019年3月24日 (日)

第14回 青函連絡船講演会

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というわけで、土曜日に第14回青函連絡船講演会が行われました。トップ画像は第8青函丸の一般配置図。他にも第3青函丸、第4青函丸もあって、よくもまぁ戦標船の図面が残っていたもんだと・・・
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天気がよろしくなかったので、そんなに人来ないかなぁ・・・と思ったらざっくり70~80人は集まったでしょうか、イスが足りなくてかき集めてました。
さて・・・まずは吉田さんの出航の銅鑼から。
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で、今回はいつもと順番を入れ替えて四方海話から。体調不良の西沢キャプテンの代務は髙橋さん。今回のお題は・・・
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というわけで、エピソードを交えて次々と。栄光の航跡などの書籍で読んだことのあるエピソードも。
かいつまんで画像の羅列で。
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とまぁ、こんな感じでの紹介でした。
続いては飾り毛布実演。今回は上杉先生がいらっしゃらないので、吉田さんと森本さんの二人で実演です・・・が、折ってると二人とも無口になって、折っている音しか聞こえない(笑)
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今回のお題は「折り重ねる」毛布を折り重ねることで折り方が複雑になって・・・という実演です。
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と、折り方がどんどん複雑になっていきます。
この後休憩を挟んでメインの安田さんの第9青函丸ですが・・・あまりにも巨大なエントリーになりそうなので分割です。
niftyのblogのリニューアルでとんでもなく使いにくくなりまして、エントリーを試行錯誤してます。これで改善って何考えてんだか・・・画像のアップとかサイズ指定できないし、勝手に横100pixのサムネイルにしかならないし、サムネイルにしなければ画像見切れるし・・・結局htmlタグを叩くしか対応ができないってblogの意味ないじゃん・・・富士通日商岩井からノジマに身売りしてからグダグダすぎる・・・

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2019年3月17日 (日)

おおさか東線 全線開業その2

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おおさか東線全線開業で唯一それらしい記念品。直通快速の久宝寺-王寺間で配っていた乗車記念証。朝からそれらしい放送も記念品もなかったので、まぁ、通勤路線ということもあってそんなもんかと思っていたのですが、奈良からすると新大阪で新幹線直結というのはそうとうインパクトのある出来事なんでしょう。近鉄で京都と繋がってる・・・とはいえ、JRで繋がるというのが大きいのでしょう。イラストが九州新幹線なのは、東京方面からは京都で近鉄、九州方面からは新大阪でという意味合いがあるのかと思います。

 

で、奈良駅に着いたら、ご当地キャラクターがお出迎え、いろいろと配っていました。まぁ、いつものお約束の観光パンフの束ですが、それ以外にはこんなものが・・・

 

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記念のステッカー。

 

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記念の缶バッチ。これ、あっという間になくなってました。パンフレット詰め合わせ袋には

 

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開業パンフデザインのクリアファイル。

 

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ポケットティッシュ、このあたりが「開業」の文字入りで、後はひたすら観光パンフでした。他にも三輪そうめんを配っていました。

 

で、新開業各駅の入場券。みどりの券売機が大行列になってました。なんでかというと・・・・

 

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入場券はあっという間の発券ですが、こういう乗車券が発券できるので・・・たまたま南吹田で後ろの人が少なかったのでちょっとやってみましたが・・・やってる最中にあっという間に行列が。普通に新幹線の切符を買う人もみどりの券売機なので、世間の迷惑にならないようにしましたです。

 

が、これを駅毎に一人で1枚ずつ何操作もやってる人がいて延々と列が進まない・・・さらに駅毎に無効印、スタンプ等々改札窓口がふさがる・・・で、放出-新大阪1番電車、新大阪からの1番の直後、鴫野からの折り返しパターンで人多すぎでホテルの朝食時間に戻れなくなってしまう・・・ので、飯食ってから出直せばいいや・・・ということにしましたです。

 

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その南吹田駅。

 

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JR淡路駅。

 

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城北公園通駅。

 

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JR野江駅。この後久宝寺まで乗って、さて・・・と思ったら直通快速が来たので、何となく乗ってみたら記念証ゲットとなったわけです。

 

おおさか東線内では配ってなかったんでしょうね。久宝寺発車後、王寺までの間に全員に配ってました。

 

さて、疲れたから飯食って寝ます。金曜日卒業式だし。ピアノ真面目に練習しておかないと・・・

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