2018年11月24日 (土)

東急7700ラストラン

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というわけで、家が近いので徒歩撮り鉄。午前中は逆流性食道炎に併せて年1の腹部超音波&胃カメラの結果と糖尿病の定期通院。いつになく病院が空いているのは3連休の中日のためかと(笑)一旦家に帰ってカメラ持ってお出かけ。

とりあえず、雪が谷大塚・・・と思ったのですが、なにやらすごい人で踏切に警察が・・・ということらしく、まぁ、どうせそのうち来るでしょ、と池上-蓮沼の踏切へ。来たときは日が差してたんですよ。ですが、怨念雲が・・・で、回送。急行灯が点いています。後で聞いた話だと、先に雪が谷大塚-五反田で池上線イベントだったらしい。そりゃ待っててもなかなかも来ないわけだ・・・で、そっちで別デザインの看板が付いていたとか。回送なので付いてないです・・・

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で、コレ撮った後、徒歩で矢口方面へ。あっという間に蒲田で折り返して行ってしまったらしく、すでに多摩川から戻ってくるのを待ち構えている人々・・・蒲田が近づくにつれて踏切に人がたかってる・・・ので、線路端の草むらの中から。おぉ、看板が付いてる。で、これが五反田方面へ行くと思った人が多く、民族大移動を始めたら何と多摩川線に再び。踏切の支障通報ボタンの付いてる枠に登ってたのがいて対向列車が非常停止。で、踏切でモロかぶり・・・で、何とか後撃ちしたのがこれ。

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後ろの紅葉が何とか入りましたが、何とも中途半端。で、これが折り返してくるのを待つこと30分ほど。場所を移動して・・・

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ここでド逆光モードで陽が差してきました。うーん・・・で、看板が変わってます。急行灯も点いてるのでまずますの絵になりました。正面、線路脇のマンションが白いので、その反射の光をぼんやり受けています。で、コレを撮った後池上線へ民族大移動。

蓮沼界隈の踏切・・・正面にばっちり陽が当たる満員御礼のニッポンレンタカーのところは避けて、ビル陰になっているもうひとつ蓮沼寄りの踏切へ。

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これ、正解でした。車体側面の赤い反射は蒲田行きの尾灯。蒲田駅を出てすぐの踏切のところで蒲田行きが止まってしまったので、一つ向こうの踏切だと完全にかぶってしまってました。でも、正面に陽が当たってる絵を撮りたかったですね。

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サイドにはこんなサボが。これ、撮るの難儀しました。駅撮りしてないので・・・ようやくの1枚です。振り返ると・・・

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さよなら看板が。で、蓮沼駅のホームで安全センサーに引っかかったのか止まったので、駅の蒲田寄りの踏切があいた瞬間に大撮影会になってました。

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うーん、いかにもさよならイベントって感じが・・・

で、この後、桜館で温泉浸かって汗流して体伸ばして帰宅。

というわけで、ちょっと歩き鉄でした。

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2018年11月11日 (日)

東急7700系引退記念乗車券

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昨日の土曜日、学校営業日だったので普通に出勤、蒲田駅に着くと線路端にカメラ構えた人垣が・・・で、思い出しました。7700系引退記念乗車券の発売日。何かで朝5時から蒲田・多摩川・五反田の各駅で発売で0001は蒲田で・・・というのを読んだの思い出しました。で、カメラの放列の中を改札口へ向かい、振り向くと乗ってたのが7701だったのに気付いたのでiphoneでサクッと。止まってる駅撮りならこれで十分な気がします。

改札を抜けると定期券売り場のところに臨時の記念切符売り場が。すでに7時位だったので行列もなくあっけなくゲット。

まずは記念乗車券本体。

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表紙。これを左にめくると・・・

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左側のページがこれ。

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右側がこれ。で、このページを右へめくると・・・

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見開きになった真ん中のページに乗車券が。一番下の赤線の蒲田駅の入場券はダミーです。

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で、切符のページの右側、めくった裏側にのページがこれです。

なかなか豪華な作りでこれで1000円也。切符本体1つにつき、オマケが1セット。その入っていた袋がコレ。

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でかくてスキャナに乗り切らないのでスキャンできる部分だけで。この上の方に持ち手の穴があいているのですが、スキャナからはみだしてます。

まずは絵はがき。蒲田・多摩川・五反田でデザインが違うそうで・・・始発モードしたら全駅回れたかも。でも絵はがきのためだけに3セットになるのも何だかなぁ・・・

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続いて下敷き。ビニール袋から出すのは何なので、袋ごとスキャン。

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多分こっちが表。

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裏。昔の渋谷駅の風景が良いですねぇ・・・

続いてクリアファイル。こちらが表・・・だと思います。

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こちらが裏・・・でしょうねぇ。

うーん、教員になってから大変お世話になった車両ですからねぇ・・・何となく買ってしまいました。

さて、寝ます。

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2018年11月 4日 (日)

第13回青函連絡船講演会

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11月3日に第13回青函連絡船講演会が開催されました。画像は参加者全員へのおみやげの硬券です。当時の連絡船の船内発行の乗車券を模したもので、地紋もJNRです。休憩時間に各自でダッチングマシーンで日付を入れて持ち帰るという形になってまして、乗車券箱もそれらしいものをシャッター付きの引き出し付ケースを改造して作っていました。切符を入れるフォルダは本物ですが、大神さん、凝ってますねぇ・・・アシスタントは大神さんの奥さんでした。

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ダッチングマシーンは2台用意されていて、1台は63.-3.13.の日付、もう1台は18.11.-3.の設定でした。年の30が設定できないので、西暦の下2ケタの18で・・・とのことでしたが、11/3付の方は紙の厚さにダッチングマシーンが負けてまっすぐ印字できないのでお蔵入りに・・・ですが、本職のH氏が通すとキレイな印字が・・・それにしてもこの硬券、作るの結構高いんですけどねぇ・・・

さて、本題。今回は吉田さん大活躍の回です。

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これまで運行サイドでしたが、初の営業サイド。旅客としてたくさんお世話になった事務部の話です。ブリッジ見学も車両甲板見学もまずは案内所、船内での乗車券発行も、船舶電話も・・・何かあったら案内所、その中のお話です。

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まずは出航の銅鑼をならして吉田さん登場です。

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今日の講演の内容です。

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まずは事務部の職制から。一般の客船では連絡船で言うところの事務部に含まれるレストラン・ホテル部門の乗員がおおいのですが、連絡船は弘済会がおこなっていたので国鉄・JRの事務部とは別枠です。とはいえ旅客と直接接するサービス部門だけに接客業としてスマートであれ・・・

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津軽丸の船内放送設備。学校の放送室の調整卓とよく似ています。右上に並ぶスイッチでどこに放送を入れるか選択します。

今回、準備中や始まる前に当時の連絡船の船内でかかっていたBGMを流していました。津軽丸型は8トラックテープ、石狩丸・檜山丸はカセットテープと設置の時代を感じます。前に大神さんから曲のデータが送られてきて、「この曲何?」と聞かれたことがあります。テープ本体には曲リストが書いてないので、spoonさんと協力して調べ、曲目は分かったものの誰の演奏?みたいなものや、曲の途中から使ってるとかいろいろありまして、未だに曲目がわからないものも・・・北海道放送がテープをつくったと聞いていますが、40年以上前の話になりますからもう真相は藪の中です。とはいえ、多くの曲が今はYOUTUBEで聴くことができます。

船内放送とは直接関係ないのですが、今回「青函連絡船の歌」という曲があることを初めて知りました。作詞が横川勲、作曲が永塚裕ということで、渡邊機関長によると作詞の横川氏は機関長だったそうです。1963年に青函局でつくり、青函局のブラスバンド部の演奏でレコートに録音したもので、 軍歌調の曲です。歌詞は青函局の壁に貼ってあったとか。これ、楽譜入手できたらMIDIで再現してボカロに歌わせようかと・・・後の飲み会で宣言しておきました。

で、話を本題に戻して・・・

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船内放送といえば出航・到着時の案内ですが、何と言っても接続列車の案内放送は旅情を誘うものでした。吉田さんは18便が一番のお気に入りだったそうで、その青森到着時の接続列車案内放送を生演で再現してました。ダイヤを見ての通り、接続の夜行列車が綺羅星のごとく立て続けに発車する時間帯、懐かしい響きでした。

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食堂のメニュー。カレーライスが100円の頃のもの。で・・・

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これ、気になります。特に十和田丸のソーラン定食。他のはイメージできますが、これだけは料理の中身が何だったのか・・・ソーランだけにニシンなのか、北海道名物詰め合わせなのか・・・気になります。

続いて旅客定員の話。

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イス席も桟敷席も「普通船室」ですが、桟敷席の定員って・・・?ということで、まずは普通船室。

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記憶の限り、ここに定員通りの座り方なんて見たことありません。座って半畳寝て1畳とは言いますが、まさに座って半畳+αのスペースだそうで。ちなみにグリーンは・・・

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ちょっと普通席より広い&絨毯の毛足が長くてふかふか・・・なので自由席グリーン料金分のお得感はあるはず・・・

で、一人分のスペースを徹夜で作ってきたそうで・・・アシスタントは森本さん

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座って半畳+αのスペースですが、桟敷席は寝転がって爆睡・・・できないので、面積を変えずに横になれるスペースとすると・・・

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こうなります。これ、どうやって寝転ぶのか・・・?仰向けにはなれないですよねぇ・・・

で、グリーン席だと・・・

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ちょっと広くなります。これを横になれるように面積買えずに変形させると・・・

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こうなります。昔の52センチ幅のB寝台くらいはあるでしょうか。

タイトルにあった「ウケた!座布団1枚!」というのは旅客を「受けた」スペースが「座布団1枚」分という意味だそうで。青函のラッシュ0時4時は当時連絡船で渡道したことがある方なら説明不要ですよね・・・連絡船夜行便接続・・・

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続いて遅延等の取り扱い編。遅れたときは基準があって乗客に炊き出しを行うのですが、そのメニューはおにぎり。おにぎりにも種類があってどれを出すかはそのときの船長の判断だとか。で、実際の炊き出しの画像がコレ。事務部弘済会総出での作業です。

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到着列車の遅れの対応は次の便に乗ってもらう・・・これは24時間動いてる連絡船なので貨物便でも事務部は乗船していて対応可能。・・・貨物便で旅客がいない時は事務部は何してるの?・・・うーん・・・他の便から「寝るなぁ」と言われたことが(笑)寝てませんけど・・・で察しましょう。検査の時などは掃除点検などをしてるそうです。

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で、その振り替えた便が青森に着くと深夜で接続列車がない時は・・・

画像だと定時の6Mを運休して時刻を後ろへずらし、特発の9006Mとして接続。30分いないは管理局で判断、それ以上は国鉄本社の判断を仰いだそうです。

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接客マニアル(マニュアルではありません。冊子の表紙にマニアルと・・・時代を感じます。)威張る人・・・十分に威張らせる・・・その後どうすんの?酔っ払っている人・・・ユーモアを交えてあまりくどく関わらない・・・ユーモアで火に油という気が・・・接客態度とかクレーマー対応とか・・・当たり前と言えば当たり前ですが、うーん・・・いろんな汗がでる・・・冷や汗脂汗、文字通りの汗・・・ですねぇ。

これ、ください、とアンケートにあったので、大神さんが早速メールしてました・・・下手なマナー集より「あの青函連絡船の・・・」という箔がつく・・・のかなぁ(笑)

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そして営業・出札業務。乗車券類の様式は国鉄の規定にあって、連絡船関係のものが削除されて消えてしまったのが幻の16条・・・ですが、実際に船内で発券した乗車券の例がコレ。3月13日の上り便十和田丸って最終22便の前の20便では?さすがに即答できずに「しばらくお待ちください」にして発券したそうです。

で、コレを今発券するとどうなるか・・・

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新幹線で3セクになった会社が多くなり連絡運輸の数が多すぎて発売不能だそうで・・・これ、実際にマルスに入れて試したそうで「要求誤り」と出たそうです・・・

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3月13日ならではの切符。青森-青森の片道切符。海峡線-連絡船ルートだと3月13日しか使えない切符です。自分も作り、その切符で22便に乗りました。9月18日は函館-函館の片道切符を作っています。

片道切符の経路を図で表すと数字の0か6の形になるので「片道乗車券は0か6」となるわけです。ルート上の駅を2度通過してルートか重なることになると一旦打ち切って連続乗車券・・・その昔に作りましたっけ・・・下つい電鉄に行ってからトワイライトに乗るために・・・別に買ってもよいのですが、学割証1枚で2区間の乗車券が買えるので・・・東京都区内-(東海道・山陽・宇野)-児島・児島-(宇野・山陽・東海道・湖西・北陸・信越・羽越・奥羽・津軽・海峡・江差・函館・室蘭・千歳・函館)-札幌市内、帰りは飛行機・・・これで鉄路で帰るなら連続3券片目の札幌市内-東京都区内を作ることになって、学割1枚で3枚の切符を2割引にできるという・・・

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最後に客室・営業の年表を見ながらエポックメイキングなところを紹介して1時間の講演が終わりました。

お土産硬券ダッチングマシーン大会の休憩を挟んで・・・

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毎度おなじみ西沢キャプテンの四方海話ですが・・・今回は安田さんが代務を勤めます。西沢キャプテン、体調がよろしくないご様子。今回のお題は・・・

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操船号令です。取舵、面舵などのお話。

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お題はこんな感じです。

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まずはタイタニックが沈むまでのあらまし・・・。世界最大の客船や連絡船と比べた画像ですが・・・世界最大の客船はこれはもう船じゃなくって動くビルかマンションかという感じで美しさが感じられないです・・・内装は豪華でサービスもすごいんでしょうけど・・・タイタニックや連絡船がいかにスマートで美しいか改めて思いますねぇ・・・・

でまぁ、タイタニックの沈没の話がメインではないのですが、映画や小説などで氷山にぶつかる前の操船オーダーの言葉が本題の入口です。

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舵の構造の歴史に由来する言葉の表現で、そのメカニックを理解していないと「おも舵一杯にしてとり舵一杯をとろうとした」というのが意味不明になってしまいます。今の常識では「面舵」は船を右に向けること、「取舵」は船を左に向けることですから、何のことやらになってしまいます。

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英語では左舷側がポート、右舷側がスターボードで、これは連絡船でも使われてました。で、昔の船の舵の構造だと舵の棒を右に押すと船は左に曲がり、左に押すと右に曲がる・・・ことから、舵の棒をどっちに動かすかという構造と操船命令が大型船の舵輪になってもそのまま使われていたわけで・・・つまり、右(面舵)に行きたければ操舵輪を左(取舵)に回せというオーダーがタイタニックの操船命令の内容になるわけで・・・という頭がこんがらがってしまいそうな話です。で、機械的に行きたい方に舵輪を回せばそのように舵が動く構造で船を作って操船号令をスッキリさせたということです。

・・・じいさまの家の漁船は舵を棒で動かすので、面舵するには取舵を、といった昔のままです。まぁ、漁船なんで普通にちょい右とか左とか、面舵、取舵とか言うときは行き先、舵右って時は文字通り舵棒を右にって感じですねぇ・・・ガキの頃漁の手伝いして鯛の網や蛸壺上げたりするのにブイのところへ寄せる操船やらされてたんで・・・

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で、タイタニックネタだとこれも出てきます。CQDとSOS。その由来。

興味深かったのが和船の方位磁針と舵の話。

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「かじ」の文字が「舵」「楫」「柁」の3種類あり、用法を見ると、それぞれ意味が違い、「柁」は舵柄にかかわること、「舵」は船の進む方向にかかわること、「楫」は機械的な構造に関わることで使い分けられているのではないかと思います。文字の用法は講演内容ではなくって、私自身の見立てです。

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面舵は卯の方向へ行きたいから「卯面舵」、取舵は酉の方向へ行きたいから「酉舵」が語源で、先の操作方向と進行方向が逆転する柁棒の構造からこんなものが作られていた・・・和船の先人の知恵ですねぇ・・・

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逆針で見てオーダーすれば操作と進行方向が一致するという・・・

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これを江戸時代には確立していたわけですから・・・

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昭和4年の1929年のSOLAS条約よりもはるか前の江戸時代に和船は方向号令で動いていたわけですよねぇ・・・面白いです。

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で、現在の英語のオーダー。連絡船でこのオーダーをこなしていくのがクオーターマスターなわけで・・・

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その由来と連絡船での職務。筆頭に操舵と見張りとあります。その号令と復唱は実演モードでした。

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連絡船の入港を船長号令-復唱-操作完了-復唱、sir!という一連の動きをよどみなく披露してました。が、西沢キャプテン代務の安田さんがキャプテン役なので即席ブリッジ練習なしで大丈夫か?と準備の時に笑ってました。

続いて再び吉田さん登場。おなじみの飾り毛布です。

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今回は大先輩の残した作品をいかに再現するかということで、森本さんとの共演です。MCは上杉先生です。

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上杉先生がいつものように説明をして、お二人はもくもくと毛布を折っていきます。

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先人の作品の画像と比べてみて・・・「初日の出」

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帆がキレイに立つか・・・湿度や温度も影響する「帆掛け船」

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そしておなじみ、おめでたい「松竹梅」それぞれの部品はきれいに折れても全体の組み合わせバランスがなかなか難しいそうで・・・

今回、その先人の作品集アルバムが紹介されました。

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その前書きがこれです。津軽丸型になって飾り毛布を取りやめても将来に伝えていくために・・・と作られたものです。

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アルバムの中には作品や紹介された新聞記事などが貼られています。左上は函館駅の中に飾られた正月飾り。駅のスタンプ台の横にこれほどのものを作れた古き良き時代を感じます。右ページの新聞記事には「芸術品」。

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各ページにはこのように作品の写真が貼られています。

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画像が暗くて読みづらいですが、アルバムの後書きページです。おそらくはこれ1冊しかない貴重な資料です。

さて、これで終わりかと思いきや、次回予告。

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それ、いきますか?

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いやぁ、煽り文句ばっちりですね。で、シンボルマークの高橋さん作成のこれ

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イラスト精密です。塗色は当時の海軍の迷彩色で、塗り分けは資料を基に再現だそうです。それにしても講演会前日の作成って・・・これは楽しみですねぇ・・・

で、今回の展示は・・・

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おなじみのkeiichiさんの十和田丸・・・ですが、今回、船内放送が流れるようにバージョンアップしてました。が、ラジコンのチャンネルが足りないのでスマホからbluetooth通信で送るという・・・スピーカーがしょぼいので音質がなぁ・・・と言ってました。

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展示ケース。奥のプレート類、冊子類や帳簿類は吉田さんコレクション。左手前寝台室整理簿とグリーン席の整理簿は津軽丸最終日のものだとか。右上の発券集計台帳の急行券や特急券の値段が懐かしいです。

手前側乗車券類と自動車航送申込書、サロンとグリル伝票と箸袋は私のコレクションから。事務部なのでそれに関わりそうなものを持って行った中からセレクトしてみました。それにしても案内所のカウンターに置いてあった電報・電話受付の△のやつ、よくそのまま残ってたなぁ・・・と言ったら「ウチにもあるよ」と涼しい顔で大神さんが・・・どんだけコレクションしてるんだろうなぁ・・・

その後、例によって盛大な宴会となりました。お会いした皆様、ありがとうございました。

画像大量のエントリーです。半分くらいまで作ったらIEがエラー起こしてパーになって最初から作り直し・・・

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・・・久々の更新です。PCで自分のブログの管理ページ見るのも久しぶりだったので、お返事期限過ぎてしまったコメントありました。すみません。内容が内容だけに非公開モードのままにしておきます。

 さて、風呂屋に行ってこよう。

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2018年10月 6日 (土)

第13回青函連絡船講演会のお知らせ

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というわけでお知らせが来ました。今回は事務部ということで、いつもは飾り毛布の実演をされている吉田さんが本務の事務部のお話をされます。船内発行の切符や船舶電報や電話など、乗船口脇のカウンターには幾度となくお世話になってますが、裏側の話も・・・ということです。飲み会で出てくるあんなネタやこんなネタも出てくるのかな?と(笑)

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9月から10月にかけての3連休ラッシュも一段落。とはいえ、ちゃんと自宅でまったり3連休できそうなのは今回だけ。

学芸会の音源作成もほとんど終了。授業やりくりして練習に参加して手直しと自分の練習。効果音を大太鼓とシンバルで鳴らして台詞3個でCD操作は何とかなりますけど、CD操作して台詞2個でピアノ伴奏は深呼吸して音出す準備もままならないのでミスタッチの嵐・・・ただでさえ手が小さくて楽譜の通りに弾くのが苦手でコード進行とアドリブでごまかしてる上に、そもそも上手くないのでマジで調整卓とピアノ間の移動も含めた練習するか放送用の調整卓をピアノ脇に持ってくるか・・・何か対策を考えないと・・・マジヤバイです。台本読んだだけではわからない、練習に混じって初めてわかる事なんで・・・劇に歌は付き物ですし、学年で体育館で歌うとなればそれに合わせた指導をそれなりに入れないといけないから、実質音楽の授業やってるようなものなんで。

とりあえずこの3連休は風呂屋で黒湯に沈没して寝ます。学芸会の次の週は地域イベントで吹奏楽部の演奏・・・

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2018年10月 3日 (水)

Windows Update始まった

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大型アップデートが始まりましたが・・・また人柱ですかね?

とりあえず進行中です。またドライバ入れ直しとか設定全部やり直しとかになるんかなぁ・・・

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さて、学芸会の劇中歌のオーダーもなんとか片付いたし、吹奏楽部のDVDも配ったし。次の3連休は本当に何もしないでゴロゴロ休んでやる。明日から体育館にカンヅメで学芸会の学年練習に付き合うことになります。音響とピアノ伴奏は神経使います。



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2018年9月18日 (火)

30年目の9月18日

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9月18日。連絡船の最後の最後から30年が経ちました。タイマーアップの準備ができず、今頃作業してます。20年目の再会イベントからでも10年ですから、もう歴史の彼方のように感じますし、でも昨日のことのように鮮明に思い出が蘇ります。

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船尾側のシンボルマーク。これはまだ喧噪に包まれる前、6月の復活運行開始直後の撮影。あまりに客が少なくて後部座席を閉鎖していました。

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9月18日4便出航時の函館桟橋。この時はプロムナードデッキに場所を確保できました。3月13日の教訓をもとにグリーン剣を10時打ちしてきっちり確保しての乗船でした。これで本当に最後・・・何とも言えない感覚でした。

さて、この時に使った切符。教育実習の真っ最中、まだ土曜日に学校が普通にあった頃ですから、土曜日の夜行で青森入り、1便→4便でくつろぎカードで限界の時間までいて夜行で帰京、月曜朝そのまま教育実習へという荒技。その後数年間、「教育実習中にこういう大馬鹿者がいた、決してまねしないように」という話がオリエンテーションでされていたとか。

まずはこれ。函館往復割引切符。復活運行の連絡船には普通乗車券・周遊券・18切符以外のトクトク切符は使えないということになっていましたが、この切符は青函博のためのようなの切符で、例外的に連絡船に乗ることができました。裏面の注意書きに書いていないのですが、当時駅にそんなポスターが貼ってあったと記憶しています。

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発行が日旅の渋谷支店となっていますが、これ、大学生協の提携先。金無かったので、大学生協の分割払いカードで買ったのでした。この年はバイトしてもバイトしても乗り鉄と連絡船詣でで出て行く方が多い&教育実習で1ヶ月バイトができないという金欠だったのです・・・

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行きがこれ。583の下段。下段撮れなかったら2・4・7号車のパン下中段の席番指定をかけておいたのですが、無事下段ゲット。で、

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帰りがコレ。これも583系。同じ日旅渋谷なのに何で券種が違うんだろうと思います。

9月18日、1便で函館に着いてから発券したのがコレ。ハコサンバシの文字が何とも・・・何の切符から乗変したんだかは記憶がありませんが、この頃はたいてい乗変元になるような未来の切符を持ってたので・・・

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3月に青森-青森の一周切符を作っておいたので、今度は函館-函館の一周切符を。で、1便で函館に着いてからの発券だったので、鉄路-連絡船の順では物理的に乗れないでしょ?ということで連絡船-鉄路の乗車順の発券となりました。軽油にしっかりと「青函」と入っています。

1便と4便は何度も出してるので省略・・・それにしても青い寝台特急も583系もこのタイプの指定券もみんな歴史の向こうへ走り去ってしまいました。国鉄や昭和の残り香ももうわずかしかありませんが、その中を生きてきた、歴史のページがめくられる瞬間の場所に立っていた・・・人生の中に大きなものを残しています。定年まで1桁年数、その先の終焉も見えてくる年になりました。いつかこういう記録や残されたものは歴史の中に飲み込まれていくのでしょうけど、こうやって書き残していくことで、確かに自分が生きていた、そこにいた証を残したい・・・と最近思うようになりました。

さて、たまっている仕事にとりかかります。

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2018年8月25日 (土)

東京総合車両センター公開 EF5861

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というわけで、東京総合車両センターの夏休みフェア2018に行ってきました・・・というか、61が展示というネタが入ってきたので、久しぶりに見に行こうと思って出かけたのですが・・・

撮影は人数区切って順番というのは聞いていたのですが、現着12時頃にはもう並んでも撮れません、撮影の列は終了ですの看板が。マジ?まぁ、後ろからでも61拝めるかなぁと、通路を通っていくと、61の正面はパネルで目隠し、撮影会の行列並べなかった人が通路から手を上に伸ばして何とか撮ろうと鈴なりの人。画像下のラインあたりにカラーコーン、奥のロープの通路内で1グループ30人程度、3分位ずつ撮影タイムとなってました。まぁ、撮りたい人と近くで見たい人といろいろ思惑あって、トラブル防止で人数切って撮影会はいいとしても・・・

列に間に合わなかった人が通路で撮影組の入替の隙間で撮っているのですが、撮らせないようにパネルを持ってきて、通路からは完全に車両は目隠しとなってしまいました。で、撮影自体も13時には終了、放送で車両展示終了しました・・・

えぇっと・・・パンフレットの車両展示のところには14:30入場終了・・・入場〆切がパンフレットの2時間半まえ、展示そのものも公開終了の2時間ほど前って・・・・

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61と8181が並んで日章旗。81は日章旗が開くように設定してありましたが、61は留める場所がないのか風任せになびいていました。その左にはEF6453があけぼののヘッドマークをつけて鎮座、その左には209系が。しかし、この位置からではこの並びを撮るのが精一杯です。

最後に61を見たのっていつだろう?って記録をたどると、E655が平成19年デビューですから、それ以前・・・平成13年3月28日のノルウェー御召以来のような気がする。その画像。大井町-大森で。

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平成になって日章旗2本クロスの61はなかったはず。これが生きている61を見た最後のような気がします。この頃はまだフィルムカメラ。初代デジイチD70を買ったのが平成16年ですから、もしかしたら61はデジカメ初撮影かも。

さらに古いのだと・・・

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多分昭和52年か53年あたりの鉄道記念日の東京機関区の公開で。助手席側ワイパーが原型ですね。自分が小学生の時のもの。反対側に当時のブルートレインのヘッドマークをいろいろ付け替えていました。親父のキャノンのキャノネットで。この頃は上野駅とか東京駅に写真を撮りに行ってました。まだ沿線撮り鉄できるような年でもなかったし、カメラの親父のキャノネットしかなかったので。

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他にも一般色の58,EF15、EF65500P、EFF66などにもヘッドマークつけてました。当時はEF66ブルートレイン実現したらかっこいいよなぁなんて夢物語でしたねぇ・・・それがいまや完全に過去帳。東京機関区もないですし。

Tsubame01

昭和56年7月26日リバイバルトレインつばめ。上り列車です。前日の下りはどこで撮ったんだろう?名古屋駅で。高校1年の時です。この時は友人にニコンF2とレンズ借りて撮りに行きまして、何番線に入るか情報がなかったので、東海道上りを見渡せるところに構えてました。使ったのはレフレックス500ミリ。夏のもやの向こうに写っています。だいぶ前のLS-2000でのスキャンデータを最新のフォトショップでいじってみました。

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昭和58年7月24日のリバイバルトレイン平和。名古屋駅で。高校3年の時です。この時はバイトして買ったニコマートFTNで撮っていた時代です。

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臨時踊り子号。これ、いつ撮ったんだろう?

久しぶりに61見ましたけど、キレイでしたねぇ。「御召」の札も刺さってました。近くで撮りたかったですね。よもや12時に撮影組の列が締め切られている&目隠しをされるとは思いませんでした。それにしても古いフィルム画像とD500の画像、隔世の感がありますねぇ。

さて、晩ご飯食べて楽譜書きと吹奏楽部のビデオ編集。作業が終わらない・・・

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2018年8月22日 (水)

道東いろいろ・・・2018夏

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さて、今更ながら北海道のその他いろいろ。

まずは帰る日の夕方、女満別空港脇で。ひまわりが植えてあるのは知っていたのですが、朝から飛行機の時間待ってると動きが取れなくなるのでスルー。レンタカー返却前に1便だけ。

この日は平日だったので郵便局やら駅やら消印にスタンプにご当地入場券・・・とやっていたら原生花園駅で列車が来る・・・のでちょっと撮ってみました。それにしても人多いし、踏切に寝そべって家族で記念撮影して列車に向けてドローン飛ばして空撮してる外国人(話してる言葉から某国はわかりますが、あえて伏せときます)とかカオスでした。

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臨時快速です。雲一つない快晴です。ヘッドマーク、こっち側だけ。

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こういうアングルにするとあまり人がいないようですが、日本人より外国人の方が多い・・・で、1両のキハは臨時とはいえ釧路まで直通なので通勤電車並みの混雑でした。その昔、周遊券で旅したときはここまで混んでなかったよなぁ・・・急行しれとこがまだあった時代だし。

で、この後、止別駅へ行ってラーメン屋がやってるのを確認(いつぞやの欠食ツアーのトラウマが・・・)してから、前回の道東で道がしまってて行けなかった裏摩周展望台へ。ここ来たのっていつ以来だろう?ホテル地の漄(さんずいに崖・ATOKは出たけど・・・)にGWに泊まって雪で缶詰になったとき以来20年ぶりくらいかも。駐車料金いらないのでおトクです(笑)

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うん、霧もかからず快適な気温と湿度。東京へ帰りたくない病が・・・

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帰り道。清里町のご当地入場券、清里駅は無人なので、売ってるのが駅の目の前のそれっぽい建物・・・と思ってしまうのですが、駅とかけ離れた「きよさと情報交流施設きよ〜る」で売ってるんで、そこまで行った後、斜里岳がきれいに出てたので道路脇に用意されている撮影スポットから。天気がよく、知床の山々がきれいに見えていました。

で、止別でいつものツーラーメン食べて・・・(画像省略)

飛行機の時間まで余裕があるので、久々に天都山に登ってみたら・・・流氷館がリニューアル。屋上に上がってみると・・・

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網走の町と知床の山々が一望できます。これ、画像が広角なので、印象薄いですが、生で見るとそれはそれはキレイです。

で、ちょっと走ると「はな・てんと」。

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無料のフラワーガーデン。時間も4時を回っていたのでほぼ無人。それほど広くはありませんが、斜里岳やオホーツク海も見えてキレイです。で、空港に向かっていると・・・

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あばしりフロックス公園。こちらも無料ですが、募金箱200円。ちょうど花が見頃でした。園内を見渡したらこんなものが・・・

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これ。どう見ても元ワフです。窓が2つとその位置、荷物用のドアの位置、ベンチレーターの形状からワフ29500ではないかと思われますが、園内無人、ここへ至る通路にはロープがはってあって立入禁止。遠くから1カット撮ったのみです。作業小屋なのか、売店みたいにして使われているのかは定かではありませんが、営業時間中に行けばわかるかも。フロックス公園とワフ29500でググっても何も出てこないので・・・気になります。

で、この後女満別空港へ行って、1枚目のカットを撮って、お帰りモードでした。

というわけで、アップしてなかった北海道最終日8月7日の顛末でした。

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ようやく学芸会の劇中歌のデータ作成が一段落。あとは試作品を担任に聴いてもらって微調整です。フルオーケストラを耳コピーで再現とか、コード進行がおかしいとか、もらった楽譜が謎とか楽譜の浄書や手直しにかなり手間かかりました。全18曲。加えて効果音。学校にある効果音集のCDにない音や、電車の音、SLの音など鉄系のリクエストも。劇中で使うのと各学年の持ち時間もあるので印象を強く、それと分かるように短時間にまとめるのですが、撮りためたVTRから音を抜き出して加工して・・・けっこう手間かかりました。

次は吹奏楽部の去年の演奏VTR総集編を根性で夏休み中に仕上げないと・・・予定では先週中には曲もVTRもすべて終わらして、今週前半は平日鉄の予定だったんだけどなぁ・・・集中力と体力が持たなくなりました。

明後日・・・明日になってしまった・・・から吹奏楽部の練習も始まるし、夏休み終了です。26日はマンションの理事会で動けないし。

さて、とりあえず寝ます。そろそろ生活のリズムのリハビリをしておかないと。作業して眠くなったら寝て、起きた時間で飯食ってまた作業という時間不詳な生活を半月もしてると体がおかしくなるなぁ。

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2018年8月15日 (水)

平成最後・・・73回目の終戦の日

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午前5:30。靖国神社神門前です。今年は開門と同時の早朝参拝に行きました。日中暑いし混んでるし・・・というわけです。カーシェアでガラ空きの都内を走ること30分。コインパーキングもまだ全然空いている&夜間料金の時間帯。画像はまとめてiphoneで。

神門前に約10名、画像には写っていませんが、左手に礼装の団体約100名ほどが並んでいます。脚立は例によって報道。まぁ、こういう日ですからどこかには映ってるでしょうけど、何だかなぁ・・・

大手水舎で清めて待つこと30分、開門です。この段階で第二鳥居あたりまで行列ができています。

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ぼつぼつと歩いて行きます。賽銭箱のど真ん中、真正面にTVカメラあって、映りたくなかったのでカメラの軸線をずらすようにして・・・

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それでも、拝殿は待つことなく最前列で二礼二拍手一礼して、脇へ出ます。

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6:01参拝終了。

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6:02撮影。この角度からだと朝でも日中でも混雑ぶりが変わらないように見えます。

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6:03撮影。かなり人がいるように見えますが、中の鳥居の内側が参拝の列の最後尾ですから、日中よりははるかに空いています。日中はこのあたりから参拝まで15~20分は待つことになります。二の鳥居からだと1~2時間待ちになりますから・・・・。

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この段階で6:06。二の鳥居から神門の奥に拝殿を。日中はこの辺りは身動きが取れないほどの行列になりますから、開門からわずか5分で参拝終了というのは早起きして正解です。早朝の静かな中での参拝は清々しいものがあります。

で、サクッと車に戻ってお帰りモードに。コインパーキング100円ですみました。で、通りがかりに・・・

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赤坂迎賓館。一般公開されている時間帯だと正面は逆光気味で、人がわらわらといるので早朝に門の隙間から。衛視もいないし観光客もいないし、なかなかよい感じです。一般公開行っても中は撮影できないし。表でカフェ・・・も人数限定だからなぁ・・・

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今回は平成最後の終戦の日。昭和から平成、そして次の元号へ。戦没者慰霊式典にご出席される戦没者夫人が一桁人数、100歳近いとか。母の長姉が7日に101歳で亡くなりましたが、遺族連合会からの花輪もありました。今年2月に亡くなった母の姉の今はなき旦那さんも満州で・・・詳しい話はほとんど聞いたことがありませんし、こちらから訊くのも憚られるのでそのままに。

毎年この時期は「戦争特集」と称する「日本が悪かった」というプロパガンダが強調されるのですが、工業化、産業革命に出遅れた日本があとから西欧に追いついて当時の帝国主義のルールで世界に出て行こうとしたら自分たちの権益が侵されるってんでルールを変えて日本の軍国主義が・・・と。国際連盟に提案した日本の人種差別撤廃を拒絶したその連合国がどの口で日本が悪いと言えるのでしょうね。戦争自体が非人道的ですから、それに付帯した非人道的な事はどの国にもあったことです。そういった先の大戦の悪の部分をすべて日本に押しつけて自分たちは知らん顔という二枚舌、経済・政治の延長に戦争があり、それぞれに正義があるわけで、負け戦はしてはいけない、ということを日本と日本人が初めて知ったのも先の大戦ではないかと思います。幸いにして民族滅亡とか国土を失う、分断されると言うことにはなりませんでしたが。戦争をしてはいけない、その通りですが、日本から仕掛けることはなくても、相手のあることです。日本を取り巻く国際情勢を考えるに、条約という国家間の約束によってすべて解決しているはずのことを無視していつまでも某国に言われるがママに「日本が悪い」というフェーズを引きずり、それに呼応する輩が後を絶たないのは、苦労された先人に申し訳なく思います。事実(fact)は1つですが、その事実をどう見るかという心理を含んだ真実(truth)は見る人の数だけあるわけで。よく「本当のこと、真実を話してよ」ってのは「自分が思ってるとおりでしょ、そう言ってよ」というのと同義の感情論で、いくら事実を伝えても聞いてもらえないということがあるのと同じ・・・言いたいことは山ほどあるんですけどね。

立場上、このくらいにしておかないとまずいかな?

さて、楽譜書きに戻ります。

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2018年8月 6日 (月)

鉄な1日@北海道

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生田原ノースキングで朝風呂、朝飯でまったり出発。とりあえずここ、白滝発祥の地。オホーツク1号は10時ちょっと過ぎに通過。バリ晴れです。で、この後ご当地入場券とキハ183入場券あるかなぁということで一旦上川へ。高速無料がうれしいですが、みんな高速なので牧草ロール積んだ低速トラックに道を塞がれ・・・それにしても白滝も瀬戸瀬も丸瀬布もみんな無人駅って・・・

で、丸瀬布に12時くらいについたら、雨宮21号は発車済。奥のループを回ってるのが見えたのでサクッとカメラ出して・・・

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で、ダッシュが間に合わず、とりあえず戻ってきたのを駅撮り。

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この後怨念雲の襲来に悩まされることに・・・止まってるときは晴れてるんですよ・・・

で、次は13時の発車。切符売り場には12:30の時刻があるのですが、月曜で客が少ないのでしょう。間引き運転です(笑)

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発車。気温が高いので・・・といっても東京より10℃位低いのですが・・・煙はスカです。ドレンはしっかり切ってくれてます。で、遅いので、コレ撮った後ちょっと後ろに走ると

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こんなのが撮れます。これは13:30発のやつ。で、コレ撮った後てくてくと歩いて・・・

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これは13時の。ここまで走ってやっと陽が差しました。13;30のは陽が差して・・・

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編成全体に陽が当たりました。この後全力ダッシュで・・・

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これは13時の。カーブのイン側から。踏切を渡って反対側へ行くには構えた場所が遠すぎました。その反省を生かしてアウト側から13:30のはこれ。

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気合いの全力ダッシュでアウト側に。3両目より後ろのオープン客車を入れないようにして林鉄っぽく。で、雨宮21では速度が遅すぎてめったに成功しない流し撮り。

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で、もう一度146キロポストで横位置やりたかったので、これで撤収。移動開始。

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はい、怨念雲にやられました。通過15秒後に陽が・・・で、この後は一路こちらへ。

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ホテルにチェックイン、ひとっ風呂浴びて湯上がりビール!

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今回はこれがよく見える席でした。で・・・

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夏季限定醸造のケルシュと揚げ出しタマネギ。ケルシュは前に飲んだのは一体何年前だったかもう記憶がありません。いや、飲んだくれてホテルに戻ってきました。ルートイン北見駅前。窓から北見駅を俯瞰できます。こんな感じです。

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キハ単行なのでイマイチですが、この後最終のオホーツク3号までがんばってみます。

追記 オホーツク3号はこんなんでした。

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到着。

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発車! うん、なかなかおもしろいです。では風呂入って寝ます。

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